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006 七瀬家接収!?

ふう。やっと書けたわ。







「ふはは、かわいかろう」

「………」


率直に誰? とか思ってしまった冬夜は、呆然としたまま両手でおのれの顔形をなぞり、つるんとした頬から顎へかけての輪郭、すっと細く通った鼻梁からぷっくりと色付いた珊瑚色の柔らかそうな唇を指先で確認してから、言葉もなく両手で顔を覆った。

すべての彼の動きを正確にトレースしえたその姿見が、ほんとうに紛れもなくただの鏡なのだと確信したのが止めとなった。


「この星の住人どもは、たまにマシな奴もおるがたいていは配置の黄金率に無縁な残念顔ばかりじゃからな! 王家のメイド推奨顔のいち押し因子を押し込んでやったのじゃ、この広い宇宙を探してもそれ以上の黄金比含有顔は存在せぬ」

「…メイド?」

「今後わらわに存分に(かしず)くがよい」

「…まさか」


不安に襲われた冬夜がおのれの身体をまさぐって、胸のありえない違和感と股間の喪失感を確認するなり、とうとうぺたんと腰砕けに坐り込む。

ちょっと待ってくれよ…。


「この国では女に生まれたほうが『勝ち組』だそうではないか。記録編纂室がこの国の過去遺物から巨大な掲示板データをサルベージしてな、男より女のほうが若いうちはイージーモードらしいな。おぬしの人生が有利になるよう配慮したわらわに感謝いたせ」


それきっと違う!

昔あったっていう電脳内の巨大掲示板って、アレなところだったんでしょ? よくわかんないんだけど絶対に誤解してるよこの子…。

鏡に映った雪のように白い肌の美少女……上目遣いのその目のなんと睫毛の長いことか。碁石を磨きこんだような漆黒の瞳が、艶っぽく妖しげに瞬いている。

おんなじなのはこれだけかよと掻き毟ろうとした黒髪が、いつものごわごわした感じではなくてするりと指に通ってしまうサラサラ感を備えていることを知って、がっくりとうなだれる。


「まったく別人じゃんか…」


力ない冬夜のつぶやきに、ご満悦であった幼女が、とうとうおのれの謎めいた出自を語り出した。


「わらわは天朝国(ハインセット)王族に連なりしもの。ルプルン家の末姫、カグファと申す。ナナセ・トウヤ」


まあここまでくればだいたい予想はしていたのだけれども。

アンノウン幼女は、いまこの国を牛耳っているに等しい宇宙からの来訪者、あの伊豆半島沖に浮かぶ巨大母船の魔女っ子王女の係累であるらしい。


「姿があまりにも変わり果てて戸惑っておるようじゃが、しょせん肉の器など《#&*?%》のありようの投影にしか過ぎぬ。おぬしの魂をいじることで受肉体がその変化を反映しただけじゃ。《#&*?%》の基底までは触ってはおらぬゆえ、安心いたすがよい」

「これで戸惑うなって、そりゃ無理だよ」

「なんだ、気に入らぬのか」

「…男に……男には戻せないの? できれば元のままが…」

「…ふむう。わらわの仕事に不服があると申すのだな」

「…殿下、この者、姿かたちを見られるように替えても、中身のほうは変わらぬ愚物のままのようです。やはりもう少ししっかりと選別した上で見所のある者を登用なさるべきでは」


土下座モードからいつの間にか復帰を果たしていた美女騎士が、そのアイスブルーの瞳を歪めて、虫でも見るように見下げてくる。その切り替えの早さは戦慄ものであった。


「ヘラ、おぬしはもう少し殊勝に反省を続けておらぬか」

「これは失礼をいたしました。…この者が身の程もわきまえられぬ愚物であると推察いたしましたので」

「愚物? わらわがそのような片手落ちをいたすはずがないではないか。《中身》のほうも天朝国(ハインセット)の一般騎士程度には高位把握野(ハイクルーフ)を持たせて置いた。それがなくばとうていわらわの役に立てることなどできぬからな!」

「…これは大変な失礼をいたしました。殿下の御心も知らず、このヘラツィーダ差し出たことを」

「よい、許す」

「かたじけのうございます」


どうやら王女カグファとこの美女騎士ヘラツィーダさんは主従関係にあるらしい。

カグファ王女がかなり気になることを述べていたんだけど。


(ハイクルーフ? なにそれ)


どうやらさらに得体の知れないオプションを追加されているらしい。

王女と美女騎士の主従がなぜたったふたりで七瀬家の居間に居座っているのか……そもそもなぜ王族ともあろう者が飲み屋街のゴミ捨て場で泥酔していたのか……いやそもそもその前にどうして涙目になってまで冬夜の身元引き受けを求めたのか……この国を牛耳っている天朝国(ハインセット)の権力が使えるのならどうとでも解決できただろうに、冬夜のように無力な一般人にすがらねばならなかったのか。現状を形成する謎のファクターが多すぎる気がする。

しかもどこの馬の骨とも知れない現地民の彼を気ままに登用してしまうほどにゆるい王女周辺の人事事情。ガチガチに固められた側近団がいるのならば不確定因子が集団に紛れ込むのは嫌うはずなのに、それを制止するべき側近たちの影も形もないところや、登用してすぐに戦力として当てにしようみたいな空気感が違和感を助長して…。


…。

……。

………あれ?


