ss ヘラツィーダは見た
ブクマの伸びは微妙ッ
…しかし閲覧は伸びた! たしかに伸びたッ!
チィッ!
舌打ちが口をついて出た。
ただでさえ手に余す化け物と対峙しているというのに、ここで新手か。
「この緊急時に、新手の化け物がァッ!」
思わずぼやき半分にわめいてしまった。
これはもう、撤退を考慮に入れねばまずいかもしれない。
被害がおのれのみ……このヘラツィーダ・ルクナ・サッリ・カダモンの手に負えるうちならばよい……父祖の代より仕えし王家七門が一、栄光あるルプルン家の社稷を掛けた大事な一戦と心に期しているいま、わたしの敗退はすなわち主であるカグファ・エナ・ティエール・トゥル・アドリアル・ルプルンの敗退であり、この地に得た新領の加増をにらんだ一手をふいにすることを意味していた。
まさか中央世界でいっとき猖獗を極めた『坩堝の蛇』、ゾード連星の蛇が現れるなどとは、星のめぐりが悪いとはこのことだった。
(《泡卵》を取り込んだ『坩堝の蛇』の《思惟力》は推定500……わたしの最大値、280ではとてもではないが届かぬ。そこにこの新手の敵……このピンク髪の少女からもわたしにはとうてい及ばぬ巨大な《思惟力》を感じる。…ルプルン家の力を日本国に示す好機だというのに、申し訳ございませぬ姫殿下…)
この惑星を主管しているアドリアナ宗家が事態を静観しているようなのでたかをくくっていたのだが、上のほうで慌てふためく宗家の騎士たちの気配を見取ったいまとなっては、おのれの慢心がこの危機を招いたのだと認めざるをえなかった。
『坩堝の蛇』が出現しただけでも大事なのに、正体不明の強大なプレッシャーを放つ少女までも迎えて、わたしひとりが心のどこかで覚悟しつつわめき続けいる。
「…あ、あの」
「きさまも《泡卵》の結合体というわけだなッ! やらせぬッ! やらせぬぞッッ!」
せめて気合だけでも負けまいと、声を張り上げる。まるで初陣の時の間抜けな駆け出し騎士みたいだと内心自嘲する。
『坩堝の蛇』は中央世界でも確実に上位種であり、亜神種とまで讃えられる四賢族に歯向かおうとしたほどに旺盛な力を持っている。素体ですらわれら上位騎士と比する能力がある上に、《泡卵》を取り込んでいる。
四賢の一柱、三族が鼎立して奉ずる至尊の一族、《鼎の王》に連なるわが主上……カグファ殿下であれば、あの巨大な蛇をも凌駕する力をお示しあそばすことだろうが…。
しかしこの髪の毛がピンクのはっちゃけた少女は何者なのか。
一瞬、こちらに向って会話を試みようとした気配があったのには驚いた。《泡卵》と受肉結合した固体は、たいていとてつもない種族階梯上昇の特典と引き換えに、知性を大幅に後退させるものであることが常だった。おそらくかつては何の変哲もないこの星の原住民少女であったのだろうが、結合受肉のメタモルフォーゼを経て原形をとどめられたことは、あまたの類例を知る者からすれば奇跡以外のなにものでもなかった。髪の色がピンクになったぐらいは、醜く変形してしまうことに比べればなにほどにもならなかったろう。
が、どれほど愛らしい姿形をしていようとも、この星に害成す存在であるなら滅するしかない。『坩堝の蛇』に比するほどの《思惟力》を持つこの結合体が、ただの地球種に由来するとはとうてい思われない。《思惟力》が低水準すぎるこの星の住民が《泡卵》と結合しても、出来上がる化け物は100前後の雑魚がせいぜいである。
おそらくは信仰由来の『神体』結合かなにかに類するものだろう。ならばこのような姿形をしたローカル神の顕現とみなすべきか。
「…ヘラ」
「人がましいふりなどせずともその正体をさっさと現すがよかろう! そしてこのわたしの愛剣の露となって果てるがいい! 行くぞっ!」
「ちょっ! まっ!」
「なんだっ! いちいち人間臭いことを」
「だからぼ…わたしは人間ですって!」
「……ッ!?」
必死になって身振り手振りで止めようとする『ピンク少女』に、わたしは驚きつつもはなはだ困惑した。振りかぶった剣を止めて見つめあったその瞬間、なにか心に引っかかるものを感じて瞬きしたわたしだったが……ピンク色のツインテールをウサギの耳のように跳ねさせたその髪型にも、ルビーのように赤い瞳にも、機能性皆無の装飾とフリルだらけの身なりにも、まったく見覚えもなかった。
