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 ss OL 菅野雪(22)②





「…なんだ、まだいたのかいインフルエンザの姉ちゃん」


声を掛けられて、わたしはぎょっとして立ちすくんだ。

見れば自転車に乗った魚屋の親父が、片足立ちにこちらをうかがっている。配達の途中なのか、自転車の荷台には紐で固定したクーラーボックスが載っている。

なぜその50がらみの親父が魚屋なのを知っているかというと、つい1時間ほど前にその店先で会話をしていたからだ。


「病気の時に、あんまり出歩いてるのは感心しねえなぁ」

「あ、うぅ…」

「それにそのサンマ、足が早ええから、さっさと家に持ってったほうがいいぜ」

「………」


手元の袋の中にあるサンマは、むろんそのときについ会話の流れで買わざるを得なくなったものである。晩御飯に焼いて食べようとは思っているのだけれども、いまのところ非常に邪魔ではあったりする。

商店街という場所にあるコミュニティ的な連帯感は侮れない。サングラスにマスクと顔をあからさまに隠している彼女の様子に、どこかしら警戒をしているふうでもある。

じろじろと眺められて、耐えかねた彼女は「帰ります!」と言って、電柱の物陰から駆け出していた。

管野雪のひと探しミッションは開始されてから数日、意外に広いざっくりしたエリアであっただけに現状非常に難航しているのだった。情報を得ようと営業中の魚屋に接触したのは失敗だった。買ってしまったサンマは、期せずしてミッション中断の時限爆弾のようなものになってしまった。


(…それにしてもインフルエンザとか変な言い訳するんじゃなかった)


マスクの話題になって、過剰反応した彼女は反射的に変な言い訳をしてしまったのだ。そのとき我ながらわざとらしい咳とかをして、さらに墓穴を掘った感もある。

自称インフルエンザ女が町を徘徊していたら、そりゃ怪しかろう。

魚屋の視線を逃れてしばらく走ったところで足を緩める。ベンチとかあったら座り込みたいところだが、あいにくとまだ商店街の一角にいる。

と、そのとき、彼女の前を小学校低学年、6、7歳の子供たちがやいやいとはしゃぎながら通り過ぎる。その手に持って見せ合いっこしているものは、最近あんまり見たことのない懐かしい駄菓子のようであった。

この商店街、駄菓子屋なんてあるんだ…。

彼女は呼吸を落ち着けながら子供たちの背中を見送ったのだが…。


「やっぱり姉ちゃん、風邪なのに元気すぎじゃねえか?」


びくぅぅっ!

後ろからついて来ていた魚屋の親父が、子供たちの後姿を追っている彼女に胡散臭げな眼差しを向けていた。

目いっぱい不審者だと思われたッッ!


「あっ、あの、わたしまだ買い物があるんで!」

「こんなちっせえ商店街で、やってる店なんざそうはねえだろ。なんか珍しいものでも探してんのなら、オレが教えてやるぜ」

「えっ、えっとですねえ…」


動転したまま考えあぐねて、彼女はいまさっき見た『駄菓子』の名を反射的に挙げてしまう。

そしてそれが奇跡的に彼女を本来の目的に導くこととなった。


「ああ、七瀬ばあちゃんのとこか」


魚屋の親父はそれでようやく合点がいったように、ぱしんと膝を叩いた。


「そりゃあなかなか見つからねえわな」

「……?」

「ばあちゃんが入院してから店がずっと閉まってたからなぁ。…つっても、昨日あたりから急に店開いてたし、そこの角を曲がればすぐに見つかるぜ。『中がわら』っつう和菓子屋の隣の古い店だ。シャッターが片側しか開かねえから、ちょっと分かりにくいかもしんねえけどよ」

「…は、はあ」

「なんか孫が気まぐれに急に店を再開させたらしいから、よければ何か買ってやっておくれよ」


魚屋の親父がぎいこぎいこ自転車をこいで去っていくのを見送りながら、彼女は肺の中の空気を盛大に吐き出して、人目を気にしながらも歩き出した。

誰がこの歳で駄菓子なんか買うかっての。

ぶつくさ言いながら、それでも言われたとおりに角を曲がったのは、やはりまだあの親父が見ているのではないかと不安に思ったからだ。そうして道を曲がって視線から逃れたことを確信した彼女は、その道をすたすたと歩いて表通りへと抜けようとした。むろん潰れかけの駄菓子屋など眼中にない。


(ああ……メガネマスク様はいずこに)


シャッターが片開きの駄菓子屋の前には、安価な甘味に飢えていた子供たちが集まっている。その賑やかさについ目が取られて、「順番に並ぶがよい!」と居丈高な女の子の声が耳に入る。薄暗い店内でさえも良く目立つ銀色の髪の毛が、子供たちの頭越しにわずかだが見て取れる。顔が見えていないので外人などとは思わない。髪を脱色したやんちゃ系の『孫娘』がレジでもしているのだろうと思った程度である。


