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001 混乱の始まり






「日本国の『未来』をお救い下さい…」


最初聞いた時には何を言ってるんだろうと首をかしげてしまったのだけれども、なるほど、こういうことかと、次の日学校に来てみれば納得の事態になっていた。

緊急の集会だと朝から校庭に集められて、校長先生の語るところによる『地球の危機』を告知される。むろんのこと生徒たちはピンとも来ていない。なぜなら天朝国(ハインセット)人たちが来訪した理由……星を襲う『大災厄』から人類を守るという壮大かつSF的な彼らの目的そのものが、いたずらにパニックを誘発するとの政治的判断によって一般には伏せられてしまっているからである。(もちろんそのような噂は都市伝説的に広まってはいる)

むろん万物の霊長たる人類も一般レベルでは相当に蒙昧なので、そうした情報統制は正解であるのだけれども、こうして真実の一部を小出しにしようとするときにどうしても齟齬をきたしてしまうこととなる。

ぽかんとしたままの生徒たちを見渡して、校長先生は顔に浮いてくる嫌な汗を何度も拭っていた。その頭の中では、いかにして子供たちを言いくるめようかとロジックをこねくり回していることだろう。

前提となる『大災厄』のことを伏せたまま、その余震のような今回の『小災厄』がどのような意味合いのものなのかを適切に説明する……むろんその条件をクリアするには、もう『ウソも方便』という荒業を繰り出すしか道はなかったろう。

案の定、校長先生はしばらく言いあぐねた後、すっと目を据わらせて……ウソっぽい笑顔を張り付かせてもっともらしい説明を始めたのだった。

汚い大人の世界だわー。


「我が国は友好関係にある天朝国(ハインセット)から技術指導を仰いで、いま急速に新しい魔法文化に順応しつつあります。その進歩はきみたちも知っているように国際的に見ても目覚ましいもので、魔法教育の新課程を経た学生の一部は、その魔力を……《思惟力(インテンション)》を一般と比べて2倍にまで伸ばすところまで来ています。その大変すばらしい結果を得て、天朝国(ハインセット)王女フィフィ殿下は、広くこの国の学生たちに、新たなステージへと至る『成長のきっかけ』を与えようとありがたくもご提案してくださいました」


ほうほう、新たな成長の『きっかけ』ねえ。

そのまるで緊張感を伴わない言いようにぴくりとくるのだけれども、冬夜は生徒たちの列の中でじっと口をつぐんでいる。そういう秘密保持義務が彼には生じていたりする。

宗家フィフィ王女から国にもたらされた情報は、土御門の言葉を信じるのならすべてが昨日の時点でルプルン家側に、ホットラインを通じて開陳されている。

『大災厄』の余震が近くこの星に到来する。そのせいで、『大災厄』本体には足元にも及ばないものの、それでも正視に堪えないような甚大な被害が発生する『悪意の津波』がやってくる。

まあ人類よりも遥か高みにある天朝国(ハインセット)人がそのように警告しているのだ、その通りのことが起こるのだろうと冬夜も受け入れてはいたのだけれども。

「日本国の『未来』をお救い下さい…」という言い回しに土御門が含ませた意味合いを、冬夜はここまで理解しかねていて、結局この朝礼でようやくすとんと心落ちしたのだった。

こほん、と校長は咳払いしつつ生徒たちを見渡した。

その感情の消えたような顔の裏には、多大な罪悪感が溢れそうになっているのだろう。


「この数日中に、宇宙からたくさんの『悪いもののけ』が降ってくるそうです。それを各地域の学校が連携して、演習を兼ねた『合同実習』が行われることになりました。…ああ、もちろん天朝国(ハインセット)の方々が監視に立ってくださるので、安心して参加してください。宇宙ではよくあることだと聞きました。その悪いもののけ駆除を繰り返すことで彼らの文明は進歩したのだそうです。皆さんも知っていますね? 街にいる宇宙人の方たちがわれわれよりもずっと強い《思惟力(インテンション)》を持っていることを。それがわれわれ地球人にも得られるのかもしれない。それは大変にすばらしいことです」


うわー、うさんくさい話だなー。

見てよこのどっちらけな感じの生徒たちの様子を。

『悪いもののけ』とか言われたって分かんないよ。それが今度突然にこの星に降ってくる? 何で急に? いままでは何で降ってこなかったの? 人類史が始まってもう何千年も経っているのに、宇宙からそんなものが降ってくるなんて、歴史を見てもこれだという記録もないんだけど。

