017 連戦⑧
「て、天使の鉄槌ッ!」
もうそのときは、動転しまくっていたとしか言いようがない。
渾身の一撃に《思惟力》を蕩尽したヘラツィーダさんが、ふわりと体勢を崩すのを呆然と眺めていた。
例え天朝国人であっても、いっときに引き出せる《思惟力》の総量はやはり限界があるらしい。高位把握野に捉えるヘラツィーダさんの『輝き』が急激にくすんで、影が薄くなる。いまこの瞬間、ルプルン家最強の近衛隊長が、地球人類の有象無象に並ぶほどに弱体化してしまっている。
相手の『龍』が、その大きすぎる隙を見逃すはずもなく。
全身をうねらせた鞭のような一撃が襲い掛かるのを、当然のことながら冬夜は看過することが出来なかった。
どうにかその間に割り込んで、致死の攻撃からヘラツィーダさんを守ることはできたのだけれども、結果は無様に弾き飛ばされ、弱っている彼女に抱き止められるというていたらくだった。挙句に無理に飛行魔法を発動しようとしたのが祟って、ヘラツィーダさんの《思惟力》をさらに空っけつにしてしまうというオマケ付き。間抜けすぎる。
(もう説明は後でいい…)
回復までまだしばし必要なヘラツィーダさんが戦力外となるなか、『龍』の相手を務め得るのは自分自身のみ。『龍』の攻撃を一度とはいえ耐え切ったことが気持ちを少し落ち着ける。
アニメキャラ、『柊ノエル』コスという公開処刑状態の冬夜は、基本的なところでいっぱいいっぱい、絶賛大混乱中である。『七瀬冬夜』というリアルを知られないよう、彼のなかの一部が『柊ノエル』的な行動、言動を闇雲になぞりまくっている。
『龍』に見得を切る段になって、彼はポージングを決めた後に、ぼふっと顔から火が出るほどに赤くなった。恥ずかしながら彼も『鉄槌天使L&L』の原作を見たことがあった。自己弁護を図るわけではないけれども、彼ぐらいの年齢でメディア露出の高いアレを見たことがない者などなかったに違いない。
ステッキを胸の高さから捧げるように両手で頭上へと持っていき、そこで呪文を唱える。アニメであるならばその儀式に呼応するかのように、天空から神の祝福とばかりに神々しい光が降りてくる。冬夜のステッキにはそのようなオプションはないので、代わりにこの場でもっとも集めやすい《電磁力》を自力で掻き集める。
物騒な放電を繰り返す謎の光をその先に集めて、ステッキが『龍』に向けられた。彼自身と妖狐を合わせた、合算500になんなんとする強大な《電気系魔法》である。電圧の高まりによりやがて白くプラズマ発光を始めるその恐るべき力に、さすがの『龍』も脅威を感じたか身を縮こまらせて身構えている。
「世界に仇なすものに女神の裁きをッ!」
とりあえずここまでやってしまったのだから、言い訳は後にしよう。
ヘラツィーダさんの盛大な誤解をどのようにして解こうかなどと頭の隅で考えつつ、ゆっくりとステッキの先を『龍』に向ける。
形成された『球電』は、電気であるにもかかわらず投擲ができる。ただしその移動速度は発射時に与えられる初速に依存するもので、身体能力に劣る少女の「ソフトボール投げ5メートル」的な初速では、むろん躱してくれと言っているようなものである。
先例からゆるふわ発射では意味がないと知っている冬夜は、同時にいかにして初速を与えるかに思案を向けている。
(電気自体に重さはあるのかな? あるのなら《重力子》魔法を応用すれば…)
『電気』という現象そのものには無論重量などは存在しないが、『電子』には限りなくゼロに近くともそれがあるのかもしれない。前回やったように手作業で投げつけることができるのは分かっているのだけれども、『球電』の保持とリリースの仕組みが判然とはしていないので、ぶっつけで試行錯誤とかは今回やるつもりはない。
わずかに《飛行魔法》を『球電』にかけてみて、それがかすかに作用を及ぼしているのを確認するや、冬夜はひとつの着想を実行に移す。
(あんまり無理に重量を付加すると、電気的作用に悪影響が出るかもしれない……飛行速度の増速は、十分に距離をかけて行う)
冬夜はステッキを再び頭上に向けて、ふわりと『球電』を放った。ゆっくりと舞い上がり始めた『球電』は、次第に速度を速めながらに空の彼方へと消えていく。
それを知性の乏しい眼差しで見送った『龍』は、長い鎌首をもたげて見たままに警戒をほどいてくれた。
『龍』の頭から生えている、角と思しき器官がバチバチと帯電を始め、《電気系魔法》かと思った矢先に予想外の攻撃を食らった。
(ブレス!)
