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035 メイド宰相②






東京近郊の、それも全国的に見ても地価の高い平野部に、100平方キロに及ぶ広大な土地を要求する。日本の世情に疎いルプルン家主従が求めるハードルは、天高く無理ゲーのごとく聳え立つ。

比較的地価の安い伊豆半島の土地収用ですら大変に難儀した日本政府にとって、それは政治的にも、財政的にも、無理難題に類するものだった。

せめて一世紀前の、第二次世界大戦後の混沌の時代であったならば、あるいは米軍基地のように確保も可能であったに違いない。が、いまの高度に都市化されたこの土地は、天文学的な価値を有している。


(…どこに連れて行かれるのかと思ったら)


ルブルン家主従が連れて行かれたのは、霞ヶ関にある警視庁ビルの応接室で、そこで待っていた神経質そうなメガネをかけたおっさんが、こちらを見るなりさっと名刺を差し出してきた。

うわ、公安の部長さんでした。

相手がどんな地位にあるのかを知らない上のふたりはのほほんとお茶を飲んでいるのだけれども、現地民でしかない冬夜だけは覚悟していたとはいえ戦慄を禁じえなかった。公安警察って、スパイとか取り締まる人たちでしょ?!

えっ、他国の賓客とかの警備は公安の管轄? はあ、さようですか。

美女、美少女、美幼女の三人が着席して、お茶が出された。昆布茶が少し入っているような風味の煎茶で、やることもないのでゆっくりとそれを堪能してしまう。


「…それでわれわれにご要望があるとうかがっておりますが」

「…あっ、まずはそっちの件ですね」


取り澄ました様子で、冬夜は湯飲みを受け皿に置いた。

まあ警察署の署長さんの一存で決められない話を、『上の人間』が聞いてくれるというのだ。さっそくお願いしてみるとしようか。


「…分かりました。お気にされている案件については、なかったことにいたしましょう」


即決キタ! さすが『上の人間』は一味違う。

商店街で暴れた宇宙人はすでに下田のフィフィ王女……宗家(アドリアナ)により保護されてしまっているので、警察側が特段に発表でもしない限り、たいしたニュースにはならないらしい。

ついでに商店街のご近所に対しての根回しも、所轄署の警官にお宅訪問してもらって、鎮火を目指すことになった。あんまりにも協力的にしてくれるから、気持ち悪いのだけれども。

そうして情報管理の話があっさり終ってしまったものだから、そのまま例の100スコーンの領地を寄越せ、という話にアピール半分になだれ込んでみる。

鼻の下を伸ばしていたおっさんたちであったが、交渉が始まるや否や、その内容の途方もなさに全員が石になってしまった。

まあそりゃそうだわ。土地を国が買い上げるにしても数兆円クラスの話になるだろうし、そもそも警察が扱うような性質の案件ではないし。

無言のおっさんたちの反応がないので、少しだけプレッシャーをかけてみる。漫画とかだと、こういう交渉の席で定番となる『強者演出』をやってみたわけだけれど。

カタッ、カタカタカタカタッッ!!

応接室内にあるあらゆる小物が……湯飲みに花瓶に内線電話機……それらがポルターガイスト的に騒々しく騒ぎ始める。異常に気付いて血の気の失せたおっさんたちとは対照的に、冬夜だけでなくカグファ王女もヘラツィーダも『いたずら』に気付いているので平然と茶菓子をぱくついている。

そこで冬夜はにこっと笑いかける。

天朝国(ハインセット)王族相手のVIP扱いは、むろんおっさんたちなりの打算がはじき出した譲歩であったのだろうが、この瞬間ようやく彼らは、天朝国(ハインセット)人との間にある隔絶したスペック差を感性で理解したのだろう。おのれの立場で許される範囲内での、拒絶方向での韜晦を思案していたに違いない公安の部長さんが、即時に撤退を決断したようだ。

そうして内線電話が回され、しばらくしてもう少し上位の人間が登場する。警視庁内の『部長』の肩書きは相当に上位であるらしく、最初に副総監が、ややして警視総監までもがあわててやってきた。

しょせん警察内でどうすることもできない案件なので、もっと叩いて雲の上から適当な人間が出てくるように同じことを繰り返す。

土地を寄越せ!

無理!

