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 ss 明日奈の観察日記①






「…ねえ、勝つと思う?」


なんとなく、そんなことを漏らしていた。

わたしの肩にあごを乗せるようにしていた(るい)が少しきょとんとしたあと、あははと軽く笑った。


「あの3人が、ちゃんと連携が取れてたらねえ……あいつらバカだし」

「連携取れてたら、3人が勝つの?」

「だって数値も僅差なんでしょ? さすがに3人がうまくやれば…って、会長、まさかあいつそんなにヤるんですか?」

「あの子……なんだか『違う』気がするのよねえ…」


それから口をつぐんで観察モードに入ったわたしに、瑠もつられたように勝負に注目する。「いじめはダメだって先生が…」その後ろで琴乃がはわはわしている。

すっと息を詰め、七瀬冬夜というひとつ下の男の子の背中を見る。

小柄で細くて、肌が白いことも間近で見て知っている。髪型と口調、それにあの洒落っ気も何もないビン底メガネさえなければ、女の子だといわれても納得してしまいそうな後姿である。

なにより身だしなみがいい。いい匂いをさせている男子というのはそれなりにいるのだけれども、それは背伸びしてる感じの子が不相応な香水をつけている場合であって、あんなシャンプーみたいな柔らかい系でいい匂いをさせている子はめったにいない。午後の2時を過ぎたこの時点で、シャワー浴びたてみたいな匂いの子はたぶん女子にだっていない。

わたしは黙って、目に力を込めさせる。

誰にも言ったことはないけれど、こうすると力のある人がうっすらと光って見えることがある。調べると、かなりまれな『症例』として、そういう症状を訴える人がいるのだという。


霊波錯視(キルリアン)症》


というものらしい。

重度なものになると視神経が過負荷を起こして錯乱するため、《グレートリセット》で新たに生まれた精神疾患と捉えられている。使いすぎると癖になり、重度化していくとあるので、使うのはなるべく避けてはいるのだけれども。

たまに好奇心に抗えないときもある。


(…あの子、何か隠してるのは分かるのよねえ)


ぺろりと唇を湿す。

魔法の才能、《思惟力(インテンション)》に恵まれて生まれたからなのかもしれない。わたしは《グレートリセット》で世界が一変して以降、我が身に起こった神秘的な変化に関心を抱かずにはいられない。

由解家は町の旧家である。プライドの塊である父は、娘の優れた資質を『古い血』のためだと言ってはばからない。たしかに由解家の祖先をたどると、ウソかホントか陰陽師の家系にぶら下がっていることが分かった。

旧家の血?

それともただの偶然?

ここにいる学年トップの由解明日奈という人間が出来上がった理由、それを客観的に知るためには他の『優秀な才能』をたくさんサンプリングしてみればいい。その来歴を調べれば見えてくるものがあるはずである。

そうして、人々が薄らぼんやりと光る世界がやってきた。

わたしは固唾をのんで、七瀬冬夜という少年を見た。


(…ッッ!!)


一瞬の強い光に眼底を焼かれて、わたしは思わずぎゅっと目を瞑った。痛みさえ感じそうな閃光だった。

いまだかつて見たこともないその強烈な光に、わたしはなにか、太陽光の乱反射でも目に入れてしまったのではないかと思った。金属やガラスが強く照り返すアレだ。

ややして衝撃が収まってきて、薄目を開けた。

そこにはもう強い光などはなく、いつもの薄らぼんやりした、人々がオーラをまとったような世界であった。

あの光はなんだったんだろう。疑問には思うのだけれども、たまたまの偶然、自然光を見てしまったのだと割り切って、観察を開始する。

思惟力(インテンション)》10.5というのは本当なのだろう。3人の男子たちと比べてもわずかに明るいぐらいでそれほどの差異はない。

と、そこに。

七瀬冬夜の額の辺りに、ぼんやりと明るい光が浮かび上がる。


(……?)


魔法を操ろうとしているとき、たいていの人は額の辺りに強い光を宿す。人間の思考能力の発生源が脳髄であるのだから、《思惟力(インテンション)》の強く発現する場所がそこなのは理解しやすい。

額の光がもやもやと伸びて、影響を及ぼしたい対象にそれが届いたとき、魔法は発動する。わたしはそれを『見えざる意思の手』と呼んでいる。魔法の成り立ちの本質的なところを見ているという確信、より深いところに及んでいると思うおのれの理解が、由解明日奈に同世代の誰よりもアドバンテージを与えていた。

3人の男子は、だいたい《思惟力(インテンション)》8~9の子で、どうやら揃って《ショックガン魔法》を準備しているようだ。

学校が《電気系魔法》の適性を引き出すことを優先している経緯はあるものの、こと対人戦において、相手を無力化する効率を考えると誰しも最初は《電気系魔法》に偏重することになる。乾電池ひとつ程度の出力で相手を行動不能に陥らせられる省エネ性が、《ショックガン魔法》の最大の有用性であるだろう。

