021 騒動開けの教室にて
騒動の後、《合同実習》参加学校は3日間の臨時休校となった。
情報の即時性が退行したこの時代、全国各地で発生した『災害』を国民すべてで共有するまでにはいささかタイムラグが生まれる。その一昼夜をかけてようやく被害のほどが知れ渡り、全国民的哀悼ムードが醸成されたようである。
土御門総理による服喪が宣言され、この3日間は津々浦々に半旗が掲げられることとなる。
死者1200人、重軽傷者15000人、行方不明5000人……大震災クラスの被害が公表されたときには、ショックのあまり激しい政府批判が噴出した。
もっとも、それを予想していた政府側も手をこまねいていたりなどはせず、海外の悲惨な実態……《グレートリセット》後に全土が暴動の嵐で焼き尽くされ、その後も復興が遅々として進まない多くの国々の現状を謳い、『それに比べればまだマシ』という、かなり品性を疑われそうな政権寄りの提燈記事が連日紙面トップを飾っている。
むろんそんな程度で事態が沈静化するわけもなかったのだが、騒動の翌々日の最終面に掲載されたたった一枚の写真が、怒れる国民にじわじわと浸透し、やがて関心の矛先を変えてしまうほどに熱狂させてしまうことになる。
『救世主現る!』
この国は、そういうノリが大好きだった。
多額の税金を『守り代』として注ぎ込み、当てにしていた天朝国の宇宙騎士団が思ったほど役に立たなかった。
各地で起こった、降って湧いたような怪獣騒ぎ……《泡卵》から生まれた異形の生き物を指して、ごくごく自然に『怪獣』の呼称が定着したのはこの国ならではであったろう……その騒ぎの最中、頼りにしていた天朝国騎士団がなかなか姿を見せず、被害が広がるのをただ見守るしかなかった現地の人々は、おのれたちの無力にただ打ちひしがれた。
そんななか、あの人類には抗し得ない『怪獣』に対して、敢然と立ち向かうひとりの少女が現れた。
対応した天朝国騎士のひとりが終始劣勢であった『怪獣』に、玩具のようなステッキひとつで立ち向かい、干戈を交えた激闘の末についにこの『怪獣』を屠ったという。
目撃者だという投稿者の談。そしてその記事を見た、自分も目撃者のひとりだと言う新証言に別写真等が次々に紙面で取り上げられ、最初の小火は瞬く間に燎原の火のごとく燃え広がり、ついには大火災となりおおせたのだった。
『鉄槌の天使、現る』
ついにはそれらの写真を集めた写真集まで登場する始末で、その爆誕の地とされる池袋某店は『鉄槌天使』の聖地とされるに至る…。
ある怪しげな週刊誌に特集されたなかに、有名コスプレイヤーたちが黒棒修正で目を隠して証言を綴っている。
「正体はたぶん中学生」
「学ランコスした美少女」
「マジで恥らってた。きっと天使」
「恥ずかしがって、飛んで逃げた」
などなど。
空を飛ぶ天朝国人を見ることはあっても、地球人類が飛んだという事例はまったく確認されたこともない。飛行魔術を使えるだけで、すでにして地球人類レベルを軽く超えてしまっているのだが、驚くべきことにその少女が『天朝国関係の人物でない』ことが確認されているというのだ。これは政治方面に詳しい元記者クラブの人物が情報元で、なんでも該当の少女が何者なのか、当の天朝国から直に問い合わせがあったというから驚きである。
現状、この少女について、政府も秘密裏に全力で捜索を行っている。
全国民を管理している政府も知らず、オーバーテクノロジーを誇る天朝国もその所在を特定するにいたってはいない。
まったくの正体不明。
絵に描いたような秘密のヒロイン。
果たして、その正体は何者なのだろうか?
