032 駄菓子屋ァ!
「…宇宙人が」
「ど、土下座したぞ…」
信じられない光景を目にして、ざわめく野次馬たちと、そのまなざしの先にいる勝者であるどこからどう見てもただの一般人である少年たち。
平伏する蛙人を取り囲むように、最終的には十数人の少年たちが姿を現して、まるで護衛のようにメガネの少年の背後に居並んだ。その構図からして誰の目にも『メガネ少年』がこの場の主役であることは歴然であった。
「こいつ何言ってんのか分かんねえっスね」
「…『旅行者』はテレパスで会話を成立させるって聞いてるよ。あなたはぼくたちの会話、理解できていますよね?」
しゃがみこんで話しかける冬夜の背後を守るように、護衛たちが油断のない目を周囲に投げ始める。国連の不良職員が接待していた宇宙人がひとりだけとはだれも言ってはいない。その警戒は妥当であったが、そうした作業に慣れた警察関係者ならばいざ知らず、誰の目からもその少年たちは軍隊のように恐ろしく統率された集団に映った。
冬夜の投げかけに、蛙人の応答が返ってきた。
『…ほんと、出来心だったんでゲス。もうこの星の住人には絶対に係わらないんで勘弁してほしいでゲス』
「あのさあ、謝って許されるならなんでもOKになっちゃうよね? こっちは少し間違えば大事な人たちに死人が出たかもしれないのに。加害者のあなたがそれと釣り合う罰を受けて、初めて公平になるんじゃないかな」
『天朝国治安当局に保護を求めるでゲス。この星の『旅行者』に管理義務を負う天朝国当局を呼んでほしいでゲス』
「…都合が悪いと自分の権利ばかり主張しますか……そういうのは地球人犯罪者と変わんないですね」
冬夜はじっと睨みつけてからため息をつく。
そうしてちらりと『中がわら』の被害状況を見て、言葉に力を込めた。
「破壊した店の修繕費と、店主たちに負わせた傷害に対する慰謝料、営業妨害に対する迷惑料、それらを弁済してからですね、引き渡しは」
『…ロンガン鋼のストックで支払うでゲス』
「ロンガン…?」
「中央星団で高額取引される希少鉱物のことよ。この星で言う『金』みたいなものね」
「…ッ」
突然会話に割り込んできた女性の声に、冬夜は身を投げるように転がってほとんど条件反射のように距離をとった。
大賀健太を含め、誰も警戒の声など上げなかった。完全に不意を突かれたのだ。
「…そんな警戒しなくたって。その気があればもう『終わって』るって」
「…誰ですか」
半腰のまま見上げれば、そこには燃えるような赤い髪を後ろに流した、鎧姿の褐色美女が立っていた。その街の風景とは恐ろしくミスマッチな格好で、すぐさま彼女が天朝国人だということが分かった。
「あたしの名はアーデル。《掌珠》12卿がひとり。…呼ばれてきたんだが、もう騒ぎが収まっているとは意外だった。…それで改めて聞くが」
髪の色と補色になるエメラルドグリーンの瞳が、精気の輝きにまたたいた。
「…そこの不良『旅行者』をたやすく制圧して見せたっていうあんたは何者なんだ? 原住民に見えるが、あんたの『存在』の在り方が我々に酷似しているのはなんでだ。わが母種に近しい種族がこのような辺境の惑星に、任務以外で出向くなどおよそ想像もできないんだが」
「…ぼくはれっきとした地球人ですが」
「…世界樹の第8階梯にあるウルップ人を下す第一階梯の地球種がいるとは寡聞にして聞かないが」
「………」
黙り込んだ冬夜に鼻がくっつくほど顔を近づけて、「なんだこの邪魔な補正具は」とメガネを取ろうとしてので、思わずその手を払いのけた。
少し驚いたふうな相手を見つめながら、じりじりと間合いを取るように後退する。冬夜の後ろに元『七つ髑髏』の面々が控えているように、アーデルと名乗った騎士の背後にも、同様に5人の騎士が並んでいる。その浮世離れした美形騎士たちが、アーデルの手を払いのけた冬夜に明らかに戦意を高めた。
が、それをアーデルが手で制する。
「そこのウルップ人を保護する。連行しろ」
「はっ」
ほとんど事務作業的に蛙人を捕縛した騎士たちであったが、まだ『中がわら』の補償問題を解決していない冬夜は慌てて噛み付いた。
「待って! まだそいつとはお店の弁償の話が終わってない!」
「その件についてはこちらで処理する。ロンガン鋼の現地通貨への換金は我々にしかできないからな。現地通貨で……この被害程度なら、500万というところでいいだろう」
「弁償してもらえる保証は」
「《掌珠》12卿の名にかけて」
「うちの弁償分もあるんだけど」
冬夜は不満げに、おのれの家である七瀬商店のほうを指さした。
商店街の店舗はほとんど密着するように建てられている。お隣の『中がわら』店内をめちゃめちゃにした衝撃波が届かないはずもなく、シャッター脇の入り口のドアが外れて開いてしまっている奥で、土壁が一部崩れてしまっているのが見えた。
アーデルはそちらのほうの被害を確認し、
「こっちがあんたの家か。何かの店舗のようだが」
「いちおう駄菓子屋です」
「ダガシヤか」
「安いお菓子、駄・菓・子・屋です」
「すまないな。まだ現地語には慣れてなくてな。…まあそんなことはいまは重要な問題ではないのだが……あんたにも同道願おうか。第一階梯と思われていた地球種の珍しいサンプルになりそうだ」
「…えっ」
「そこの顔の細長いオールバックも天然にしては高そうだ。そいつも確保しろ」
「はっ!」
「ちょっ、待って…」
《思惟力》を旺盛に溢れさせ始めた3人の騎士たちが隊列を組んで迫ってくる。いくら王女に魔改造を受けたとて、本物の天朝国人騎士に及ぶとは思われない。
さっきまでの無双状態が、あっという間にひっくり返って、保健所員に追い込まれる哀れな野良犬のような状況が発生する。
無辜の一般人が、宇宙人に拉致されようとしているというのに、守るべき警官たちはただ呆然とするばかりである。目で訴えても顔をそらされてしまう。
えっ、なんなのこの展開。
ちょっ、誰か!
