002 木嶋エミリ
教師の車に分乗し、冬夜たちが連れてこられたのは某大学のキャンパスにあるグラウンドだった。
そこは常ならばサッカーなりラグビーなりやっている場所なのだろう、隅に避けられているゴールのあたりにそれらしき格好の学生たちが、腰を下ろしてこちらをうかがっている。
集められたのは5中学3高校2大学、500名ほどの大人数であった。見た感じ年長者の比率が大きく、おそらくは中学生よりも高校生が、高校生よりも大学生が、選考基準を緩めに多く集められているのだろう。まあ中学生など半分以上子供なのでその判断は妥当であるといえる。
グラウンドに集められた地区選抜の『優秀者』たちを見物しようと、比較的自由な大学生たちが芝生の植え込みあたりに人垣を作っている。
「…わざわざ集めたのに、やっぱり指導員は現地人なんだ」
由解明日奈の気落ちしたような呟きに、冬夜はこっそりと肩をすくめる。見れば同中の生徒たちはもとより、高校大学の生徒たちからも不満が漏れている。
特別な訓練が施されるのならそれは天朝国人によるものだと、下田の魔術学院で行われているという先進のそれが与えられるのではないかと、なんとなく期待が先行していたのだろう。
が、しかし。
そのがっかりな空気も、すぐに霧散することになる。
大学の指導員らしき人たちに案内されてやってきた人物が、まるで場を取り仕切る上位者であるかのように皆の前で偉そうに腕組みして胸をそらしたのだ。
同行の指導員たちがその両脇に並び、なかの一人が「注目うぅーッ!」と声を張り上げた。
「今回、きみたちを教えることになる臨時教官の木嶋くんだ! 彼女はまだ16歳だが、『学院』の2期生、全国から選りすぐられた優秀な生徒たちの中で、学年で第3席を取るほどの方だ!」
『学院』の2期生……高校2年にあたるその年恰好は、指導員の中よりも生徒たち側にいた方がしっくりするものである。が、その内面の傲慢さをにじませたような不遜なまなざしが、目の前に集められた有象無象と同列にみなされることを完全に拒絶していた。
「本来ならば天朝国から正式な教官を招聘すべきところなのだが、この『合同実習』は全国で一斉に行われているため、員数不足の次善の措置として、普段から『特別な訓練』に慣れ親しんだ魔術学院の生徒による指導を受けることとなった。彼女……木嶋エミリくんはこの『合同実習』の指導を受け持ったのち、演習当日の集団の指揮を執ってもらうこととなる。ここにいる多くが彼女よりも年長者となるが、教えを乞うのに年齢などは関係がない! 貴重な知識を得られる機会に感謝し、謙虚な態度をもって礼儀正しく接するように! …分かったか! 分かったのなら返事をしろ!」
「「はいッ!」」
「返事が少ない!」
「「「「「はいッ!!」」」」」
反応が遅れた中高生たちも、繰り返されて慌てて声を合わせる。
どうやらずいぶんと体育会系な指導員らしい。大学生たちが即座に反応しているので、もともとここに勤めるひとなのかもしれない。
そこで注目が集まったことで、木嶋エミリは黒髪ツインテールを揺らして得々と頷いた。
「あんたたちには一生縁がなかった知識かもしれないし、こんな機会が与えられたことに感謝なさい!」
小柄なうえに胸もあまり豊かでない少女は、自信だけはたっぷりにそう言い放って「まずはグラウンド10周ッ」と腕を振り上げた。
秀でたおでこに太陽光がきらりと反射したように見えたのは錯覚だったのか。なんだよただの走り込みなのかよとぶつくさ言いながら大学生たちが動き出すと、それに年下たちが追随する。
「いっぺんやってみたかったのよねこれ」
木嶋エミリのつぶやきが聞こえる。
この走り込みに意味などないことはすぐに全員の理解するところとなった。
30分ほどかけて走り込みが終わると、ふたたびグラウンドに整列させられた。秋晴れの晴天下、汗を掻き息を切らせている生徒たちがだらだらと動くのを、木嶋エミリがきゃんきゃんと叱咤する。
「おっそい!」
そうしてようやく皆が収まるところへ収まると、「んじゃ、目―閉じて!」とせっかち気味に指示される。「薄目開けちゃだめよ!」と念押しする彼女に、冬夜は必要以上に強く目を閉じた。