臨時休校開けの学校にて。
資源不足から割合に高価な雑誌を持ち込んだ生徒がいたらしい。急なクラス替えで名前も分からない男子生徒だった。そのまわりには、好奇心を同じくしているクラスメイトたちが集まり、雑誌を奪い合っている。
「この『ノエル』、ホンモノだって噂だろ」
「このカットとか、完成度高過ぎんだろ。マジ美少女じゃん」
「二次元厨が黙るレベルだよね」
机に突っ伏していても、騒ぎは強制的に耳に入ってくる。
何しろ雑音の震源地は一箇所ではない。女子は女子で教室の隅できゃあきゃあ言ってるし、廊下のほうでもざわざわと人声がさざめいている。
「この子マジで見たらしいぜ、オレの従妹が!」
そんな台詞が耳に飛び込んできて、さすがに顔を上げる。
ビン底メガネさんの防御力にすがることでどうにか平静を保っている冬夜であったが、その目は不審者のごとくキョドりまくっている。
「避難途中に、背中におんぶしてもらったんだと! すっげえ柔らかくていい匂いがしたってさ!」
「避難を助けてもらったのか?」
その瞬間は、教室中が発言者をガン見していた。
メディア情報と口伝の噂話でしかなかった曖昧な話が、実体験を伝える生の情報に接することでリアルさを増した瞬間だった。
えっ?
そんなことあったっけか……ほんの少し考えて、その状況に似たことがあったのを思い出す。あの子連れ家族を助けたときか。
そして狙ったようなタイミングで、隣の席の男が話を振ってきた。
「七瀬は興味ないのかよ? 人助けもしてたんだってさ。マジでいい子だよなノエルちゃん」
「えっ……はっ」
「聞いてねえの?」
「やっ、そんなことないよ! 軽かったし負ぶったのもちょっとの間だし!」
そこまで言って、凍りつく。
飛び級でまわりが年上ばかりなものだから、馴染もうと焦っていたのもあったろう。不意討ちだったのもまずかった。
「…? なに言ってんの」
さすがに話題の少女が目の前にいるなどとは思わなかったのだろう。その男子生徒は話のかみ合わない編入生に興味を失って、違う方を向いてしまった。
(…た、助かった)
ゆっくりと息を吐いてまた机に突っ伏そうとした冬夜であったが、彼のささやかな逃避行動を見逃してはくれない人物が教室に入ってきたことで、その日の安穏はケツをまくって逃げ出してしまうこととなる。
「あっ、会長!」
女子の声がかかったのは分かった。
そしてずかずかと歩いてくる足音が迷わずこっちに向ってくるのも、高位把握野によってすぐに分かってしまった。
生徒会長、由解明日奈はたいそうご立腹していた。
「七瀬くん、ちょっと」
肩を叩かれてなお気付かないふりは無理です。
すいません、現場放棄してそのままだったのを忘れておりました。
眼鏡越しに見上げた明日奈の顔には、穏やかに切れまくる般若のそれが浮かんでいた。笑っているのに激おこプンプンとか怖すぎるんですけど!
明日奈の横には副会長と書記の姿もあり、みなして機嫌が悪い。まあ同じ現場に駆り出されていた組である。特選部隊でチーム行動していた明日奈などは、怒られても仕方のないぐらいの迷惑をかけていたのだろう。
副会長の扇谷さんと書記の戎原さんに両肩をつかまれ、グレイ状態で立たされた冬夜は、明日奈先導のもと教室を後にすることとなったのだった。
「どうしたのかしら会長…」
「激プンなんだけど七瀬くんなにしでかしたのかな」
出口近くにいた女子生徒の心配げな声を聞いて、心の中で全力で首肯しまくった冬夜であったが。
会長さん、まだホームルーム前なんですが。
廊下でちょうどすれ違った3-A担任の吉田先生がこちらに声を掛けようとして……あ、会長のメンチ切りに視線そらしちゃったよこの人。弱ェえなおい。
廊下でもまさにモーゼ状態で、冬夜は儀式の供物に選ばれた子羊のように、生徒会室まで連行されたのだった。




