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033 緊急会議






中河原夫妻の怪我は、幸いなことに軽傷だった。

店舗のほうはめちゃくちゃで、無事救出されたあともしばらく夫妻は放心状態であったのだけれども、泣きじゃくる娘に抱きつかれ、警官の先導でやってきた救急隊員たちに怪我の確認をされ始めたあたりで正気に返ったようで、結局そのまま目を回して倒れてしまった。怪我自体は軽傷に過ぎないと分かったのはその担ぎ込まれた病院でのことである。

砂姫の感謝の抱擁で絞め落とされそうになった冬夜が背中をタップして脱出したのもそのときのこと。何かの有名少女マンガに出てくるキャラだと言う、女子高生ヒロインと年下の英国貴族の天才少年がいかに自分たちに似ているか……聞いてもいないのに熱弁して盛り上がりまくる砂姫にはちょっとだけ引いてしまったのだけれども、本人はまったくお構いなしに。


「冬夜はほんとに、ヒーローだね」


なんてことをのたまわった。

見れば関係者たちがみんなぼくのほうを見ていた。ほほえましさなど素通りしてしまった、凝視というか熱視というか。警官なんかは、ほんとに変身ヒーローを見ている子供みたいに目を輝かせている。

そして察せざるを得なかった。

七瀬家の周辺状況がいろいろとやばいことになっている、ということを。




その日、七瀬家もとい、ルプルン家仮宮において、反省会……いやこれも『もとい』だ……緊急会議が開催された。

召集請願者はぼくこと七瀬冬夜。そして危機感をまったく共有してくれていないカグファ王女がおねむな目を擦りながらちゃぶ台の上座座布団?に腰を下ろすことでそれは開始されたのだった。冬夜が配布した課題項目(アジェンダ)にみなが目を落としている。カグファ王女始め、ヘラツィーダ、熊吉、健太、ルイの現地家臣幹部連……そしてメイド服姿の進行役。


「…お忙しいなかお集まりいただきありがとうございます。夜も遅いので取り急ぎ議論を進めたいと思います。まずはぼくのほうからこの会の趣旨をご説明したいと思います」


並ぶ項目に目が点になっている出席者たちの様子を見て、しょせんは他人事な彼らの反応に苛立ちが募る。


「…とうとうこの町内に、怪しい組織が巣食っているのを住人たちに知られてしまいました。いちおう物分りの悪い方もいそうなので明確に言いますが、『怪しい組織』とは謎の宇宙人主従とそれに従う怪しい地球人グループをひとくくりに指して言います。そうです、カグファ王女殿下を頂点とした、ルプルン家の勢力のことです。警官隊さえも梃子摺る不良宇宙人さえも排除し得る組織勢力であるために、今後地元では完全に『腫れ物』扱いになることが予想されます」


ひと息にそこまで口にして、出席者たちの理解が追いついてくるのを待つ。

最初に食いついてきたのはやはりというかカグファ王女であった。見かけによらず頭脳は聡明そうなので、冬夜が提議しようとしている問題点も察したようである。


「『怪しい組織』とはひどいのう。仮にも未開文明の危機に身を捧げた『託宣の姫巫女』の郎党をそのように扱うとは、地球種はどこまで恩知らずな…」

「知識量の不足と認識のギャップです。一般人は天朝国(ハインセット)がなぜこの星に来たのか。なにをしようとしているのか、まったく知らないか、まったく関心がないかのどちらかが大多数です。たぶんそれも『圧倒的』がつく大多数です。特に何も考えずに日常を送っている町のおっちゃんおばちゃんたちの無知っぷりを舐めたらいけません。あれはもうほんとハンパないです」

「…何気にひどい言いようだのう、おぬし」

「新しい知識が頭に入っていかないんです。聞かないし覚える気もありません。これは体験的な知識をもとに断言しています。子供はたいてい知ってます」

「…まあそれは」

「うん、そんなもんだね」

「…現地家臣たちの反応からその辺は汲み取っていただくとして、七瀬家は……ルプルン家とその一党は、完全に地元で身バレして、浮き上がりました。そして地元民の警戒はそのまま所轄警察署の意思へと置き換わります。もっとも、すでにしてその所轄警察署の警官たちにも目撃されてしまっているので、今後かれらとの関係のありかたとかいろいろと問題が発生すると思われ、その解決をいち家臣として殿下と隊長に望みたいところなのですが…」

「えっ、わらわの仕事なのか」

「こういうのはまずトップが顔を繋いでいただかないと」

「…まあそれは」

「うん、そんなもんだね」

「…現地家臣たちの反応からその辺は汲み取っていただくとして……まずは警察署、および市役所への対応の方向性をルプルン家として定めていただき、それに沿った折衝、その内容について詰めていきたいと思います」

「おい、トーヤ」

「ぼくのおススメはまず市役所で、天朝国(ハインセット)の権威をちらつかせておふたりの住民登録をごり押ししてもらってから…」

「おい、そこのくそメイド」


ヘラツィーダさんの割り込みに冬夜はいまやっと気付いたような様子を作ってから、「ご意見どうぞ」とにこっと笑う。

睨みつけるヘラツィーダの眼光と、それを傍目には平然と受け止めきるメイド。この家の家主代理であり、かつ胃袋を握っているメイドの立場は巌のように重く不動である。目力のみで圧倒することを諦めたヘラツィーダは、少しだけ頭が痛そうにしてから、言葉を継いだ。


