020 キツネ違いじゃ
《掌珠》の騎士たちはガチの臨戦態勢だった。
慌ててホットスポットの廃城から距離を取りつつも、冬夜の高位把握野は状況を類推し続けている。
(…このひとたち、まさか『柊ノエル』を追ってきたんじゃ)
あんな痛いだけのコスプレ少女を、宗家アドリアナ最大の暴力装置である《掌珠》騎士団が真剣に追跡してきていたことも驚きなのだけれども、彼らが全開で発する……この空気がピリピリと震えてくるような非常な緊張感が異様過ぎて、軽く呼吸困難さえも覚える。
なぜに?
疑問には思うのだけれども、いままでの状況を冷徹に俯瞰している彼の高位把握野は、ずいぶんと簡明に結論を導き出していた。
(この一連の《泡卵》騒動と、ヘラツィーダさんが『柊ノエル』に対して言った、「どこぞの信仰を集める『神体』が顕現したものとお見受けする」というもの言い……王子の白狐が《泡卵》を得て顕現したような事例がままあるとするなら、『柊ノエル』もまたそうした地域信仰の神霊の顕現とみなされたのかもしれない)
あのありえないピンク髪と、ゴスロリ調のミニスカ衣装、そして子供だましの象徴でもあるあのふざけたステッキをして、迷いなく「土地神の一柱」と評し得たのは、おそらくこの星に馴染のない外様、天朝国人であったからだろう。
そして彼らは継続して『柊ノエル』を作り出しただろう『信仰』を調査し、やがてはこの国に偏在するかなり痛い性癖持ちたちのファン活動を『一種の信仰』と結論付けて、素直に納得してしまうに違いない。
『柊ノエル』は、近代新興宗教信者の妄執と偏愛が生み出した『神体』の、受肉顕現した化外の存在である、と。
そしてその恐るべき力を示した化外の存在が、天朝国による惑星支配に対してどのような存在となり得るのか、その安全に確証が得られねばおそらくかなりの高確率で早急な排除を企図するだろう…。
「疾く姿を現せ! 化け物めッ」
白髭の老騎士が得物の巨大な槍……斧のような部分もあることからいわゆるハルバートの石突を地面のコンクリートに打ち付けた。
それだけでずしんとコンクリートが陥没し大きくひびが入る。膂力が尋常でないことの証拠だった。
前に会ったことのある赤髪の女騎士さんに手招きされて、そちら側から包囲脱出を果たしてしまった冬夜は、なんとなく騎士たちと一緒になってもといた城の廃墟を眺めやった。
中にはまだ妖狐の気配がある。
さっさと隠れたくせに、遅れた冬夜のほうがあっさりと逃げ延びてしまったのは皮肉というものだろうか。妖狐のおかげで、騎士たちはいまだ『柊ノエル』が廃墟の中にいるものと確信しているようである。
先ほどのヘラツィーダさんの例でも分かるように、天朝国人たちは個人を見分けるのに、外見だけでなくその内在する《思惟力》、《存在核》のありようを重視している。同じ家に起居していたヘラツィーダさんさえ見抜けなかったのだ、接点などないに等しい《掌珠》の騎士たちが、『柊ノエル』の正体である彼のことを見抜けるはずもなかった。
「おまえ、あの中で妙な格好をした女を見なかったか」
たしかアーデルとかいう名前の《掌珠》12卿のひとり。
褐色美女の流し目で少しどきりとしたのは内緒である。努めて冷静を保ちつつ、「なんのことですか?」ととぼけた感じで返しておく。
ピンク髪の痛いコス少女なんて知りません。そんな少女は元からいなかったに3000点。
「…そうか。ならばはやく奴のところへ行ってやれ。そうして高みの見物をして悪かった、アーデルが詫びていたと伝えてくれ」
どうやらこの褐色美女は、ヘラツィーダさんと何か因縁的なものがあるようである。先ほどの『龍』との戦いのさなか、上空の雲間にかすかに気配を感じていたのだが、それが《掌珠》の騎士たちだったのだとこのとき察した。
『龍』が強大な敵であると分かっていた彼らは、おそらく偶然先行していたヘラツィーダさんを見て、そのリソースを適当に削らせるかませ犬にしたのだろう。いよいよというときになって現れた『柊ノエル』によって出番を奪われてしまった恰好であったが……『龍』が退治されてしまった今、新たな脅威として登場した『柊ノエル』の討滅が彼らの代償行為となったというわけだ。
さて、もう行ってよいと言われたわけだから、立ち去ることは簡単なのだけれども。
(巫女よ! わらわを置いていくのかえ!)
