ss 大道寺正臣の憂鬱
「…これがじいたちの言う『ピンク髪の地球種』なの」
ごく小さい写真しか載っていない新聞はさっさと放り出し、いまは提供を受けた写真を手に食い入るように眺めやるフィフィ。
そのいらえを受けて、白髭の老騎士……ロム・ルスが口を開いた。
「いかにも。あの場に居合わせたわれらが見た人物と、その写真の少女は同一人物であると判断できます。まず間違いはないものと」
「それをうかうかと取り逃がさねば、話はもっと早かったんだけど」
「その点については申し開きのしようもございませぬ。これだけの人数を集めて取り逃がしたとあれば、殿下のお怒りもごもっともと申せましょう。…すでに休暇の返上と雑務奉仕を皆に周知させておりますれば…」
「…罰とかは考えてないんだけど。まあじいの言ってる《思惟力》値500以上、っていうのがほんとうなら、取り逃がすのもあながちおかしな話でもないしさー、仕方はなかったんじゃないの?」
「殿下…?」
写真を手にしつつも、どこか焦点の合わなくなったフィフィの眼差しに、高位把握野での情報取得が行われているのだとロム・ルスは察して、疑問の言葉を飲み込んだ。
「いまもっとも見込みのある人間を掻き集めて、集中的に育成してる学院の現時点での『主席』が『48』なのよねー。…《ク・トール》ちゃんに精査させても、ほかの子たちの小宮船の『核』に問い合わせても、地球種が示した最大値は『54』なの。ヤーンちゃんとこのお坊さんらしいんだけど、もともと『聖人』とか敬われてた個体でそれなのよ。《思惟力》値500?! ほんとなのそれ? って聞き返したくなるあたしの気持ちもわかってほしいの」
常態に戻ったフィフィの眼差しを受けて、ロム・ルスも頷いた。
「『相圧法』で複数人が確認しています。…それに首都圏に現れた例の《坩堝の蛇》の死体を回収しましたが、その解析からも、《蛇》の《思惟力》総量が498.4であることが確認されておりますれば、それを屠った例の少女がその数値を上回ることの蓋然性は非常に高いものと思われまする」
「まああの《蛇》を圧倒したんだもの、その上を行ってないという憶測は筋が通らないわね。…でもそれでも、現状の地球種一般との乖離が過ぎるわ」
「…現地《神体》との受肉結合ではないかと、《ク・トール》の判断をお取りあそばされますか」
「だって、それがいちばん自然だと思うの」
フィフィは執務机の脇にある《宝珠》に手をかざし、光を瞬かせる。
それによって同室に居合わせる5人の《掌珠》騎士の脳内に、ある映像情報が送り込まれる。わずかに目を揺らした騎士たちも、すぐに映像情報に集中し、そして驚いたように目を見開いた。
「こ、これは!」
「あの子の『絵』が動いてるのー!」
「…この国の、『あにめ』と呼ばれる媒体情報になぜ?!」
彼らの驚いた顔に、フィフィは満足そうに膝を叩いた。
「この『あにめ』なる文化は、この国の住人に非常に深く愛されてるらしいわね。その愛が深きゆえに、思念の集合体が自然発生した、とは考えられないかしら」
「あの少女が《神体》であると…」
「1億もの知的生命が何かを望めば、その一つ一つがとるに足らないささやかなものであっても、ひとつに集約することで無から有を生み出す力たり得るのじゃないかしら。《鼎の王》の一族でも不可能な《#&*?%》の創造を、篤い信仰が可能ならしめた例はいくつか確認されてるし。《ク・トール》もその判断を支持してくれてるわ」
投じられた衝撃に、ざわつく騎士たち。
それを眺めていたフィフィであったが、その秀麗な眉が……ある人物の巌のごとき静かさを認めて顰められる。
「じいはまだ異論がありそうなんだけど」
「年寄りの気の迷いかもしれませぬが…」
ロム・ルスは束の間瞑目して、そしてはっきりと口にした。
「『アレ』が《神体》ほど超然としていたのなら、それがしもそれを信じたことでしょうな。…あの少女は、とても自然な表情で驚き、怯え、そして怒りを示したのです。破壊された町並みと、居合わせた地球種たちの声援に高揚し、目の前の斜陽姫の騎士の危機を見て、はっきりと怒りの色を現したのです」
「………」
「《神体》を核に顕現した大いなる存在に、そのような低俗な感情など無縁なのでは、と年寄りは愚考いたします」
「その子の見せた表情が、《神体》っぽくないってこと?」
「あくまでそれがしの『主観』に過ぎませぬが…」
「うーん……じいは言い出すと頑固なのよねー…」
肩をすくめたフィフィが、また目の焦点を失わせる。
しばらく《ク・トール》とのやり取りが行われただろう無言の後に、
「いいわ、《神体》じゃない場合も考慮することにしたわ。…じいはフィフィに同行、セルベル卿は学院のワーハイト卿と協議して、その子の正体を探る手はずを整えてちょうだい。ユマとマーニャは『下田開港祭』とかいう催しにフィフィの名代で参加、アーデル卿はトイレ掃除ね」
「うむ」
「承った」
「分かったのよー」
「了解にゃ」
「了か…って、おいッ」
フィフィの矢継ぎ早な指示で集められていた騎士たちが散っていく。
赤髪の女騎士のノリツッコミは、盛大にスルーされたのだった。
***
ごしごし。
最近目が疲れて細かい文字が読みづらくて困ることが多い。
公益法人日本魔術振興センター所長兼、王立魔術学院学長、大道寺正臣は、何度か目をこすって後に文面にこれでもかと顔を近づけた。
一方的に呼びつけられて、一方的にまくし立てられたあとに、手元に残った数枚の資料。
そこにはこれまでの3年間に、彼が集め送り込んだわが国の魔法エリートたる魔術学院の生徒たち……その成績上位者の成績をリスト化したものが記されている。
そして天朝国王族、アドリアナ家の姫巫女であるフィフィ王女からつけつけと小言をのたまわれ、抜本的解決を、と何の前振りもなく突然に要求された。
どうも今回の騒動……全国各地で起こった《泡卵》騒ぎで、地球人があまりにふがいないところを見せてしまったのがお気に召さなかったのだろう。
要求されたことは単純だった。
「もっと有望な生徒を集めてちょうだい」
まあ至極もっともなことであったので、慫慂と承ったのだが。
「いるじゃない、有望そうなのが」
どこから集めてきたのか、写真やら週刊誌やらが持ち出されてきて、
「これ、この子つれてきたらいいじゃない」
具体的にご指名が入りました。
最近かなり話題になっている、例の魔法少女でした。
なるほど、こりゃ確かに有望だ。
「………」
今日は医者に止められてるんだけれどビールを飲もう。はは、たまにはいいじゃないか。
元気を出せよ、ボーイ。
「………」
今度はシンデレラを探す大仕事だぜ、やったぜ。
「………」
大道寺正臣は握り締めた受話器を片手に、ははは、と自嘲気味に笑ったのだった。
すいません。
最近アップし始めた『陶都』が恐ろしいことになっておりまして、かなり焦っています。しばらくはそちらに集中すべきと判断いたしましたので、いったんここで筆を置かせていただきます。ここまでついてきていただきありがとうございました。若干後悔してます…。




