034 メイド宰相①
蛙人との遭遇戦から一夜…。
商店街に潜むルプルン家一党の情報は拡散し、この来る朝を持ってさらに取り返しがつかないほどに人口に伝播することになるだろう。
騒動は遅い夕刻のことであったため、《グレートリセット》前ほど鼻の利かないメディアにはまだ嗅ぎつけられてはいない。警察の発表があり、記者が自らの足でここまでやってくるのはたぶん今日。
長い緊急会議が果てたいまの時間は翌朝6時。公的機関は一部の例外を除いて『閉店』中である。が、その例外のほうに、警察機関は含まれていた。
(…これはもう電撃戦だな)
カグファ王女率いる在地球ルプルン家勢力の当面の目標は、この地に100スコーンの土地を得ること。下田租界を得たフィフィ王女と同じ天朝国王族の流れとして、カグファ王女は習いである100スコーンの絶対王土を得なければ、すべてが始まらないと言った。
絶対王土に座を定めて、初めてルプルン家は面目を施し、『託宣の姫巫女』としてのスタートラインに立てるのだと言った。
主が言うのだから、家臣はそれをなんとしてでも成し遂げなくてはならない。ヘラツィーダさんはそう言って譲らず、元『七つ髑髏』の脳筋どもは単純にその戦国時代的な土地切り取りの発言にワクドキして乗っかってしまった。
議論の遅延をもたらしたのはほとんどが冬夜ひとりであり、それでずいぶんと上のふたりの顰蹙を買ってしまったのだけれども、慎重さを持ち合わせているのがおのれだけだと痛切に思い至った彼は、強烈な義務感に駆られていろいろと突っ込み続けたのだた。
そうして出た結論は。
「ならそういうのはトーヤに任せた」
であった。
丸投げであった。
かくして冬夜はおのれのなかの確信に従い、人類の社会システムを相手に、ルプルン家の渉外担当として暗躍する運びとなるのだった。
さて。
このままルプルン家の存在が公になれば、天朝国が絡んでいるだけに公然と非難はされないだろうものの、この地での新たな『領有宣言』は世論を巻き込んで大問題になることは必至である。
なぜ問題になるのかというのはむろんカグファ王女たちが『勝手に』それを宣言し実行する点にあり、国、自治体、そして個人の土地所有にまつわる財産権を著しく侵害するためである。
むろん天朝国の権威を後ろ盾に突っ張り切るのも『手』のように思われるのだけれども、どうやら王族内で冷遇されているらしいルプルン家にその手は使えないうえに、その他王女たちが与えられた独自に現地民を黙らせるだけの決定的な武力となる支援艦、『小宮船』もなぜか持ち合わせていないときている。
(同じ王族なのに、なんでこんなに冷遇されているのか謎だよな…)
なんとなく聞けない空気で現地家臣連は黙ってしまったのだけれども。あからさまに目をそらすんだもんなー。あのアーデルとかいう12卿のひとが『斜陽姫』とか言ってたし、なんか偉いハードモードなゲームに参加させられている気がする。
まあいまは置いておいて。
さて、この地に100スコーン(だいたい100平方キロ)にもなる領地(租界)を得たと仮定して、その後にやってくるだろう深刻な住民の反発をどう処理するのか……そのあたりの心配もしなくてはならない。すぐに実現は無理でも、天朝国の歴とした王族が無理押しすれば、対天朝国で相当に弱腰な現土御門内閣は、意外に簡単に飲んでしまうのではないかと思うのだ。
ならばどうすれば問題は解決するのか。
完全な解ではないものの、住民の反発を直接受けないで済む方策はあった。高位把握野での脳内討論の末に得た結論に従い、彼が朝も早くから押しかけたのは、地元の警察署だった。
「…それではやはり、あなた方は天朝国の関係の方たちで間違いはないのですね」
そうしていま、目の前でこめかみをさすりながら、沈鬱そうにため息をついているのは警察署長だった。
おそらくは所轄内の大問題に帰宅もかなわなかったのだろう、目元にうっすらと隈もできている。
「なんでよりにもよってわたしのところに…」
ぼやきが聞こえてきたけれどもここは聞こえない振り。
所長室の応接セットの長いほうのソファにぼくとヘラツィーダさん、向かいの個別席に所長と眠そうに目を擦っているカグファ王女が座っている。
