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 ss その頃の天朝国人たちは






その青い星を、原住民たちは『地球』と呼んだ。


「…美しい星だ」


大気の組成により玄妙な深さを見せる空の青と、砂浜に打ち寄せ続ける泡立つ水面……地表面積の過半を占める『海』と呼ばれる塩水だまりである。

岩がちな岸辺の一部に発見した砂浜は、素足で踏みしめるだけで心地よい。


「愚鈍な原住民たちには苦労させられるが、この奇跡的な調和が作り出した美しい惑星環境を守り残すためだけでも、われわれが骨を折る価値があるというものだな」

「わたしはこの青い宝石のような星をひと目見たときから、しかと守るべく誓いを新たにしたわね」


そこは下田沖のはるか南海、日本最南端に限りなく近い島。

租借地の枠組みに強引にねじ込まれたその孤島は現在、天朝国(ハインセット)人たちの愛してやまないプライベートリゾートとなっていた。

日本から取り寄せた白い樹脂製の寝椅子に肌をさらけ出してくつろぐ。

ここまで豊富に水を湛えた星は、この砂浜の砂粒から砂金を見つけるに等しい貴重さだろう。託宣の災厄がその通りに起これば、このすばらしい景色がなぎ払われ、火星と呼ばれる無人惑星のように赤茶けた大地だけが残ると推定される。


「…『託宣の姫巫女』が降嫁(こうか)されたことで、この星系にも『やつら』の侵入が激しくなりだした。のんびりとしていられるのも今のうちだけなのかも知れんな」

「そういえば第一大陸の沿岸部に現れた『対象』が《教団》の4等尖兵と確認されたみたいなのよー。『遼東国』とかいうところの主要都市がひとつ消し飛んだみたい。ヨルグ卿が隊を率いて向ってるのよー」

「ユマ卿、そのオイルを塗ってくれないか」

「はいなのよー」


砂浜の一角は、暗黙の裡にフィフィ王女の近衛騎士隊、《掌珠(アーグ)》12卿の専用スペースとなっている。


「…その遼東国とかいうところに現れた『対象』の観測結果は、もう出ているのか? …ああ、そこ気持ちいい」

「アーデル卿もフォールちゃんの『詳報』を見たほうがいいのよー。このままおっぱいも塗っちゃう? 日焼け止めなんか塗るまでもなくアーデル卿はもともとこんがりさんなのだけどー」

「この肌はあたしの種族特性さ。焼けるともっと色がつく」

「アーデル卿、くつろぐのもいいがあまり肌を露出させぬことだ。発情を誘発されるとわたしがあまりくつろげなくなる」

「セルベル、あんたあんまり『高嶺の花』にこだわってると欲求不満でそのうち死んじまうよ? なんならあたしがあとで処理してやろうか。子作りはちょっと勘弁だけど」

「フィ、フィフィ殿下のことは、その、誤解だぞ。…だいたいだな、若い女がそんなお気軽に処理してやるとか子作りとか口にするのは間違っているぞ。恥じらいを持ちたまえ」

「あんなもの、ただの運動(スポーツ)のひとつだろ」

「アーデル卿のおっぱい、とってもおっきくてやーらかやーらかなのー」

「………」


寝椅子に並んでいるのは3人。

赤髪の褐色美女、アーデル卿(《掌珠(アーグ)》12卿の一人/序列8位)と、赤面してそっぽを向くセルベル卿(同/序列10位)、そしてアーデルにオイルサービスをしているユマ卿(同/序列11位)……薄桃色のツインテ少女である。


「ユマ、その『詳報』で、『対象』の脅威度はどのくらいなんだ」

「えーっとねー、たしか《思惟力()》の推定量が180なのー」

「たしかに『4等級』相当だな。ピンで乗り込んでくるんだ、そのくらいの力量はないときついだろうなー。…まあヨルグの敵じゃないだろうケド。あの筋肉達磨、伊達に序列7位を張ってるわけじゃねーからなー」

「ふん、現地撹乱だけの尖兵ごときにわれらが遅れを取るわけがあるまい」

「必要以上にぼこって、筋肉達磨のほうが被害を大きくしたりしてな! あいつヤリ出すとすぐに見境がなくなるし! そうなったらウケる!」


ぶひゃひゃっと、あまり女性らしくない豪快な笑いを吐き出して、アーデルはいきなり寝そべっていた身体を持ち上げた。半乗りになっていた小柄なユマがきゃふんと転がり落ちる。

モロ出しになった胸を見て慌ててそっぽを向くセルベルに、いたずらっぽくアーデルがにやける。


「1匹みたら30匹はいると思え、って母上もおっしゃっておられたからな、たぶんもうそのぐらいは各地に潜伏してるんだろうさ。しかし『原理主義者』ってのはいつまでこんな不毛な邪魔ばかりするんだろうな。大神の意志の赴くままに宇宙は生まれ失われる……その原理を崩す『鼎の王』と『託宣の姫巫女』は神への背信者、とんでもない極悪人ってか?」

「狂信者の思い込みなどどうでもいい。ただわれらは縁もゆかりもない路傍の未開種族を、その身を挺して救わんとする『託宣の姫巫女』の御覚悟に殉ずるもの。敬愛すべきフィフィ王女殿下を身命を賭してお守りすることがわれらの唯一にして真なる役目なのだ。何を惑うことがあろうか」