「………」
絶賛討滅の危機にある妖狐から盛んにヘルプがかかっている。
まあ彼の中でセクハラ三昧を働いたいかがわしい神霊であるので、若干どうなってもいいかなと思ってしまったりもするのだが、さすがに多少でも関わりを持ってしまうと、簡単に突き放すことなどできないようで。
少しだけ思案して、冬夜は状況に口をはさむことにした。
「あの…」
彼の声にまず反応したのは、近くにいた赤髪美女だった。
アーデルは顔を廃墟に向けたまま、目線だけをこちらに投げてきた。戦闘モードに入っているためか、ちら見されただけで腰が引けてしまうほどおっかない。
「まだいたのか」
「…すいません。ちょっと不思議に思いましたので」
「……?」
「あの中には誰も……妙な格好の子どころか何もいませんでしたけど」
「………」
そこでようやく、騎士アーデルが身体をこちらへと向けた。
包囲の一角がそこで崩れたわけで、白髭の老騎士が咎めるような視線を送ってきたが、アーデルは意に介さない。
「あたしはあの中にピンクいのが入っていくのをこの目で見たんだけど。なに? あたしの目が節穴だったって言いたいのかい?」
「…え、っと」
すごい目力に、どもりそうになりながらも、おのれのなかの義務感を鼓舞して言葉を継ぐ。
「その『ピンクいの』がなんなのかはぼくには分かりかねますけど、『何もいなかった』というところは請け負います」
「ルプルンの現地臣かなんか知らないけど、《掌珠》の正騎士に面と向かって口をきくとか、身の程を弁えといたほうが長生きできるわよ」
「…えっと……そんな大それたつもりは毛頭ないんですけど。…その、無駄な手間はかけない方がよいかなと」
「こいつ、まだ言うか…」
「アーデルちゃん、怒りんぼはだめなのよー」
近くにいた小学生低学年くらいの薄桃ツインテ少女がフォローに入ってくれる。どう見ても年下にしか見えにいのだけれども、この子も《掌珠》の騎士のひとりらしい。薄いピンクの髪色が、彼女も宇宙人であることをそこはかとなく教えてくれる。
「ユマ。あたしは怒ってなんか…」
「その子の言うこと、確認してみれば済むと思うのー」
薄桃ツインテ少女……えせの『柊ノエル』よりもよほど魔法少女してるように見えるのだが、いかんせん顔立ちは愛くるしいくせに目が笑っていないという曲者臭をぷんぷんと漂わせている。
「アーデルちゃんが突っ込んでみればいいのー」
「って、あたしがかよ!?」
突然のキラーパスに、不満を漏らしつつもアーデルは廃墟へと近寄っていった。いまひとつ上下関係が分からないが、このユマという少女のほうが立場が上なのかもしれない。
「ペアを組め」という白髭の老騎士の目配せで、別にもう一人が彼女の背後に続いた。顔を覆う仮面をつけた、謎キャラっぽい騎士だ。ユマともう一人のちみっこ騎士が「コトぷーがんば」とか言っているので、コトプーという名前なのだろう。
そうして二人の騎士に侵入されたことで押し出されるように飛び出してきた妖狐が、
(わらわは違う! キツネ違いじゃぞ!)
空中であわあわと身振り手振りして、『ピンクいの』じゃないことを全力アピールする。むろん妖狐の受肉体はすでに始末済みなので、純粋に霊的存在としてそこに浮いている。
当然ながら高位把握野で世界を見ているこの場の騎士たちには妖狐の姿は完全に見えている。彼女の《存在核》のありようも歴然としたものであり、《思惟力》350と巨大ながら、『ピンクいの』のそれとは別物であることがあっさりと確認される。
「じいさん、誰もいねーわ」
そのあと出てきたアーデルの言葉で、《掌珠》の騎士たちは戸惑いながらも警戒を解いたのだった。
たしかにこの廃墟の中に、《思惟力》500の化け物が潜んでいる気配は皆無となっている。高位把握野で見えすぎているために、誰もそのことに疑問をさしはさまなかった。
「きゃつめ、どこに逃げおおせたのだ…」
ハルバートをまたどんと突いて、コンクリートをめり込ませた白髭の老騎士が空へと舞いあがった。そして俯瞰する位置にまで上がって、どんっ、と、周囲に向かって『相対圧迫魔法』のようなものが飛んでいき、最終的な確認が済まされたようだった。
《掌珠》の騎士たち……力ある天朝国人たちは、能力に依るところが大きすぎるためか、細かな現場検証もなしに即座に撤収していった。アーデルから、伝言は確実に伝えろと念を押された以外は、事情聴取されるでもなく、あっさりと赦免であった。
なにこの大ザルな捜索隊。
《存在核》のありようひとつで真実を見抜けるのかもしれないけれど、ちょっと過信し過ぎなのではないだろうか。
「服は発見即没収されると思ったんだけどなー…」
まさかあの中に雑に隠したコス衣装が、全く露見することなくスルーされるとは。
後から彼らの気が変わるかもしれないので、隠し場所は変更する。紙袋を回収して、入場ゲートにほど近いロッカールームの、まだ鍵が生きていたところに突っ込んでおくことにした。
ふう。
これで安心安全である。
(なんじゃあのおっかない退魔師どもは……寿命が縮んだわ)
「キツネ違いとか言っちゃう、えらくビビったのがいたのは笑ったなー」
(………)
ばふっと、尻尾ではたかれた。