「…われわれも事を荒立てぬよう、現地に溶け込みながら活動を続けていたのですが、ことが露見した現状、そのまま活動を続けることは困難であると判断いたしました。拠点を移す予定も当面ないことから、このさい関係各所に『ご協力』をいただき、存在を公的に明らかにすることを決定いたしました」
そうしゃべるのは、端然と姿勢を正す黒髪のメイドである。
その造物神に愛されているとしか思えない愛らしい面差しと、抱けば砕けてしまいそうな華奢な細身……絶世、と前置きしなければ足りないほどの美少女はむろんメイドモードの冬夜である。
美形ぞろいの天朝国人に混ざっても違和感ないその姿でいることで、『地球人』としての匂いを消してしまうのが狙いである。以後、ルプルン家の『メイド宰相』と恐れられることとなる彼の黒歴史の第一歩でもあたりする。
「署長は『日天下田条約』の内容についてはご存知でしょうか?」
「…いや、その、…さわりだけなら多少」
「下田が租界として特例的に国に認められたのは、天朝国王族であるフィフィ王女側の主張……その地の大災厄から現地住民を救う『託宣の姫巫女』には、応分の処遇が与えられてきたという主張のことです。慣例に従い100平方キロあまりの土地を割譲することで、両国は正式に条約を締結するに至りました。…そのことを踏まえて下さいますよう」
「…それは、どういう」
「こちらは天朝国の王家がひとつ、ルプルン家の第一王女、カグファ姫殿下にあらせられます」
冬夜が目配せすると、カグファ王女が「ふえっ」と間抜けな声を漏らしてから、慌てて起立した。
そこで手は上げなくていいですから。小学生ですかまったく。
「カグファと申す。署長殿、よろしゅう頼む」
「はっ、これはどうも!」
署長も慌てて立ち上がり、両者の間でシェイクハンド。
日本人というのは、たいてい権威に弱いものである。いまので署長が『飲まれた』のを察して、冬夜はわずかに口元を緩める。
「それで署長…」
「…は、はい」
「カグファ姫殿下もまたれっきとした『託宣の姫巫女』であり、この星を未曾有の危機から守るべく、日夜奮闘されておいでです」
「………」
嫌な気配を嗅ぎ取ったのか、署長が黙り込んだが容赦なく冬夜は切り込んだ。
「わがルプルン家も、フィフィ王女の例に倣い、この地に100スコーンの租界を設けることにいたしました。その租界獲得に当たりまして、署長殿のご協力を今後お願いしたく……つきましては、正式な租界獲得までの期間、地域に無用な混乱を起こさぬよう……あくまで土地の住民の平穏を守るためとお考えいただき、昨日の騒動およびわがルプルン家の所在を適切に伏せていただけないかと」
「……それは、わたしの一存では」
「もちろん職権ある上級の方に問い合わせていただいてけっこうです。もちろんことの重大性から、最終的には国の判断が必要であることはこちらも理解はしています。下田租界の時も、当該地を国が買い上げたそうですが、一部反対住民に対する強制収用があったと聞いております。そのような責任ある決定は、国レベルでないと難しいでしょう。こちらから貴殿にお願いしたいのは、先に申し上げた事件情報の喫緊の管理についてのみです」
「………」
「…なにか質問でも?」
「あ、いや」
口ごもった署長の中で、いまめまぐるしく保身のための算段が検討されているのだろう。まあたしかに相当にやばい立ち位置であるのは明白なので、養う家族のためにも十分に考えたほうがいいだろうと思う。
ルプルン家が租界を獲得するまでのプロセスとして、当面の情報封鎖は不可欠である。まだ体制も整っていないルプルン家に、メディア関係、政治関係、利権商売関係の胡散臭い連中が押しかけてきたら、どこでどう弱みを掴まれるか知れたものではないからだ。とくに脳筋人材ばかりなのが致命的だった。
ゆえに租界設立の動きが確定的になるまで、派手に露出することだけは避けておきたい。ルプルン家的にも、彼の学生生活的にも。
署長が平身低頭しながら黒電話で誰かと話していたと思ったら、係長という肩書きの幹部っぽい人が現れて、冬夜たちを電動の公用車へと案内した。そして連れて行かれたのはまだ出勤ラッシュも始まっていない官庁街、霞ヶ浦だった。
モチベが…。
あんまし面白くないですかね