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 ss 幼馴染の焦り






寝耳に水の話だった。

何の前触れもなかっただけに、クラスメイトたちはその話に騒然として、『飛び級』する当人と付随する来歴について夢中で噂し合った。

学校に『飛び級』が発生した。

《グレートリセット》以降の激変した中学の教育課程において、国の指導に従って『飛び級』の制度が強化されていた。それは単に学年をショートカットする、という意味合いにはとどまらず、『魔法の資質』という分かりやすい特殊能力に学校側が公的に太鼓判を押すことでもあった。

才能ある人材は、速やかに選別され、あるべきところへと適切に吸い上げられる。そうした昨今の世の雰囲気が、『飛び級』した生徒への多大な羨望と嫉妬、抜け駆けされることへの焦りとなって置き去りにされる者たちをおののかせる。


(…冬夜が……なんで?)


噂は学校中に瞬く間に広がって、その日の午後の実技授業が始まるころには、おそらく知らない者など皆無な状況になっていた。

校庭でいつものように実技授業が始まった3年C組であったが、始まってしばらくして体育館のほうからうわあっとどよめきが上がったのを皆が耳にした。

手を止めてそちらのほうを見たクラスメイトの里美っちが「もしかして」と言い、「2年の子なんでしょ」と呆然としたように立ち尽くすわたしを肘で小突いてきた。

そうして体育館のほうから、3年の実技指導である小倉先生がひとりの男子生徒を伴って校庭へと出てきた。

3年生たちが見つめる先を、わたしの良く見知った少年が歩いていく。


「あれが(なか)ガーの幼馴染なんでしょ」


中ガーは、里美っちのつけたわたしのあだ名である。

校長室に呼ばれたりとか、生徒会長に目を付けられたりとか、こうなる前兆のようなものがあったのはたしかである。なにより公園で不良グループを叩きのめしたあの子の背中を見たときに、なんとなくこうなるような気がしていたのだけれども。

小倉先生が冬夜を連れて行ったのは、やはりというかA組だった。

いるだけで勝ち組とか言われている、進級時の上位30人が入ったトップグループのクラスである。

そこで小倉先生が、冬夜の『飛び級』と、なにやら訓示めいたことを口にするのを、他のクラスもそのときばかりは静かになって聞いていた。

そしてしばらくもしないうちに、見学していた冬夜が数人に声を掛けられて、護身術の訓練のような対人戦を行う流れになったようだった。

むろんその様子を眺めている子達がC組にも多い。わたしは体操着の裾をぎゅっと握って、1対1からついには1対3の乱戦になったその対人戦を見つめていた。いくら強いからって上級生が3人がかりとか卑怯じゃないのかしら!

そうして遠目にも強力と分かる、空気を叩くような《ショックガン魔法》の衝撃音と、A組の喚声、同級生になった生徒会長たちの声援までもが聞こえて、心が千々に乱れた。


(やばい…)


やばい、やばい、やばい、マジやばい…。

皆が知ってしまった。

皆に知られてしまった。

わたしだけの秘密だったのに。あんな小さいのにわたしをお姫様抱っこするぐらいに強くて力があることは、誰にも知られたくなかったのに。

もしもここであのメガネまで取られてしまったら……あの超絶の美少年っぷりまで露見した日には、目も当てられなくなるに違いない。そうなったら壮絶な取り合いになって、ただ幼馴染というだけの地味子に勝ち目など寸毫もなくなってしまうだろう。

やばい、どうしよう、こんな波乱いらない。

やばすぎて吐き気がしてきた。


(なか)ガー、ちょっと大丈夫?」

「…平気」


腰砕けに座り込みながらも見つめるA組のほうで、そのとき対人戦の決着もついたのが分かった。

むろん最後まで立っていたのはあの子だった。

何が起こったのか分からないというようにしんとしていたA組が、どっと騒ぎに包まれる。近くで見られなかったのは残念であったけれども、あの子が強くてかっこいいのはもう知っている。幼馴染な分だけ、あの子のことはわたしのほうがもっとたくさん知っている。大丈夫よ砂姫、あんたまだ勝ってるよ。まだアドバンテージはあるから!