「貴様の単純さは、たまにうらやましくなる」

「単純なのー」

「おい、わたしは単純などでは…」


立ち上がったアーデルがなおもトップレスのままであることに、素直に反応してしまうセルベル。顔をうつむかせたままでいる彼の反駁は、そのまま言い負けたような印象を確定させてしまう。


「やつらの目的は託宣による救済成就を妨害することだ。《思惟力()》の不足を誘発する現地民の間引き……直接の虐殺や生命維持環境の壊乱をやつらは好むが、『託宣の姫巫女』そのものを狙ったケースもかつてあったと聞いている。…ならばやつらがわれらと関係の深い勢力、ここ日本国にも尖兵の浸透を図るだろうことは明々白々。すでに侵入を許しているようならば、これからなかなか面白いことになりそうだ」


アーデルはくつくつと笑いながら、すっかりとぬるくなったボトルの水を呷った。

そうしてまとめてあった荷物を一瞥するなり、目に見えぬ小人たちによる着替えが始まった。飛んでくる服がするするとその身にまとわれていく。

むろん高位把握野(ハイクルーフ)による精密な《重力子()》制御魔法によるものである。


「現地時間で3年もかかってようやく《思惟力()》の高まりが見え始めたこの国の住人を、むげに殺させてやるわけにはいくまい。そろそろ待つだけでなく、狩り出しに行くべき頃合いなのかもしれん……ユマ」

「はいなのー」

「姫様たちが降嫁なされて以降の、分家衆とその眷属、出入りの商人までの出入記録確認と、在留者たちの所在確認をする。フォールがまとめているだろうから、そのデータを出すように頼んで来い」

「それじゃ、フォールちゃんのとこに行ってきますのー」


ツインテ少女もぴょんぴょん飛び跳ねて、アーデルの周りをぐるりしてから、ワンピース水着のまま軽快に砂浜を駆け去っていく。

孤島にはいくつかのコテージ風の別荘が散在している。日本政府が揉み手しながら用意したすべてが新築の物件であり、天朝国(ハインセット)人たちのための福利厚生施設でもあった。

去っていくアーデルとユマ、そして二人と入れ替わるように、新たな人影がビーチへとやってくる。すれ違う時に軽く手であいさつをしている。


「セルベル卿、今日も気持ち良い天気ですねえ」


ゆるくウェーブする長い髪を揺らしながら、長い睫毛が密生する潤んだ瞳を細める、完全に女性と見まごうほどの美貌が、寝椅子の上に体育座りをするセルベルを見下ろした。


「ミュラン卿……それとマーニャか…」

「どうされたのです。お元気がない」

「お腹痛いですか?」


中世のフランス革命期の悲恋の男装令嬢のようなミュランミュラス卿(《掌珠(アーグ)》12卿の一人/序列4位)と、ふっさりしたケモ耳を垂れさせた少女、マーニャ卿(同/序列12位)である。

マーニャに他意などなかったろう……お腹をさすられて、セルベルはさらにどんよりと項垂れた。「わたしは単純なんかじゃ…」とぼそぼそつぶやいている。

天朝国(ハインセット)人たちのプライベートビーチは人気が高い。

役目を終えた平騎士たちも専用ビーチ以外のところに繰り出してわいわいとやっている。


「…西の都市圏でおいしい食べ物見つけて、最近はまってるんだ。セルベル卿はなにかいいものを見つけたかい? わたしの見つけたのは『タコヤキ』というやつでね、こうやって小さな木で刺して食べるのだけど、あつあつほふほふして食べるのがまたいいんだ。任務の途中でも片手間に食べられるのが便利でね…」

「マーニャは『おうどん』がすきすきなのです」

「マーニャはあの上に載ってる三角の甘いやつが特に好きなんでしょう?」

「あれはあまあまウマウマなのですぅ」

「………」

「セルベル卿、そんなこの世の終わりみたいな顔をしていないで、オフは楽しむことだ。せっかくこのような美しい環境を堪能できるのですから。…何か気鬱があるのなら、いまの自分よりももっと不幸な境遇の者たちを思い出して、不健全な発散をしてはいかが?」

「不健全な、発散ですか…」

「あなたも覚えておいででしょう。まだこちらに着たばかりの頃、悲壮な顔をして船に便乗してきたあの斜陽ルプルンの姫とその騎士のことを。…船を飛び出してから3年、この弧状列島内を宿無しのままうろうろとしておられたあの方たちです。この前監視から上がってきた記録を見て吹いてしまいました。原住民の木造家屋を『仮宮』と称して居座っているようですけど……自称『姫巫女』として託宣に備えるべく努力しているのは認めますが、気概だけで世の中どうにかなるものではないと言う世知辛さを記録映像で堪能できますよ」

「ミュラン卿……相変わらず性格が悪いな」

「人の不幸は、見ているだけならけっこうな娯楽ですから」


にっこりと微笑まれて、セルベルは盛大なため息をついた。

3年前の『斜陽姫失踪事件』を思い出して、彼は同時にその斜陽姫に付き従っていた女騎士のことを思い出す。たしかヘラツィーダとかいったか。

いま現在彼女がどれほどの苦衷にあるのか想像して、たしかにそれと比べれば、と心が軽くなった気がした。敬愛する主君への忠誠心を「単純」と揶揄された気鬱など、彼女の苦労と比べればどうということはないと思える。


「わたしもこれで任務に戻ります」


セルベルは柔らかな砂を踏みしめて歩き出した。


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