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003 地獄部屋メニュー





そのトラップで見出された学生はわずかに6人。

中学生が冬夜に明日奈、ほか中にひとりの3人、高校生がふたりに大学生がひとり、そんな内訳である。

年齢が下がるほど多い感じなのはたまたまのことなのだろうけれども、木嶋エミリいわく、


「魔法の才は未成熟なうちのほうが開花しやすいのよ」


とのこと。人間は成長するほどに人格の核が完成してしまって、世界を書き換えてしまった《グレートリセット》後の新ロジックに対応しづらい傾向があるのだとか。

まあ向き不向きはあるのだろうけど、大学生はその分完成された肉体を前提に割合過酷な訓練をしてきているはずで、個の戦力としては単純に中・高生を上回っているとフォローっぽい補足。


「んで、オレらはなにすればいいわけ?」


中二病全開の年頃であるもうひとりの『察しのよい』中学生、不破樹(ふわいつき)が生意気な感じに口を挟んできた。同じ中学生の明日奈の美貌を恥ずかしそうにチラ見したあと、冬夜のビン底メガネを鼻で笑うように睨み付けてくる。

このやんちゃそうな少年の顔面偏差値をつい値踏みしてしまうのは、もしかしたら女性化した肉体に引っ張られてのことなのかもしれないのだけれども、細い輪郭の中心に潰れ気味の扁平な鼻のせいで4回戦ボクサーみたいな顔だなあと寸評する。ちらりと合った明日奈の目線で不思議と感情を共有したふうな錯覚を覚える。

どうやら明日奈に『男』を売り込む気になったのだろう。分かりやすくチラ見を繰り返しながら、でこっぱち『教官』にタメ口を継続する。

ヤンチャ系ブサメン、それも年下からそのような口をきかれて、木嶋エミリの眉根がヒクヒクとしている。


「他の人たちは全員、学院名物の新入生歓迎『ブートキャンプ』してもらうけど、あんたたちはまあ少し有望そうだから、『地獄部屋メニュー』をやってもらおうかしら。無駄に元気そうなのもいることだし」

「「「「「………」」」」」

「んだよ、文句あんのかコラ」


どうぞ存分に調教して差し上げてください教官殿!

できれば特定の『バカ』にウェイトをおいてやってくださればありがたいです。そんな気持ちがその他5人の間に漂う。

かくして地区選抜メンバーを底上げするための特別訓練が開始されたのだった。




木嶋エミリの言う『ブートキャンプ』は、まああれだ。ヘラツィーダさんが『七つ髑髏(セブンスカル)』の連中に施していた軍隊教育に近いものだった。

初日に反抗心を叩き折って、そのあとはただひたすら単調でつらい『魔力慣らし』の訓練である。

やることは単純、一番分かりやすい《電気系魔法》を発動させる。

そしてその発動状態を可能な限り継続させられる。普通ならば集中し続けるのがつらくなってやめてしまう『第一限界線(イエローライン)』……10分を越えてなお発動状態維持を強制する。

この世界での魔力は、ただ単純に《存在核力(アニマ)》の放射エネルギーに過ぎないので、MP0という枯渇現象は起こらない。かわりに《思惟力(インテンション)》の受肉器官である脳細胞が活動限界を迎えることで魔法行使の限界を迎える。

その脳細胞の一般的な集中限界時間を『第一限界線(イエローライン)』というらしい。人権の保護という観点から一般の学校ではそれ以上の連続行使はドクターストップ、教えられることはないのだそうだ。

脳神経の過負荷で脱落する者があとを絶たないが、まがりなりにもこの選抜メンバーに選ばれている学生たちなので、そのプライドを守るために意外にすぐに復帰していくようだ。優秀者を集めたがゆえの、モチベーションによる好循環が実現している。

第一限界線(イエローライン)』があるのだから、むろんその先には『第二限界線(レッドライン)』があり、定義は『その5分後』である。この『第二限界線(レッドライン)』を越えることに身体を慣らしていくことで、《思惟力(インテンション)》の長時間運用、瞬間行使力の増大が期待されるのだとか。

期間はわずかに3日なのだ。手っ取り早い戦力強化にこれ以上のやり方はないのかもしれない。

その過酷な『ブートキャンプ』を横目に、冬夜ら特選部隊の6名は、『地獄部屋メニュー』にいそしんでいる。


「はいそこのバカ、出力足りてないわよ!」

「クッ…」


やっていることの半分は『ブートキャンプ』とかぶっている。

他学生の訓練が『ブートキャンプ』で100%なのに対して、冬夜たちは50%。むろんその不足分を、更なる訓練が埋め合わせている。

『ブートキャンプ』は訓練と休息を繰り返す。15分がんばって、15分休む……そんな繰り返しなのだが、『地獄部屋メニュー』なるものは、その休息時間にも別メニューが用意されている。その語感からも分かるとおり、本来この訓練メニューが懲罰目的なのは明白である。