A組の女子どもがあの子の方に集まってくる。そのなかに生徒会長が混ざっていることに激しく苛立ってくる。


「中ガー……その、ガンバ」


里美っちの戸惑いめな励ましが心に沁みた。



***



「…なんでそんなに離れてるの?」

「あー、その、…別に」


帰り道、電車の中でも道端でも、なんとなく距離を置いてしまった。首を傾げる小柄なメガネくんに、胸の奥が疼く。

隠された才能という外堀が埋められつつあるいま、あの鉄壁のビン底メガネまで手放したとしたなら……この幼馴染の価値は再鑑定されて、自分の手が届かないリア充世界に羽ばたいて行ってしまうだろう。その確信に少しだけ気圧されてしまう。

そうして地元の商店街までたどり着き、同じ学校の生徒の目がようやくなくなったことでほっとしたのだけれども……それでも一度取ってしまった距離を詰めることができない。普通に今日の朝までは、予定調和的にカップリング成立を期待できてしまうほどに、ただのお隣の男の子だったのに。

まずいわー。

この距離感はまずいわー。

何か抜本的に対策を講じないと、鉄板のオネショタの理想的な構図が崩れ去ってしまう。オネショタはあくまで、初期段階は『オネ』のほうが精神的に優位にいなくてはならない。経験不足の自信のない年下を、経験豊かなお姉さんが手取り足取りという『入り』が不可欠なのだ。


「ねえ、砂姫姉」


このままこの子を放置しておくと、まわりに群がってくる肉食系どものせいで、いながらにして人生の経験値を稼がせてしまう。ひとつ年上というだけの地味子が足踏みしている間に、レベルアップのファンファーレを鳴らし続けていくことだろう。それはまずい。

ならばどうすればいいのか。

綺麗であるわけでも才能があるわけでもない地味子が下手にあがいても、経験アップのスピードは上回れない。ならば必然的に、この子に足踏みを強制させるしかない。いやもう一歩踏み込んで、『堕ちて』もらったほうがいいのではなかろうかとさえ思う。男としての自信を喪失してしまうようなイベントをお膳立てできれば、あるいはもしかしたら。

自信を失った美少年というのは、BL的には悪魔のささやきひとつでコロリと行くチョロインに他ならない。なにその素敵展開。


「砂姫姉ったら!」

「…っ! ちょっ、わき腹はマジやめて……変な声出るから」


脇腹を突く指を捉えて握り締める。

ようやく触れ合った肌を感じて少し嬉しくなっていると、冬夜が行く手を指差してあわあわとしている。

なにごとかとそちらの方を見て、そしてわたしはぎょっとした。


「砂姫姉の家が……『中がわら』なんかすごいことになってるよ」


商店街の通りが野次馬の人垣で通行止めになっていた。

それもいままさに現在進行形で、野次馬の数が膨れ上がり始めている。騒ぎに町内の住人たちが駆けつけているのだ。

その人だかりの向うにあるのが、うちの家だった。


「なんかアレみたいよ」

「ひえー、こんな辺鄙な商店街なんかに!」


顔見知りの近所のおばさんたちが喋ってるのに会釈しつつ、人垣を掻き分けていく。

するとそこに見えてきたのは、道路を封鎖して立ちん棒をしている警官たち。その後ろには事件現場とかでよく見る黄色いテープ。見るからに立ち入り禁止だった。

この先に自分の家があることを説明して中に入れてもらおうとしても、警官はダメだダメだと繰り返すばかり。見れば機動隊みたいなシールドを構えた人たちが、あろうことか我が家……『中がわら』を中心にして突入の構えをみせているところであった。


「あの……うちの店に……何があったんですか」

「あれは君の家か……運が悪かったな」


そうしてわたしの目の前で。

店の通りに面したガラスがすごい音を立てて飛び散った。野次馬のおばさんたちから短い悲鳴が上がった。身がすくんだ。


「通報では『来客』と些細なことで揉めたそうだ」


立ちん棒だった警官たちも腰の拳銃に手を添えながら構えに入る。

そのひとりが説明してくれる。


「…どういうことですか」

「さる国の国連職員が、非常に安い店があると『客人』を連れてやってきたそうだ……きみのお店は、その、『安い』のかい?」

「…いたって普通ですけど……少し前に国連関係っぽい人に、5000円のを1000円で持ち逃げされたことはありましたけど」

「…ああ、それだ」


話をしていた警官が、苦々しそうにつぶやいた。


「『客人』って、まさか…」

「その『まさか』さ」


そのとき店のほうで、転がるように飛び出してきた人の姿があった。

よく日に焼けた、アフリカ系の外国人たちだった。

そのあとから続いて出てきた、両腕にいくつも菓子箱を抱えた、緑色の蛙みたいな異形の人影。

間違いない。

ここ日本において、天朝国(ハインセット)人に次いで厄介と言われている、それは紛れもない宇宙人の姿であった。


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