わたしの高位把握野は、結論のない既視感をあっさりと切って捨てた。少女を警戒しつつも、半身に剣を構えなおす。
『坩堝の蛇』がこちらの隙をうかがっていることを察していたのだ。そうして巨大な尾の打ち下ろしを機に、その影を利するように少女から離れつつ『坩堝の蛇』への攻撃に傾注する。
全力の《思惟力》を愛剣に託して、わたしは『坩堝の蛇』に打ちかかった。相手の膨大な《思惟力》はそれだけで恐ろしいほどのプレッシャーとなる。わたしの全力をもってしても相手のシールドを浸潤しきれず、悪態をついて離脱する。
わたしの全力、280ではどうにもならないのか。
相手に叩きつけ、そして受けきられた後は、しばらく手も足も出なくなる。相手のシールドリソースを相殺すると言うことは、同時に自身の《思惟力》のリソースも消費していることを意味する。
空っぽの身体に再び《思惟力》が満ちるまで、魔法は満足に使えなくなる。危険であると分かっていても、それだけのリスクを背負わないと相手に届かないのなら、バカみたいに繰り返すしかない。
ついには飛行魔法さえも維持できずに、わたしはふわりと危険な浮遊感に包まれた。
が、『坩堝の蛇』は待ってはくれない。機動力のないいまのわたしならば、止まっているハエを叩き潰すようなものである。渾身の一撃が殺到した。
(シールドを…)
飛行魔法が維持できないだけで、《思惟力》の基礎湧出分はある。それをすべてシールドに持っていき、角度を駆使して攻撃を受け流す。
この『坩堝の蛇』との戦闘で、もう何度目かの一か八かである。これまでは何とか成功したが、その幸運がいつまでも続くとは思われない。
さあ、見極めろ。
絶妙のタイミングで。
絶妙な角度で。
絶妙な一点防御で。
幸いなことに『坩堝の蛇』の知性は相当に低くなっている。攻撃は単調で読みやすい…。
(…えっ)
わたしは目を見開いていた。
まるで荒れ狂う海のうねりのような巨大な尾での一撃を前に、ピンク少女が両手を広げて立ちふさがっていた。
わたしわかばう? なぜ?
「通さないっ!」
毅然と放たれる声音。
鈴の音のように耳に心地よい少女の声には、なぜか聞き覚えがあった。
そしてわたしは見た。
(真正面から…ッ)
無意識であったのだろう。
腕を重ねた十字ガード……ビジュアル的にはあってもなくても変わらなさそうな細腕の防御であった。そしてわたしはその次の瞬間の少女の『死』を想起していた。
空中でのことである。
例え防御に成功したとしても、攻撃によってぶつけられた運動エネルギーは受け手に伝達される。そしてそのエネルギーを飛行魔法が相殺し切れなかった場合……まあ当然のように地面に、もしくは海面に叩きつけられることとなる。
さっきからわたしも何度か味わってきた屈辱だ。
弾き飛ばされてきた少女の背中をわたしは反射的に受け止めるような格好になっていた。受け止めたその華奢で柔らかい小動物のような身体から、場違いにいい匂いが広がった。戦闘中であるにもかかわらず、わたしの嗜好に由来した生理的欲求が爆発的に高まってくる。
(えっ、何この可愛い生き物は)
そのままぎゅっと抱きしめたい衝動に駆られながらも、残りの《思惟力》を飛行魔法に注ぎ込んで、海面への墜落を何とか阻止することに成功する。いろいろと体力に余裕があれば抱きとめたまま愛のひとつでも語りたくなるところであったが、残念なことにほとんど無傷でピンピンしていたピンク少女は、「あ、ありがとうございます」と、少し噛みながら礼を言って、再び『坩堝の蛇』に向って飛んでいった。
もしかしてあの子は敵じゃないのか?
ぼんやりとその背中を見送りつつ考える。
あ、なんか出したぞ。ステッキ?
「………」
なんとも形容のし難い眼差しでそのステッキを見つめたピンク少女であったが……どうやら得意技でも繰り出すつもりのようであった。
「て、天使の鉄槌ッ!」
また噛んだ。
そうしてわたしの見ている前で、そのカツゼツの悪いピンク少女は、奇妙なポージングを決めたのだった!