いろいろと混乱する要素のありまくりな状況を、あっさりと飲み込んでしかも淡々と状況分析をできている自分がいる。

思い返せば今日美女騎士にぬっ殺された瞬間まで、どこか混乱して思考が真っ白になっていた記憶がある。思い返せば、脂で練ったようなドロドロの土のなかをもがいていたような思考が、いまは南国のサイダーブルーの海を泳いでいるような開放感が全身を包んでいる。

思考が恐ろしくクリアになっている。


「ナナセ・トウヤ……もうこれからはトウヤと呼ぶぞ。おぬしには『階梯を登りし種』が獲得する高位把握野(ハイクルーフ)を与えておいた。平たく言えば思惟力の受肉器官……おぬしらの種で言う『脳』を進化させた。魔法を操る上でその空間に散らばる精霊子を効率的に運用するためには、その存在位置を空間的に管理することが必要になるからな。本来のおぬしの『脳』では、その用のわずかな一部でさえ賄いきれぬからな! そういう意味ではおぬしはもうこの星の原住民の枠組みからは逸脱してしまったかもしれん」

「………」

「ここは喜ぶところだぞ、新入り」


冬夜の薄い反応に苛立ったようにヘラツィーダが口を挟む。

常に威圧的なのは彼女の性癖であるのかもしれない。いわゆる脳筋なひとなのだろう。


「理解したか? その顔はそうだというておるぞ」

「…認めたくはないですけど、半分くらいは理解してしまいました」

「先ほどまでの愚鈍であったおぬしにはなかった知性の光が、その目には見えるぞ」

「…まあ、そうかもしれません」

「というわけで、トウヤ、おぬしは我がルプルン家の家臣となり、その一柱を担うのじゃ」

「…拒否権は」

「あるわけがなかろ」


王女カグファがにんまりと笑いかけてきた。

死人をこともなげに生き返らせて見せた彼女が、こともなげにまた生者を死者に置き換えられることを認めないわけにはいかない。


「いちおう公正を期すために言うておくが、《#&*?%》をいじれる《鼎の王》の眷属とて、それそのものを無から創り出すことはかなわぬ。その稀有なる存在を無碍に抹消したりすることは存在の奇跡に対する冒涜、禁忌なのじゃ。我が誘いを断ったからとておぬしの存在を消し飛ばすようなことはせぬゆえ、安心するがよいのじゃ」

「…じゃあお断りということで」

「いきなり安心しすぎじゃろ!?」

「…いや、だって、王女さまはもしかしたらこの家に居座るつもりなんじゃ…」

「いや、まあ、その」

「…やっぱり」


あからさまに挙動不審になったカグファに、トウヤが半眼になっていると、


「なんだ貴様。不服でもあるのか、うん?」


剣の柄に手をかけたヘラツィーダが血走った目をこっちに向けてぷるぷると震えている。王女ラブの狂犬がここにいた。

本職の人も逃げ出しかねない血走ったメンチ切りに、小心な一般人が抗えるはずもなく。家主である祖母不在のまま、七瀬家家宅は天朝国(ハインセット)王族、ルプルン家の仮宮として接収されることとなったのだった。




「…それで男に戻る件なんですけど」

「なんじゃ、まだ諦めておらんのか」


男に生まれて14年、いま思春期を迎えて男としての喜びを異性とのキャッキャウフフに見出すに至った彼にとって、それらを未達のまま放棄することは、ここまでの半生をなんだか侮辱されたように感じられて仕方がないのだ。


「いい匂いがするからそれでいいじゃろ。あまり《#&*?%》をいじり倒すのは好かぬしのう」

「あしたから学校だってあるのに、困るよ!」

「おぬしの掛けておった視力矯正具、あれを掛けとればばれんじゃろ」

「どこの漫画なんだよ! ばれるよっ、チョー簡単にばれるよっ」

「面倒くさいのう……ほれ」

「…?」

「この視力矯正具に材質変更をかけてやったぞ。外からの光を屈曲させて認識が阻害されるじゃろう」

「………」


ここに漫画アニメにのみ存在した、顔面ギャップ隠しの不思議メガネが爆誕した。使用者には普通なのだが、外から見ると屈曲の加減なのか正統派のビン底メガネに見える。


「…実際的に、男には戻れるのでしょうか」

「おぬしが《#&*?%》を操作できるまでに研鑽を積めば、あるいは、な」

「………」


その日から、たったひとりのくせに近衛『隊長』を自称するヘラツィーダさんによる魔法実技の特別訓練が始まることとなる。

趣旨は不足しまくりの家臣の個人能力向上であったが、それを求める側と求められる側で動機にかなりの相違があったことは間違いない。

冬夜の見せた『やる気』に、カグファ王女はたいそうご満悦であった。


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