ただし、その《ショックガン魔法》の使い方に個性が現れている。

キリンとあだ名されている背のひょろ長い新井くんは、そのリーチを生かして手刀のように伸ばした指先に《電磁力(フォトン)》を集めている。

テントウムシみたいな髪型をした小柄の斉藤くんは、リーチ不足を補うためか足のほうに集めている。

そして最後の野々村くんは、先生に授業中は使うなといわれている仕込道具で不意討ちのタイミングを計っている。かなり難易度の高い技術で、親指で挟み込んだ鋼線ワイヤーつきの鉄球を相手に投げつけ、相手に接触した瞬間に合わせてそれに《ショックガン魔法》を通すものだ。もちろん有効な間合いとかシビアなタイミングとか、失敗する要素は目白押しである。


「見てるだけじゃつまんないでしょー? やろーよ」


わたしはちらりと先生の方を見た。

小倉先生はむろんこの成り行きに気付いているようだったけれども、まずは静観する構えだ。基本、生徒同士を競わせることに肯定的な先生なので、こうした突然の飛び級下級生への腕試し行為も、言葉にはしないものの織り込んでいたのだろう。

3人も先生のそうした性格は知っているので、そちらをチラ見してから態度をあからさまにした。すでにやる気満々だ。

そこでわたしは七瀬冬夜をふたたび観察する。

そしてそのとき、思わず声を上げそうになった。


(…なに、あれ)


わたしの《霊波錯視(キルリアン)症》が作り出したオーラ光の世界で、また強い光が生まれたのだ。その光はやはり七瀬くんの額の辺りに発生して……もはや顔が分からないほどにまぶしく輝いていた。

そして右手の甲のあたりに、《絶縁魔法》に良く似た膜状の光が形成されたのを見る。《絶縁魔法》は高校から正式に習う《ショックガン魔法》の感電避けの副次術技である。高校受験を控えた3年生ともなると、そうした技術をどこからともなく見聞きしてくるので、ほとんど周知の術技ではあるのだけれども。

ともかく。

それを七瀬くんは、電気とは関係なく単体で展開しているようである。

《絶縁魔法》はポピュラーな《ショックガン魔法》と完全なセットであり、確固たる理論をもとに成り立っているように思われがちなのだけれども、実際のところ感電したくないという術者の願望を元に顕現する出所不明な魔法作用であり、国の研究機関とかがその解明に当たっている、地球人類にとってはグレーゾーンの術技である。

思惟力(インテンション)》の主観的な作用、と仮に称されているに過ぎない謎の多いその術技を、彼は選択的に、明確に展開しているのだ。

しかもそれは感電防護というレベルを逸脱して、まるで西洋剣闘士の丸盾のように30センチ角ほどの大きさをみせている。しかも数値10.5とはとうてい思われない強い光を示して。

そしてもう片方の左手には、普通に《ショックガン魔法》を準備している。こちらはごく普通な、10.5といわれて納得してしまいそうな質のものである。それ単体ならば驚くには値しないのだけれども、彼は驚くことに、《ショックガン魔法》と不可解な《絶縁魔法》のふたつを同時に、あまりにあっさりと展開しているのだ。

術技の多重発動は、《思惟力(インテンション)》の豊かな人間が、しっかりした訓練を経てようやく身に着けるものである。高校レベルなど飛び越えて、いっそ大学レベルの技術であるといえよう。


「七瀬くん、がんばれー」


瑠の声に我に返る。

すでに対決は始まっていた。

どうやら上級生としてのプライドだけはあったようで、3人の男子はひとりずつ相手するようだった。

あの《絶縁魔法》はなんなのだろう。どのように使うつもりなのだろう。疑問への回答を得ようとわたしは食い入るように見つめるのだけれども、七瀬くんの身体能力が予想以上に高く、相手の攻撃をあっさりとかわしていってしまう。さすがメガネマン。

みればクラスメイトも、指導する小倉先生も見学を始めている。七瀬くんの秘めた力量がどれほどのものなのか、見てみたかったのだろう。

あまりに簡単にかわされ続けるので、焦った3人がなし崩しに全員参加となった。それでも鈍くさい3人には七瀬くんを捉えられない。

《絶縁魔法》の用途を知りたくてじりじりとしていたわたしは、思わずキーマンである野々村くんに手振りで指図してしまった。七瀬くんを捉えられる可能性は、彼の隠した仕込道具、『テイザーショット』しかないでしょうが。

そしてわたしの指図に驚いた野々村くんが、慌てて『テイザーショット』を放った。

きたきたきた!

ガン見するわたしの目の前で、放たれた鉄球が七瀬くんに迫った瞬間……突然なにか見えない壁にでも阻まれたように、鉄球が角度を変えて弾かれた。

誰にもその原因は分からない。

ただわたしだけがその正体を見た。


(ほんとに盾だし!)


その《絶縁魔法》は、物理さえも弾き飛ばす強固な盾で間違いはなかった。


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