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004 ゲロ眼鏡





「いいか、魔法を操ることを可能とするこの肉体から発する《魔力》は、この世を支配する《第5の力》と言われている。光と同じ波動的な側面を持つ素粒子(ゲージ)、われわれの力ではまだ解き明かすことはできないが、そうした作用を持つ素粒子的なものがあるのだと思ってくれ」


実技指導の先生は、座学担当の担任とは違い、国家資格を持った一級公認魔術士である。

取れば一生喰いっぱぐれないといわれる超有能な資格であり、魔法適性だけでなく座学においても相当な知識量を備えている。


《第5の力》


インテンションと仮称されるゲージ素粒子で、人類の物理学がこれまでに見出してきた自然界の素粒子が示す基本的な相互作用、


電磁力(フォトン)

重力(グラビティ)

《強い(グルーオン)

《弱い(ウィークボソン)


この4つの力に続く第5の力として、意思ある存在から放たれる意思の力、


思惟力(インテンション)


という新たな存在が提議された。

残念ながらこの発想に人類の脳髄だけでたどり着けたわけではない。

天朝国(ハインセット)という超文明の民からの啓示が物理学者らの大脳皮質を刺激した賜物であり、しかも彼らが暗示した自然界の新たな力はもうひとつある。

それは生物が生物として生まれることに必要であった『個としての核力』であり、この第6の力は、


存在核力(アニマ)


と呼ばれる。


「…まあ『素粒子』なんて言われてもピンとはこないだろうが、いまおまえたちが必死で高めたいとしている魔力を向上させるうえで、これは知っていなくてはならない基礎的知識だから、頭に叩き込んでおくように。魔力、《第5の力》はおまえたちの存在自体から放たれている。そしておまえたちの存在そのものを形作るのは《第6の力》、存在核力(アニマ)だ。…魔力となるインテンション素粒子(ゲージ)は、この《第6の力》、存在核力が反応、活性化することで周囲に解放される」


この実技指導の前置きとして行われる講義は、いつも一緒である。

《第5の力》だの《素粒子》だの言われてもしょせん生徒たちは未熟な中学生に過ぎない。ほとんどの生徒の耳には右から左でスルーしていく。

結論として、生徒たちの力は伸びない。

この論理(ロジック)を理解できたかできないかで、魔術士としての力量に越えられない壁ができるといわれている。先生はそのあたりを口をすっぱくして説明するのだが、図書館でそのあたりのことを調べたことのある生徒ならば、途方に暮れた経験は一度や二度ではないだろう。

物質でもなんでもない《点》として定義されるそれらの力が、いろいろと絡まりあって現実世界を形作っているのだといわれても、まあたいていはぽかんとしてしまうだけだろう。

そしてご多分に漏れず、冬夜もその理屈が理解できない派である。

故にというか、たぶんそのせいで魔力を十分に伸ばせないでいる。

しきりに欠伸を誘発するそうした前置きが終ると、ようやく実技指導の開始である。とりあえずお約束で行われるのは準備運動だ。駅前の塾で行われているという『盆踊り』はこの運動の延長線上にあるものと思われる。

身体を十分にほぐしてから、いよいよ実技の実技たるゆえんである魔力取り扱いの訓練と相成る…。

現在の日本で、国が国民に求める基本魔法は《電気系魔法》である。

体育館に常設される装置……過去に紡績工場などで動力源とされてきた、大振りな動力源(モーター)と、その回転軸に繋がる歯車とベルトで繋がれた巨大な金属製の輪っかが体育館の端にでんと据えられている。

動力源には太い線が繋げられており、これによって通電状態が作られる。

先生に呼ばれた生徒がひとりひとり動力源(モーター)に手を添えて、《電気系魔法》によってこれを稼動させる。


「…電力はいま先生がそこまで魔法で導いている。そこから先の動力の回転をおまえたちが行うんだ。いいか、電線のなかの電気は、そこが居心地がいいから集まっているだけで、魔法で命じないと流れてはくれん。とくにモーターは電気たちにとって負荷の多い、居心地の悪い区間だ。そこへ電気たちを押し込むことで我々はようやく装置としての『動力』を取り出すことができる」

「はいっ」

「安中! 集中が甘いぞっ」

「はいッ」

「もっと電線の中にいる《電子》たちのことを想像しろ。最初は少し抵抗してくるが、そのまま押し続ければずるりと動く感覚が来るはずだ!」

「なんか動きました!」


装置は4つしかないので、その他の生徒は見学しているしかない。

《電気系魔法》と言っても、実際は魔法で電気を作り出すとかそういうものではなく、そこにもともと存在する電磁力を意思の力で従える、といったほうが正確である。空中に電撃を発生させることも可能ではあるのだけれども、それはまあ周囲の環境に潜在している電気(イオン)を掻き集めることで実現するのだと思って欲しい。電線の中にある電力は、当然のことながら発電所で作られ、ここまで供給された類のものだ。火力と水力発電所は、高電圧を作り出すことで無理やり電気を地域に送り出している。ただし相当に電子たちの抵抗があり、送電範囲を広げるために『電源職』のひとつ『送電職』のひとたちがエリアごとに汗をかいている仕組みだ。外国人から変態呼ばわりされるゆえんである。

