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015 連戦⑥






もういろいろとどうでもよくなって、構わず飛行魔法で空へと上がったのだけれども。

ちょっ、あのひとたちまだ写真撮って……って、ふえぇぇ!? この角度って、まさか!!

気付いた時にはもう後の祭りで、慌てて花みたいに開いたミニスカを両手で押さえたのだけれども、恐る恐る見下ろした路上では、カメラを構えてやり遂げた顔の方たちが盛んに歓呼していました。どうリアクションしていいかわからない……というよりこの展開はちょっとないわ。

ともかくこの場から逃げ出したい一心で速度を上げて、より高い位置にまで舞い上がった。火が出るほどに熱くなった顔は、涼しい秋風にさらされてもなかなか収まることはなかった。


『何をぐずぐずしておるのじゃ! トーヤッ!』


思惟力(インテンション)》波通信に意識を向けると、ずっと呼び続けていたらしいカグファ王女の癇癪が破裂している。変装イベントですっかり目的を忘れていたとか我ながら本末転倒である。


『おぬしはあとでくすぐりの刑じゃ! 覚悟しておくがよいぞッ!』


ぷりぷりとお怒りの王女様に、空中でひゃぁっと身をすくませる魔法少女。妖狐の件といい、コスプレ魔窟への拉致の件といい、彼なりに言い訳もしたいところなのだけれども……まあさすがに状況が状況なので怒られるのも仕方がない。

斜陽ルプルン家の乏しい戦力を将棋に例えるなら、ヘラツィーダさんが『飛車』で冬夜が『桂馬』あたり、そして元『七つ髑髏(セブンスカル)』の連中がよくて『歩』ぐらいのレーティングであるだろう。

帷幕に集まる駒に汲々とせざるを得ないカグファ王女にとって、冬夜は数少ない『当てにできる』駒のひとつなのだ、そちらへの指示がうまくゆかなくて焦るのは当たり前である。

風にピンク色のウィッグがなびいて少しうっとうしく感じつつも、高みから『現場』と思しき場所を見定めて、ぐっと《重力子(グラビティ)》への支配を強めていく。そうしておのれの重量が実質マイナス化する閾値を超えた瞬間に、彼の身体は目指す方向へと『自由落下』を始めた。その様は第三者の目には『飛んでいる』ようにしか見えなかったろう。

未体験の高速移動に怯えて、加速、減速を細目に繰り返しつつ、冬夜は黒煙の上がる海浜地区を目指した。だんだんと飛行魔法に対する習熟度を増すにつれ、加減速がスムーズになっていく。そして落ち着きが戻ってくると、彼の《高位把握野(ハイクルーフ)》はおのれの置かれた状況を考察整理し始める。

このあと現場に向かい、どうするべきかも考えねばならなかったが、それよりも何よりも。


(痛すぎる…)


秋の空を飛ぶには薄手すぎるおのれのいまの格好はどう見てもアニメキャラのコスプレであり、いまさらながら自分で自分に強く問いたい、なにがあったのだ、と。

なけなしのお小遣いと善意のカンパを集めて手に入れた服であるのだけれども、いまだに少しばかり現実感が伴っていない。手下たちからの上納で食糧には事欠かないようになったけれども、七瀬家のその他雑費を支えていた残りわずかな今月の生活費があっけなく消し飛んだことも衝撃であり……かつ、そんな高価な『服』であるにもかかわらずまったく自分の好みの範疇に入っていない……ありていに言えばファールどころかキャッチャーフライがそのまま大気圏を突き抜けて宇宙に到達してしまったかのような、予想外も甚だしいものになってしまったことが、ただひたすらにショックであった。


(…まさかこんな辱め……公開処刑をされるなんて。下半身がスースーし過ぎておなかが痛くなってきそうだし)


地上から数百メートルの高さにある彼のスカートの中を覗き込んでいる猛者などいるはずもないのだけれども、この心もとない不安感はなんなのだろう。

ピンクのウィッグに赤いカラコン、そしてドレスでも制服でもメイド服でもない、何とも形容しがたい『魔法少女』としか言いようのないこの身なりから、その正体が七瀬冬夜であるというジミメンモブ中学生だと気づく者などはまさに皆無だろう。