『龍』が生体的に体内で可燃性ガスを作り出しているのか、開かれたあぎとが何かを噴出したと思った刹那、角の電気が着火トリガーとなって《火魔法》が成立した。
灼熱の炎の舌が一瞬にして冬夜を捉え、焼き尽くさんとする。
(体内でガス作るとか反則じゃんか!)
広い宇宙には、いろいろな形の魔法があるらしい。
体内のガスが枯渇するまで吐き出され続けたブレス攻撃は、しかし当然ながら決着をつけるのには力不足過ぎた。
《思惟力》500同士の対戦である。それぞれがまとう《シールド魔法》も恐ろしく強固である。《シールド魔法》を恣意的に運用しうる者ならば、必要箇所により厚めに備えることもできる。
炎撃の果てた黒煙の切れ間から無傷の冬夜が姿を現すと、さもあらんとばかりに『龍』が襲い掛かってきた。
魔法使い同士の対決は、いかにして相手のシールドをはぎ取るか、この一点に集約するといってよいのかもしれない。相手のシールドに効果的に負荷をかけ、リソースを削ることで丸裸にしたのちに本体にまで届く一撃を叩きこむ。
中世騎士の決闘のような、単純明快な戦いの論理。
『龍』はその武器である鋭い牙、あるいは尾を、時と場合に応じて使い分けてくる。もともとその巨体に秘められた絶大な肉体スペックがチートであるがゆえに、魔力の枯渇も恐れずにばしばしと《思惟力》をぶつけてくる。最悪魔力不足に陥っても、そのとき相手を丸裸にさえできていたなら、自身の肉体武器で止めを刺せると分かっているのだ。
冬夜としては、おのれの《思惟力》の効率的な運用に努め、力を温存するしかない。
(…よし、十分に距離を稼いだ)
《シールド魔法》を打点付近に絞ることで《思惟力》の消費を押さえつつ、大気圏の外縁にまで至った『球電』を反転させる。《重力子》の向きをこっちへと向ける。
『球電』の加速が始まった。
(『球電』魔法の時間差運用が可能なら、これは魔法の外部リザーブ……予備弾薬を持つのにも等しい運用思想かもしれない)
《思惟力》は《存在核》からの基礎放射で不足分が補充されていく。事前に形成した魔法を外部に保持してその充足を待てば、疑似的に瞬間の《思惟力》総量を増やすことができるということになる。
(…予想以上に電圧の減衰が激しい……持つかな)
どんどんと落下速度を上げていく『球電』。
『龍』の攻撃をさばきつつ、高位把握野で着弾タイミングを精密操作し続ける冬夜。
『龍』の攻撃が単調になり始めたので、防御を最適化した冬夜はステッキに《思惟力》を強固にまとわせて、その合わせ打ちでしのぐようになっている。
「…すげえ」
「のえるタソtuee」
「日本を守ってくれ! ノエルちゃん!」
少し離れたところで援護しているつもりなのだろう、ときおりスナイプショットをしてくれている自衛隊ヘリからそのような声援が届いてくる。
まあ彼らから見れば、巨大な『龍』とおもちゃのステッキで殴り合っているように見えるわけで、なかなかに見ものではあっただろう。
つい地上にも目をやってしまい、そこでこちらを眺め上げている大勢の人たちの姿を発見してしまう。警察消防だけでなく、地域の避難民たちも集まっているらしい。かすかな歓声がざわめきのように届いてくる。
こ、公開処刑だ!
そしてその時ちらりと目に入ってしまった、絶賛弱体化中のヘラツィーダさんが…。
「まさか、…本当に神体結合……地球種の女神?!」
ひとりで結論付けて絶句していました。
ただし顔がにやけていて、両手で自分を抱きしめながらくねくねしている。身の危険を感じて鳥肌が広がった。
(いまはそんなときじゃ……当たって!)
思わず空を見上げて、ステッキを捧げ上げるようにして祈ってしまった。
時速数百キロにまで加速した『球電』が、『龍』の背後を襲ったのはそのときだった。
それはまるで、計ったかのようなタイミングで『龍』を強襲した。
第三者の目線からは、神が下した裁きの鉄槌……天使の祈りが通じたことによる神意の顕現としか見えなかった。
エネルギーを極限まで凝縮した『球電』は、かなりの力を減衰させつつも、十分な威力を維持したまま対象へとピンポイントで命中した。
無自覚に展開される《シールド魔法》は、主観魔法であるがゆえにそのときの意識のありように大きく影響を受ける。冬夜との殴り合いに集中し過ぎていた『龍』は、成行きで背面のシールドを薄くしてしまっていたに違いない。
そこに飛来した『球電』魔法。
バスンッ!
希薄なシールドを突き破り、そのコンマ数秒後に『龍』の下腹部をあっけなく貫通する。
『龍』が絶叫した。