モーターが回り、歯車から少輪に動力が伝わり、ベルトが動いて大輪が回り始める。先生は各生徒の能力に合わせて、転輪の負荷を調整している。

ぼんやりとその様子を眺めている冬夜の背中を、後ろの生徒がつついてくる。

振り返ると、つついた生徒のさらに後ろから、学級委員の長谷部がにやにやと笑いかけてくる。

基本である《電気系魔法》の訓練のあとが、それ以外の魔法の実技指導となる。魔法による暴力行為や犯罪も多発しているため、指導のなかには『護身術』という枠もあった。長谷部が指名するというのは、その護身術の組み手の相手に指名する、ということを指している。

そうこうしているうちに、いよいよその『護身術』の時間になった。

原則人間同士の魔法の掛け合いであり、普段は禁止されている魔法による暴力行為が特例的に許容されることとなるため、魔法の才能を周囲に見せ付けるための格好の舞台ともなっていた。

この時間を心待ちにする生徒たちも多いが、当然ながら消極的に居竦んでしまう子も多い。魔法が不得意な子や乱暴を嫌う女子の一部などがそうだ。


「次は護身術だ。ペアを組め」


先生の指示で、体育坐りしていた生徒たちが慌しく動き始める。この訓練に消極的な子達は、とくに慌てた様子でいつもの決まった相手のもとに急ぐ。気心の知れた相手ならば痛い思いをしなくて済むからだ。

冬夜もまた適当な相手を目で探すが、長谷部の根回しが済んでいたようで何気なく逃げ道がふさがれてしまっていた。


「じゃあ、やるぜ」

「………」


肩を長谷部に掴まれて、一巻の終わりとなった。




護身術は、まさに魔法の試し打ちの絶好の機会を提供する。

ラノベ文化の賜物といっていいのか、この国の若者たちはなんとなく魔法をそっちの知識よりにカテゴライズする向きがある。

《地》《水》《火》《風》、これに《光》《闇》、《空間》《時空》なんかを付け合せると、彼らの認識がどのようなものであるかを理解することができるだろう。

地面の砂を舞い上がらせることで《地魔法》と主張するのがいれば、霧を発生させたり手のひらに水を貯めることで《水魔法》と主張するのもいる。

ぼんやりと熱を放つ火の玉を浮かび上がらせて《火魔法》、小規模のつむじ風を起こして《風魔法》と、厨二病全開でいろいろな魔法現象をおのれの才能に結びつける。

そのさまを監視している実技指導の先生が、じつに微笑ましそうに眺めていることも知らずに。


「…ほんと、バカばっかだな」


長谷部は冬夜にだけ聞こえる小声でつぶやいた。


「護身術の基本は『相手の自由を奪う』だってのによ。おれら人類にはまだ『実用的』なレベルで《火》とか《風》とか使いこなす魔術士は出てないんだってさ。知ってたか?」

「………」

「…ちっ、バカに話したって無駄か」


長谷部の目つきが睨みつけるようなものに変わった。

その右手には蓄積され始めた電気が微細なスパークを発し始める。


「オレらが効果的に相手を無力化する術は、圧倒的に《電気系》なんだよ。特に対人にはな」

「…っ」

「…はっ、そうやって真似したっていいけどさ、人間をショック状態にするために必要な電気量ってどんだけか知ってるか」


いやなやつだが、頭の出来が違うことだけはよく分かる。


「こうやって手に電気を集めるんだけどさ……はっ、バカだな、集めただけじゃすぐに感電するっての」


相手を真似て手に電気を集めようとした冬夜は、自爆してうめき声を上げた。

電気は集めるとすぐに放電するものだ。

実技指導で教えられている《電気系魔法》のショックガン魔法。そのコツはどれかひとつの指を決めて、その延長線上5センチほどのところに電気を貯める。

手を押さえて蹲っている冬夜の元に、長谷部はゆっくりと近付いてきた。

そうして腕を突き出したきた。


「相手に接触する寸前に電気的ピークを持ってくる!」

「#%&#$ッ!!」


二の腕に灼熱が走った。

激烈な痛みに苦鳴して、冬夜はゆっくりと地面に倒れこんだ。その倒れこむ寸前、監視の先生からブラインドになる一瞬を突いて、長谷部の蹴りが下腹に叩き込まれる。激痛と混乱で、胃から逆流してきたものを止められない。

自分が吐き出したゲロのなかに顔を突っ込んで、そのまま倒れこんだ冬夜。

彼の異変に気付いたクラスメートたちの視線が最悪の瞬間に集まってくる。長谷部のキックを見ていない彼らの目に映るのは、ただ無様な冬夜の負けっぷりのみ。


「きたねえゲロメガネ」


顔を上げられない冬夜に、長谷部が吐き捨てた。


基本ストックはあまり抱えていません。

展開が気に入らなくなれば容赦なくストックもポイします。

気分が乗れば早くなり、乗らなければ遅くなる更新速度。

そのあたりお察しくださると助かります。

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