地球人には不可能な飛行魔法を披露したとしても、その正体を完璧にごまかし切るだろう一点に関しては評価するのはやぶさかでないのだが、現場到着と同時に即行処分……黒歴史の闇に永久封印となることを考えると、彼のけっして潤沢でない財布的に、コストパフォーマンスが絶望的に悪すぎる。


(とにかく一刻も早く現場について、この辱めから解放されたい…)


元の服が畳まれた紙袋をぎゅっと抱きしめる。

現場近くでいったん物陰に隠れて元の姿に戻った暁には……こんなのさっさとポイしたいんだけれども、たぶんもったいないとか思って持ち帰るんだろうなーなどと、庶民過ぎる自分を想像してしまう。こういう時のもったいない精神発動はなんかイヤンな感じである。

ともかくこの完全無欠の『変装』は、通常モードの七瀬冬夜個人の情報を守るためのものであり、現場に到着し次第、必要がなければ解除しても構わない。最低限、カグファ王女の言う『やばげ』だという状況を確認し、問題がないと確定すれば脱ぎ捨てればよい。ここはもう割り切ろう。

そのときかすめたかつて国内最大の電波塔であった赤い鉄塔に目を止めて、その先端部に片手で掴まり立ちする。飛行魔法があるために高さへの恐怖心はまったく湧いてこない。


(ヘラツィーダさんは、あっちっぽいな…)


方向を見定めて、鉄塔から蹴り離れる。

飛行魔法は慣れれば癖になりそうなほどの爽快感を与えてくれる。鳥にでもなったような自由さだった。

どうやってヘラツィーダさんの戦闘に介入しようか。

冬夜はめまぐるしく思案する。相手はヘラツィーダさんが苦戦してしまうくらい、どれほどの《思惟力(インテンション)》を持っているのか定かでない化け物なのだから、平騎士並の彼ごときが正々堂々と助太刀に入ってもあまり効果的ではないだろう。

まずは現場で間近から『敵』を観察し、対処法を検討。『入り』はそれで決定であろう。着替えの可否もそこで判断する。近くで様子を見ながら、ヘラツィーダさんとの合流のタイミングを計る。

ヘラツィーダさんに同行しているはずの自衛隊特殊部隊の火力も、シールドのリソース削りに効果があるのは分かっているのだから、それらを十全に活用して……彼自身も遊撃として、最大戦力であるヘラツィーダさんの攻撃の補助に徹するのがいいだろう。

もしもそれでも状況が好転しなかった場合は、彼が首相官邸に移動して、入れ替わりにカグファ王女の御出座を願う。《存在核力(アニマ)》にまで干渉できる王族ならば、いろいろと打てる手があってもおかしくはないだろう。

後は展開次第で臨機応変に…。


(わざわざわらわを取り込んで、まさか何もせぬつもりかえ…)


彼の中で、捕えられた『王子の白狐』が呆れたようにつぶやいた。

その声は彼の内的空間で発されているために、どれほど小さくともダイレクトに響いてくる。

『七瀬冬夜』という《存在の核》が鎮座する彼の精神空間の中で、妖狐は一定以上の容量を占拠している。生命活動を伴わない妖狐の精神的質量は、《思惟力(インテンション)》の放射がないために純粋に彼女の《存在核(アニマ)》で全量が占められている。

冬夜の《思惟力(インテンション)》140に比して350、約2.5倍の力を持っていた妖狐の魂である、その核の大きさは単純に冬夜の倍以上ある。


(そなたは退魔師かと思うたが、どうもわらわの勘違いであったようじゃ……このようにわらわを飲み込んで封じ縛り、何を成すつもりなのかと待ち構えておったというのに。…のう、神降ろしの巫女よ、まさかわらわを捕えてそのまま忘れ去ったりはしておらぬじゃろうな…)

「………」

(まさかほんに……忘れておった…じゃと)


目には見えないが、ぷちぷちと青筋を立てていく妖狐の様子がありありと思い浮かぶ。束の間のこととはいえ、この魔法少女姿にでっち上げられている間は完全に忘れていたと断言できる。