「殿下がなにゆえに現地民にまで身を落とさねばならぬ。天朝国(ハインセット)の慣わしにより、この仮宮を中心に100スコーンは姫巫女に約束された絶対王土。それはゆるがせられぬ決まりだ。…現に宗家のフィフィ王女も下田という半島部に100スコーンの領土を日本国から割譲されているだろう」

「…そのほうらが下田租界とかいう土地じゃ」

「…その経緯は初耳です」

「『託宣の姫巫女』は大災厄から現地住民を救うべく一身を賭すかわりに、応分の処遇や対価を現地政府に要求する。100スコーンの領土は、姫巫女たちが土着した後に、その地から上がる租税によって封建領主として立つための、最低限の保証となるべきものなのだ。…ここに8人目の『託宣の姫巫女』としてカグファ殿下がお立ちになると宣言したのだから、天朝国(ハインセット)と日本国との間に結ばれた約定に従い、この地にも『租界』なる土地が与えられてしかるべきではないか。ゆえに必要なのは土地への同化ではなく、周辺諸侯に対しての毅然とした土地の領有宣言なのだ」

「………」

「むろん土地を現有する既存勢力が反抗を試みることもあるだろう。宗家のフィフィ様らがそれを簡単になしえたのはあの王母船の圧倒的戦力があってのことであり、日本国をねじ伏せるは容易きことであったろう。…比するに、わがルプルン王家は『小宮船』もなく同行の騎士団戦力も乏しい。いましばらくは勢力拡大に注力し、現有戦力の充実を待って、堂々と領有宣言をするのが殿下とわたしの当面の目論見であったのだ」

「なのじゃ」


いちおう、ルプルン家としての戦略的な考えはあったようである。

『七つ髑髏(セブンスカル)』の不良どもを取り込んだのも、そのあたりの発想が根幹にあったからだろう。

が、まあしかし、だ。

この町で天朝国(ハインセット)人のいちグループが、密かに根拠地作りをしていたのが白日のもとにさらされてしまったわけだ。その原因の一端を担ってしまった自覚のある冬夜にも、責任のいくばくかはあったろう。彼が実験動物にさらわれそうになったのを阻止するために、ヘラツィーダはしかたなく事件への介入を選択したわけで、あのとき2階でガムを噛みながら見物を決め込んでいたのも、どうやら状況を見極めようとしてのことだったらしい。


「…どうも、ご迷惑をおかけしました」


素直におのれの過失を認めた冬夜に、ヘラツィーダが「わかればいいのだ」とその件についてはあっさりと流してくれた。カグファ王女も特に怒ったふうもなく、この主従、意外に器が大きい。


「…それでは地元の警察や自治体に対しての対応は」

「領有宣言を出して、戦うしかあるまい」

「この地域の武力勢力であるその『警察』というところをデモンストレーションとして叩き潰し、その威圧をもって土地の行政府に談判に行く、というのはどうじゃ」

「………」

「警察とか言うのも、さっき見ていたがまっことたいしたことがないのう! 豆鉄砲を撃つことしか能のない、ゴミみたいな《思惟力()》しか持たん連中などおそるるに足らん。ヘラ一人だけでもあっさり片付けられようが、おまえたちも含めた全力で行けばたぶん楽勝じゃ」

「それではいまからでもさっそく…」

「ちょっ、たんま! ストップ! ストップ!」


いきなり警察署にカチコミとか、やめてほんと。

胸の動悸を気にしつつ、冬夜は茶の間の出口をふさぐように膝でにじり動く。「ほう、邪魔するか」じゃないです。脅したってどかないですからね絶対!


「地方の警察署なんか警察組織のただの末端です! 全国に警官が何人いると思ってるんですか! 20万人以上いるんですよ! それに領有宣言とか市役所じゃ受け付けてませんし、市長さんだってそんなこと受諾する権利なんかありません!」

「ならばどこと話をすればいいのだ」

「知りませんがたぶん『国』なんじゃないですか」

「じゃああの『コッカイギジドー』とかいうところに行けばいいんだな」

「そんな近所のスーパーに行くみたいに手軽に言わないでください。それにあそこはただ会議してるだけで……こういうのは外務省だっけ?」


冬夜が目を向けたのは現住民仲間の熊吉たちであったが……ちっ、目を逸らしやがったよこいつら。ぼくのメイドコス見て身もだえしてるくせに、「姉さんの目力ハンパねえ」とか目線も合わせられない軟弱者め!

まあともかく。

領有云々は置いておくとしても、とにもかくにも大騒ぎになっているであろう地元を鎮めるためには、所轄警察署と役所のひとと迅速に協力体制を築かないといけないと言うことだけは冬夜のなかに確信としてあった。

ルプルン家内の緊急会議は、かくして深夜遅くまで躍り続けるのであった。


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