警察組織の一番偉い人は警視総監だと思われがちなのだけれど、実際はそうではないらしく、次にやってきたのは警視庁ビルの隣の庁舎に入っている、『警察庁』とよばれる役所の役人だった。渡された名刺を見てびっくりである。

警察庁長官、神崎義人(かんざきよしと)

役人じゃなくて政治家でした。まあこのあたりからこの案件に対する決定権が臭ってきたのだけれども。

そのとき、すでに時計は12時をまわている。

遅刻での登校さえもあきらめざるを得なくなった黒髪メイドはもうすっかり目が据わってしまっている。

国の官僚機構が、十八番の『たらいまわし』戦術を駆使した結果、その日黒髪メイドの『無断欠席』が確定したわけなのだが、むろん役人らにそれを知るすべなどない。徐々に険悪になっていく黒髪メイドの様子に、長官の神崎が額の汗を拭きまくり、お茶の交換にやってきた女性職員がぷるぷる震えてお茶をこぼした。


「…情報統制へのご協力には感謝いたしますが、結局のところ、土地割譲の案件に対しての議論は、ここでは無理だと言うことですね」

「いや、まあ、その…」


同席していた『部長』と呼ばれていたおっさんが、内線電話の下にあった紙を取り出して警視総監の神崎に耳打ちするのを見て、ああもしかしてカツ丼とか出るのかな、と少しだけ興味を引かれた冬夜であったが。

その内々の提案に首を横に振り、神埼は内線電話を回して秘書っぽい人と話した後、おもむろに席を立って冬夜たちに同行を促した。


「ほかに『席』をご用意いたしました。あとのお話はそちらで……わが国の総理大臣、土御門が賜ります」


とうとう国のトップにまで話が及んだようである。

つい昨日までは誰の目からも注目されない、つまらない中学生であった彼が、一夜開けたら総理大臣と料亭でお食事会である。

これはもう異次元と称すべき立場の急変であるのだけれども、高位把握野(ハイクルーフ)で物事の情理を追い続けている冬夜は自分でも驚くほどに落ち着きを保っている。

まあこの話は、結局のところ決定権のある人間の、政治的な勇断がなければまるで前に進みようもないものであり、話し相手は最初から総理の土御門正造しかありえなかったのだ。

ようやく望むべきところにまで至ったことで、冬夜はむしろ少し緊張がほぐれたほどだった。


「御手数をおかけしました」


ぺこりとお辞儀をして、そのあと上げられた黒髪メイドのプライスレスな微笑みに、同席したおっさんの幾人かが即時に陥落したという。

顔形だけなら同行のカグファ王女と女騎士も遜色はなくても、楚々として品よく振舞う黒髪メイドのほうが男心を打ち抜くのは仕方のないことであった。

元気良く先頭を歩くカグファ王女にきびきびと追随するヘラツィーダ、そして最後尾で部屋を出たその黒髪メイドが、退室ぎわにまたぺこりとお辞儀をして笑顔を残していく。

その残り香のほわほわする匂いに、過酷な職場にぎすぎすしていた男たちがとたんに蕩け崩れたのは見ものであった。それを見てしまった女性職員によってロリコン疑惑が流布されることとなるのだが。まあ関係はないし蛇足な話ではある。




さて。

また車で移動したのでどこかはまったくわからないのだけれども、一行は塀に囲まれたお高そうな料亭に案内されて、廊下を歩かされることしばし、女将に障子を開けられた先に先客の姿を発見することになる。


土御門正造。

肩書き、総理大臣。


部屋のまわりを固めているSPの人たちに会釈をしつつ、冬夜は上のふたりの背中を押して入室する。いまどきあまり見ない、法事に使うような脚付きの御膳がもう並んでいる。

そこにある料理を見て、腹ペコだったカグファが喜色を見せるものの、さすがは腐っても王族、座布団にちんまりと座って背筋を伸ばした。ヘラツィーダさんも見事なほどに取り澄ましている。

障子が閉まり、人目がなくなった瞬間に土御門はすぐさま席を立ち、みずから御膳をずらして上座と下座を入れ替える。事情を察した冬夜に促されて、ルプルン家側もその奇妙な席替えにお付き合いする。

周囲の人間にはあくまで国のプライドを示して見せ、内々には実情に基づいた礼を示してみせる。政治家も大変な仕事だなあと冬夜は思う。

初見の相手なので両者の間で自己紹介が行われ、名刺が渡される。《グレートリセット》でも破壊することのできなかった名刺文化のせいで、名刺がたまる一方である。ほんとうに内閣総理大臣って書いてあるわ。すごいな。

一般人ならもらっただけで額縁に入れてご近所に自慢しまくりたくなるような名刺であったろう。

カグファ、ヘラツィーダと自己紹介が続いて、土御門の目が冬夜に向けられるのだが、当然まともに名乗れるわけがない。仕方がないので、


「わたくしはただのメイドでございますので」


とはぐらかしてみた。

そのあと議論の中心がこのメイドになるわけであるから、『ただのメイド』はないだろうと土御門から指摘されてしまうのだけれども。

むろん、それでも突っ張りましたが、何か?

このあと名無しのメイドの扱いに困った政府が、ルプルン家の外交窓口となるこの黒髪メイドを『メイド宰相』と暗に呼び始めるのはまあ仕方のないことであった。身から出た錆であるのだが、もちろんこのときの冬夜にそれを知るすべはなく。

食事の許可が出て会席料理にのんきに舌鼓を打ている上ふたりを横に、冬夜と土御門との会談が行われたのだった。


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