「トーヤ! 大儲けじゃな!」


お客(子供)の前で言う台詞ではないのに、そう口にしてしまう『孫娘』はかなり歳が若いのかもしれない。

そうして店の奥のガラス戸が開いて、エプロン姿の人影が出てくる。中で家事の途中であったらしいその人影がエプロンを外してレジ係を代わるようだ。

気もそぞろな彼女はそのまま目線を切って隣の和菓子屋を見て、そこでぎょっとしたように立ち止まる。

警官が立ちん棒している後ろにはぐしゃぐしゃになった和菓子屋らしき店舗と、なにやら図面を手に話し込んでいる業者っぽい人たち。ブルーシートが張られてはいるもののガラス窓なんかが無残になくなっているのがまる分かりだ。

明らかなザ・事件現場だった。

その事件現場らしき場所でその家の子らしいセーラー服姿の少女がせっせと掃き掃除をしている。

しばらく呆然としていたことだろう。再起動したのは少女の「あっ、冬夜!」という弾んだ声が聞こえたためだ。

急須と湯飲みのいくつかをお盆に載せた『トーヤ』という人物に、セーラー服の少女が手を振る。それに立ちん棒の警官たちが身じろぎしたのは、差し入れらしきお茶によるブレイクタイムを予期したものか。

そして彼女はついに発見する。

あまりにも特徴的な、圧倒的な存在感を主張するビン底メガネを。

そしてそれを掛ける普段着姿の小柄な少年。認識する順番が逆な気がするものの違和感など吟味しているゆとりなどなかった。


「あっ…」


掛けようとした声が、目の前の仲睦まじげな少年少女の姿に詰まってしまう。

隣同士のあまりにテンプレートな幼馴染構図が、瞬時にそのきゃっきゃうふふなバックグラウンドを彼女の脳裡に展開してしまったのだ。


(…メガネマスクさま)


湯のみにお茶を注いでいくビン底メガネの少年と、それを当たり前のように受け取って、警官や業者らしき人たちに配っていくセーラー服のメガネ少女。

その外見が中学生ぐらいの年端のないものでなければ、夫婦と言って過言ではないほどの空気感がそこにあった。

幼馴染は反則だわー。ないわー。

マスクをしていなければきいいっとハンカチを噛み締めたい想いであった。

なんとなく落ち着く電柱の物陰からふたりの様子を観察していた彼女であったが、少年が空いた盆を抱えて駄菓子屋のほうに戻っていくのを見て、ほとんど衝動的にその後をついていった。

たかる子供たちを掻き分けつつ駄菓子屋に入る。電気もつけてない店内は、シャッターが半分閉まりっぱなしでかなり暗かったが、外光の強い夕方前であったため商品は十分に見分けられる。

子供たちばかりのところに急に現れたサングラスとマスクの怪しげな女に、目が合った子供たちが次々に固まった。あまりに場違いなことは重々承知しつつも、彼女は心の赴くままに意中の少年のテリトリーを冒していく。土、日に有給をぶち込んだ月曜の3連休を費やしてようやく見つけ出した場所である。そこにある空気を胸に吸い込むだけでもいけない充足感がぞわぞわと満ちてくる。

と、そこで強い視線を感じて振り返る。

言葉少なに固まって、じいっとこちらを見上げてくる客の子供たちと、レジの席に座って対応していたらしき銀髪の美幼女の啞然とした顔……そのとき初めて外人の女の子なのだと分かったのだけれども……そんなことを考える暇もなく、強張った顔を向けるビン底メガネの少年の視線に、感電したように身震いした。

見られている、と感じただけで胸がキュンキュンとしだす。

もうそのまますがり付いて、あのときのお礼というネタ武装をもって告白しまくりたい衝動を抑えきれない。見たまんま中学生ぐらいじゃないかと思える少年相手になにをと思われても甘んじて受け入れましょうとも。ショタだと後ろ指差されようともわたしは胸を張れる自信がある!

そう、わたしはきっとショタ属性だったのだ。年の差を考えたならば、女の下り坂を迎える前に一気に篭絡に持ち込むべきだと確信した。結婚年齢になるまではわたしが食べさせてあげるし!


「あっ、あの…」


勇気を振り絞って口を開きかけたときだった。

突然からだが数十センチ浮き上がった。


「こ、こいつはヤバげなのじゃ!」

「ちょうど外に現地民の官憲がいます。さっさと引き渡しましょう」


後ろからコートの襟を掴んでわたしを持ち上げているのは、あの公園で見た金髪の鎧女であった。じたばたともがくわたしの抵抗などまったく意にも介さず、まるで野良猫のように軽々と店外へと運び出されてしまった。

違う違う!

こんな展開お呼びじゃないっ!

なんとかして欲しくて必至に少年のほうを見た彼女であったが…。


「なんでうちに不審者が…」


ショックを受けているふうの少年に、こっちまでショックを受けてしまった。

そうして思い出す。


(あっ、変装してたっけか…)


管野雪(22)、この愛の道のりは険しいようです。


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