「…ま、まあそんなことあるはずないし」

(そ、そうよな! 察するにこのわらわよりも上手(うわて)の物の怪にこれから立ち向かうのじゃろう? いま少し南のあたりに、怖気をふるうほどの怪異が暴れまわっておるのは分かるぞ。…そんな強敵相手に、まさかわらわの力を取り込まぬなどと余裕をかましておれぬじゃろうて)

「あ、当たり前です…」

(わらわの魂はそなたよりも数段巨大じゃが、妖力を発するには仮初めでも『生命(いのち)の器』に収まっておらねばならぬ。『生命(いのち)の器』なしには、わらわのような半妖半神の大妖であっても妖力を発することはできぬ。…神降ろしの巫女よ、そなたがなにをもくろんでおるのかは分かっておるぞよ。こうして縛りつけたわらわをおのが魂の一部として仮初めに取り込んで、わが大妖の妖力を掠め取る気であろう……『祝之器(はふりのうつわ)』と称する盗み巫女どもはそうやって神の暴力をうつし身に宿すのじゃ)

「………」


えーっ、と。

この分かりやすい誘導はなにを求めているのだろうか。


(べ、べつに魂に取り込まれると、対価に『命の甘露』を存分に味わえるからなどとは思うてはおらぬぞ! それで力を蓄えておぬしを取り殺そうなどとは、これっぽっちも考えてはおらぬ!)


…推理小説とかでミスリードとかいう手法があるけど、まさか単純おバカキャラのツンデレ発言の類? しょせんケモノ脳?

判断に迷いつつも、妖狐の言わんとしている『可能性』について検討を開始する。

母さんも、たまに予期せぬ『荒御霊』を降ろしてしまい、普段では考えられない強力な念動的力で社の屋根や壁を壊してしまうことがあったのを思い出す。あれがそうだったのだとしたら。

妖狐の魂をいっときでも擬似的に取り込むことができれば、単純に《存在核力(アニマ)》の質量がそれだけ増大し、その分だけ《思惟力(インテンション)》の放射現象が強まるのだろうか。

そういう理屈が通用するのなら、自身の《思惟力(インテンション)》最大値140に妖狐の350が直乗せでブーストできるということになるのだけれども。


(…ほれ、取り込むのならさっさとせよ)

「………」


いまいち信用できない。

なのでとりあえずは緊急時までスルーという方向性で対応する。

さー、ヘラツィーダさんが梃子摺ってるっていう相手はどんなかな!

黒煙のもうもうとした壁をかすめて現場に到着した冬夜は、とりあえず建物の屋上にひらりと飛び降り、身を伏せながら破壊の爪あとが広がる地区へと目をやった。

遠く炎上する石油精製コンビナートその他大量の施設。破裂した水道管の噴水に群がる消防車と隊員たちと警察車両の車列。上空にはヘリが数機爆音とともに滞空している。


(…のう、取り込まぬのか?)


しつこいなあ。

それよりも状況の確認を……おっ、何回か行ったことのある東京と名のつく千葉のテーマパークがえらいことになってる。施設のほとんどが絶賛炎上中で、そのシンボル的なバタ臭いお城の先に、黒々とした長ものが巻き付いていた。

うわっ、壊しつつ飛んだ!

龍? それともワーム的何か?


(………)


ぐすん。

妖狐が涙ぐんでのの字を書き始めた。乙女をベロで嘗め回した変質者が人並みに構ってポーズとかないわー。演技あざといわー。スルーするけど。

飛び立った長ものを追って、飛び上がった小さな人影は、まさしく銀色の甲冑と流れるような金髪……ヘラツィーダさんに相違なかった。

勇ましく斬りかかったヘラツィーダさんであったけれども……次の瞬間、ぺしっという感じに尻尾で叩き落とされて、炎上中の施設の中に見えなくなる。

そのすぐ後に腹立ち紛れに長ものが放った衝撃波が、放射状に付近の構造物を爆散させていく。

新たに生み出されていく、破壊、破壊、破壊…。

海浜地区の被害は天文学的規模のものになりつつある。

あのヘラツィーダさんが、虫みたいにぺしりと一撃で。

何とかなるレベルなのだろうか……冬夜は正直そう思ったのだった。


作者的には面白くなってきた感じなんですけども。

うーん。

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