校長先生も分かってるなあの顔。

こほん、と咳払いをひとつ。


「この国には、昔から『妖怪』と呼ばれる生き物がたびたび現れていました。それはとても奇妙で珍しい生き物であったので、土地土地の昔話として口伝で伝わりました。近年、それが民俗学者によりまとめられ、最近では漫画やアニメにもなっていますね。柳田先生の名著『遠野物語』には、天狗や河童などが出ます。みなさんもおじいさんおばあさんから、昔の怖いお話しとかを聞いたことがありませんか……それに出てくる『妖怪』が、今回の『悪いもののけ』の先祖なのだと思ってください。そう考えると、昔からこの国にもそうしたモノがたびたび降ってきていたということになりますが、わたしたちはそんなのに負けたりなんかはしてませんね? そんな程度の相手だと思ってよいでしょう」


うわ、一気に子供側に迎合してきたぞ。

なるほど、妖怪ときたか。『遠野物語』とか持ち出してきてさりげに知識アピールとは、さすが腐っても教師。学者先生も言ってるんだからと、説の補強材料に使ったわけだ。むろんほとんどの生徒は『遠野物語』なんて読んだことがないし、本来子供はアホなものだから、校長の強い口調に素直に受け入れてしまいそうになっている。

そして校長先生は、最後に止めを刺しにきた。


「…もちろんわたしも、『妖怪』を見るのは今回が初めてですが」


話にオチを持ってきたのだ。

それを聞いて生徒たちが笑い声を上げる。子供たちを笑わせつつ、おのれの保身のためにするりと「知らなかった側」に自分を移動する。校長先生の横に並んでいた先生方も、あからさまにほっとした様子になっている。

やるな校長。

まさか『妖怪』で説明を乗り切るとは思わなかったよ。

冬夜は高位把握野(ハイクルーフ)で、自分が説明するならと幾通りものシミュレーションを行っていたのだけれども、『遠野物語』は読んだことがなかったのでその発想は浮かばなかった。マジリスペクト。

そうして和やかな雰囲気で朝礼が終って、その後は各クラス単位で、担当教師からさらに詳しい説明がされることとなる。

どうやら各学校連携の『合同演習』に直接参加させられるのは最上級生である3年生だけのようだった。

演習実施日はいまから3日後。

担当区割りはむろん各学校の校区であり、当日大体100メートル四方のグリッド状に生徒を配置して、飛来する『悪いもののけ』のセンサーとする。

そして各校で選りすぐられた『戦力』が直接の対応部隊となって、『悪いもののけ』に対抗する。

むろん周囲の現地住民は可能な限りの協力体制を敷く。警察組織もその日は全力で出動する。むろん彼らも直接対応の一部隊となる。


「各校から抽出された能力上位の生徒は、一箇所に集められて特別な訓練を受けることとなる。大学、高校の地域トップランカーとの合同訓練となるが、《思惟力(インテンション)》という根源的な能力の年齢差はたいしたもんじゃない。むろんきみたち中学生はあくまで補助的な戦力とされるだろうが、大学、高校のレベルがどれぐらいのものか知るのも意義があると思う。…わが校からはA組のナンバーズが派遣されることがすでに決定されている。由解、このあと10位までを集めて、職員玄関のほうに連れてきてくれ。急ぎ足で申し訳ないが、10人は今日から合同訓練に合流してもらう」


むろんその10人に、冬夜も含まれてしまっている分けて。

いちおうピンときてない振りをして座って居残ろうとしたのだけれども、生徒会長の由解明日奈にデコピンされて連行されることとなった。

ちょ、あそこで歯噛みして悔しがってる元10位の柳さんがいるんですけど!

それがなに?って、毛ほども関心なさそうに言わなくても、あの人も7.8で有望なんですよね? えっ、往生際が悪いって……えっーと、…はい。

なんだかナンバーズの面々が燃えている。

なぜにどうして、そんなにやる気出してるのかなー。

相手は天朝国(ハインセット)が警戒するぐらいの化け物なんだけれど。そらもう不良宇宙人が束になってかかってくるようなもんなんじゃないのかな。

もしかしてがっつり対抗できるつもりなのか……現実が見えてないよ皆さんってば。


「日本国の『未来』をお救い下さい…」


土御門の言葉が耳に痛い。

なるほど、育成途中の優秀な学生たちを失うことは、『未来』を失うことに等しいのかもしれない。わずかでも『宇宙クラスに対抗できる才能』となる可能性が、彼らのなかに萌芽していたとしても、いまはしょせん上位者たちになぎ払われるだけの弱小のモブでしかない。

土御門は今回の『演習』で、学生たちに大量の死傷者が出ることを覚悟しているのだ。それをなんとかしてくれと、頼んできたのだ。

いや、ちょっとそれは大事なんじゃないでしょうか。大金貰っちゃって言うのもなんですけど、弱小のルプルン家には手にあまりまくりですって!


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