拉致されるのは自分だけでない。大賀健太も暴れているが、髪をふり乱したその抵抗も騎士たちには何ら痛痒もないらしい。冬夜もまた手を掴まれかかって、そして反射的に抵抗した。
このまま連れ去られたら、実験動物にされるような気がしたからだ。
おとなしく死を待つよりは、全力で抵抗する。幸いなことにうちの2階では、同じ天朝国人の王女主従がフーセンガムをくちゃくちゃとやっている。…って、おい! おまえらどんだけ仕事しねえんだよ!
冬夜の高位把握野は最善の対処法を考え続けている。たしかヘラツィーダさんが言っていた、「平騎士並」という評価が正しいのならば、いま彼が持つ140という《思惟力》の数値は、かれら天朝国の一般騎士並である、と推測される。ならば単純な力比べでは、彼ら一人ぐらいならば相手にできるということである。
相手の手を払いのけながら一歩後退し、そこに掴み掛かってくる相手の膝裏を狙って《重力子》魔法を叩きつける。そうしてバランスを崩したところで健太お得意の主観魔法パンチで腹を打ち抜く。
想定よりも膝裏にぶつけた《重力子》魔法の効きが悪かったものの(おそらく無意識の『シールド』で減衰した模様)、わずかによろめいて、気を散らした騎士の腹に、渾身のパンチをえぐるように放った。
どんっ、と。
手加減なしの主観魔法パンチである。もしかしたら岩をも砕く威力があったはずなのに、攻撃した騎士は一歩たたらを踏んだだけで、倒れることさえなかった。しかしダメージはあったようで動きの止まったその騎士から逃れた冬夜であったが……その鼻先に《掌珠》12卿アーデルの剣の切っ先が突き付けられていた。
こちらを見て怖い笑みを浮かべているアーデルに恐れをなして、冬夜はただ後退する。それを面白そうにアーデルが追う。そして逃げ道がなくなり、冬夜が七瀬商店のシャッターを背に追い詰められたそのとき。
「…そこまでにしてもらおう」
上から剣を叩きつけるように飛び降りてきた人影。
遅れてやってきた金髪が冬夜の鼻先にふわりと舞い降りる。
「…きさまは!」
「ここはわがルプルン家が根を張ると決めた地。この界隈はルプルン家第一王女カグファ様のしろしめすところであり、何人たりともその権威を侵すことを許さぬ」
「…『斜陽姫』の騎士」
「ルブルン家近衛騎士対隊長、ヘラツィーダだ。『託宣の姫巫女』の小宮周辺100スコーンは習わしにより絶対王土。同じ姫巫女に仕える騎士であるならば、その非礼を弁えて疾く立ち去るがいい」
「…ではそこの地球種は」
「その者たちはすでにルプルンが現地家臣。…勝手に持ち帰ろうなどとするなよ」
「そうじゃ! 帰れ帰れぇ!」
2階からカグファ王女が茶々を入れる。
『斜陽姫』を目にしたアーデルは、すうっと目を細めて、いろいろな感情を即座に胸の中に押し込めたようだった。彼女の目配せで、手傷を負った仲間を抱えて騎士たちが撤収を開始する。
アーデルはヘラツィーダを見、そしてその後ろにいる冬夜を見る。
「なんとも趣のある『小宮』ですな、姫巫女殿下。…この借りはいずれ返させてもらうぞヘラツィーダ卿!」
「望むところだ」
「そこの地球種! …『駄菓子屋』とか言ったか! いずれあんたの味見もさせてもらうぞ! せいぜい腕を磨いておけよ駄菓子屋ァ!」
以後天朝国人たちから、冬夜は『駄菓子屋』のコードネームで呼ばれることとなる。
蛇足だが、このあと《掌珠》12卿周辺で「駄菓子とは何ぞや」という好奇心から、珍奇な商品が取り寄せられ駄菓子ブームが起こったようである。
人気はヨグー〇とビッ〇カツが人気を二分したという。