「太陽はいま、どこにある? …手で指してみて」
指示の通りに、肌に感じる熱感を頼りにやや左寄りに手を上げる。
まあそれほど難しいことでもないので、皆が同じようにしているだろうと予想する。
「オッケー。正解よ」
木嶋エミリの声に、身じろぎする気配が広がる。皆して手を降ろしたのだろう。そこに彼女の声が続く。
「目―開けていいわよ。…そこのあなた、なんで太陽の位置が分かったの?」
「…え、あの、…微妙にあったかかったから?」
「はい、正解」
なんとなく彼女の指導方法に察しがついて、冬夜はその答えに耳を傾ける。
「太陽の熱は当然日差しから伝わるんだけど、それって《電磁力》よね? ってことは、あなたは《電磁力》の存在に気付けたワケ。太陽からは常時、大量の《電磁力》が降り注いでる。電線の中の電気を魔法で引っ張れるんなら、空気中の《電磁力》だって理屈では操れるでしょ? だってまったく同じもんなんだから。…んじゃ、次はジャンプしてみて」
なにやら訓練めいてきたので、皆がおとなしく言うことを聞き始める。
ばらばらなジャンプで、土砂崩れみたいな足音が広がった。
「いまあなたたち、地球に引っ張られたわよね」
天朝国人たちがまず魔法教育で行うこと。
それは世界を構成する相互作用因子、《電磁力》、《重力》、《強い力》、《弱い力》など、魔法の元となる精霊子を体感させること。
おのれの《思惟力》をもって『なにを操るべき』なのかを明確に体感させるあれだ。
高位把握野付きの宇宙人ならば、その目で直接見させた上で理解させればよいのだけれども、生憎と地球人にはそんな『風景』を見ることができない。ゆえに、こんな幼稚園児にお遊戯を教えるような教え方になるのだろう。
クラスメイトたちは戸惑いを隠せないようだが、冬夜の隣にいる由解明日奈だけは様子が違う。そのきらきらした目には、何かを理解したような『気付き』の気配があった。
「…漠然とした『知識』からじゃなくて、『体感』から入るんだ……なるほどねー」
生徒会長の察しのよさは、恐るべきものである。彼女の持つ《霊波錯視症》を知らない冬夜には、もはや驚嘆するほかない。
じろじろとこちら見渡す木嶋エミリは、大勢の中から『察しのよさげ』な学生を探しているのだろうか。目立ちたくはないので、『察しの悪い』ふうを心がけておこうと思う。
「いまあなたたちにそんなことしてもらったのは、この世界に姿を潜めてる『魔法の種』を実感してもらうため。宇宙からやってくる上位の種は、そのびっくりするぐらいの《思惟力》でいろいろと魔法みたいなことをやってみせるけど、それらも突き詰めればこの『魔法の種』を操ってるだけなんだから、『すごい、わたしたちには無理』って思考停止には陥らないこと。魔法の世界はいつだって、誰にだって『門』を開いているのよ」
なかなか上手いことを言っているようだけれども、この辺は魔術学院での教育プログラムをそのまま持ってきているだけなのだと思う。
木嶋エミリが隣にいる指導員に目配せをする。
その割と若い指導員が手首の時計を見、軽く頷いてみせる。
そのまま1分ほど無言の待ち時間が続いて、皆の居心地が少し悪くなる頃合のこと…。
ふいに圧倒的な『気配』が背後に起こった。
「…ッ!?」
丘陵部にあるこのキャンパスからは、周囲の町並みが一望できる。
冬夜と同じくその気配に反応した明日奈が、驚いたように目を剥いて、彼と同じく後ろを振り返っていた。振り返った先には、きょとんとしたようにこっちを見返してくるクラスメイトたちの視線がある。
「あらら、なかなか有望そうなのがいるじゃない」
遠く1キロほど先の川の堤防近くで、いままさに何かが燃えたような黒煙が静かに上がっている。むろん音などはまったくなかったのだが、そこで大量のガソリンでも燃え上がったかのような様子だった。
やられた、と冬夜は歯噛みした。
木嶋エミリの意図したことを理解した明日奈も自嘲気味に笑っている。
「『学院』でもいきなりこいつでふるいに掛けられたのよねー。さあいま反応した子達、あなたたちがあたしの手足になってくれることを期待してるわ」
木嶋エミリのおでこが輝いていた。