『ブートキャンプ』でへろへろになった冬夜たちを、木嶋エミリが叱咤して走らせる。走るのは100メートルの往復で200メートル。

ただしそのコース上には大学で使われているのだという機器が一定間隔で設置されていて、その機器に対して術技発動を無理強いされる。ラグビーのタックル訓練器のような、体育マットを丸めて付けたような高さ1.5メートルほどの円筒が3箇所に置いてある。それらに何らかの術技をぶつけながら走るのだけれども、その個々に計測装置が内蔵されていて、一定以上の《思惟力(インテンション)》を検知しないとそこで監視している大学の指導員に竹刀で襲い掛かられる。こっちも体力の限界で動いているので、たいていその攻撃は避けられない。

まさに満身創痍。

『地獄部屋メニュー』組は、『ブートキャンプ』中の集中時間が心安らぐ休息になるという転倒現象が起こっている。


「ぜはぁーーー、ぜはぁーーー」

「体力バカが体力なくしたらただのバカでしょ! こらっ座り込むな!」


ボクサー顔を嫌な汗で濡らしながら、ウンコ座りででこっぱち教官を睨みつける不破樹。木嶋エミリの注意がこのバカに向けられがちなのが他のメンバーの救いになってい……。


「そこのメガネッ! 余裕あんならもう一往復なさいッ!」


なぜばれるのだろうか。

内心舌打ちしつつ、2度目の200メートル障害を開始する。まあ実際に、チートな身体スペックを持っている冬夜にはこのメニューは楽勝であったりする。それを言うなら、いまさら猛特訓を受ける必要さえもないのだけれども。

パンピーであることになっている『七瀬冬夜』が、こんなところで怪しまれるわけにはいかない。

あとで明日奈に「七瀬くん、汗かかないわねぇ」と感心されて気付くのだが、もう後の祭りである。

天朝国(ハインセット)でもっとも理想的なメイド体質を持たされた冬夜には、めったに汗をかかないという特技が追加されている。明日奈いわく、常にフローラルでもあるらしい。

まあともかく、そんな訓練が大学の合宿棟で寝泊りしながら続けられて、割とあっという間な感じで3日間は終了した。

最後に《思惟力(インテンション)》計測器で結果をサンプリングされて、こんな結果が出た。



・平均《思惟力(インテンション)


【ブートキャンプ組】

7.7⇒8.4


【地獄部屋メニュー組】

11.2⇒13.5



その結果に学生たちはもとより、指導員他大人たちからもおおっと嘆声が漏れた。さすがは学院、かなり効果的な訓練を行っているとわかり、さっそくレポートがまとめられて、文部科学省にフィードバックされるようである。

伸び代は微妙な気もするのだけれども、たった3日でこれだけ伸びるのは画期的なのだという。まあ『七つ髑髏(セブンスカル)』の面々も確実に成長させられていたし、こういう教育法は理にかなったものなのだろう。

まあそれはそれとして。

ばれずに何とかしのぎ切ったとほっとため息をつきながらその場を退場しようとした冬夜であったのだが。


「…ちょっと待ちなさいよ」


木嶋エミリのキンキンした声が掛けられる。

またあのバカが捕まったななどと考えていた冬夜。

しかしそのとき肩をつかまれたのはなぜか彼であった。はあっ?という感じにやや不機嫌さまでにじませてしまった冬夜であったが、幸いにしてその表情はビン底メガネさんに隠しおおせていただいたようだった。


「…なんであんただけ数値が下がってんのよ。おかしいじゃない」

「…個人差だと思いますけど」

「数値10.5なんだって? うわ、なんだかウソくさ」

「ちょっと、人聞きが…」


そのとき両肩をつかまれたと思った瞬間、


ゴチンッ!


なんでここで頭突きがッ!

メガネのフレームがおでこにめり込んで痛たたた…。


「なんで隠してんのか知らないけど、分かる人には分かるわよ、そんなに『光らして』たらさ」


光り?

きょとんとしている冬夜の横で、明日奈がうんうんと頷いている。なぜか。


「まああんたはこんどの《合同実習》であたしの手下になるんだから、そんときにいろいろゲロさせてあげる」


にひっ、と木嶋エミリがいたずらっぽく笑った。


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