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026 由解明日奈






「…ここなら関係者以外は入ってこないから、休み時間が終るタイミングを計って出ればいいんじゃないかしら」


明日奈は手にしたティーポットをゆっくりと揺らしながら、注ぎ口から出てくる湯気に注意を払っている。

魔法でポットの湯を沸かしているらしい。《電磁力(フォトン)》を使えばたしかに電子レンジのような効果は得られる。専用の給湯施設などない生徒会室では、こうしてお湯を得ているのだろう。


「次は午後の実技授業だから、まだ時間もあるし、お茶を飲む時間ぐらいはあるわよね」

「はあ…」


座らされたテーブルにティーカップが置かれ、赤茶色の液体がこぽこぽと注がれる。紅茶は現在インド地域の貴重な輸出資源として、日本にも入ってきている。が、むろん国産の緑茶よりもずっと高価である。

冬夜は自分のカップにも紅茶を注ぎ、向い合わせの場所の自分のそれにも注いだ明日奈を見守っていた。こんな放課後でもない時間から、彼女は生徒会室に何の用があったのだろうと思う。

熱いのを一口含んで、ほっとしたように顔を上げた明日奈は、彼の視線にすぐに気がついた。


「なにかしら」

「…あ、いや、こんなお昼の休み時間に、なんで生徒会長が部屋にいるのかなって…」

「あら、生徒会って、前にも誘ったけどめちゃんこ忙しいのよ?」


明日奈の目配せで、少しはなれたところにある会議机に、資料の束とファイル類が乱雑に積みあがっているのに気付く。


「部費の調整会議とかはもう終ってるけど、体育祭や文化祭とかの地味な管理仕事もあるし、年明けの全国テストの際にある各校発表会……知ってると思うけど事実上の王立魔術学院への自治体推薦枠選考の候補者名簿の調整とか、いろいろとあるのよねえ」


ちらり、と伺うような視線に冬夜は思わず天井を見上げる。そんなめんどくさそうな作業を無償奉仕として行うなど、相当な物好きだと思う。

そんな彼を、明日奈が頬杖を突いてさらに覗き込んでくる。


「生徒会の『役得』の話もしたわよねえ。内申が良くなるし、ほら、各校発表会の候補者名簿……先生方の手に渡る前に、わたしたちが自薦他薦を集計して取りまとめてるんだけど……ほら、そこにもちょっとした『役得』とか感じないかしら」


取りまとめ作業は煩雑を極めるのだろうが、もしもその見返りとして発表会の候補者名簿の上のほうに名前を載せてもらえるのなら、あるいはやりたがる人間とかも出てくるのだろう。

なんせまだ歴史は浅くとも、官公庁や一流企業への就職で、王立魔術学院卒、というキャリアは事実上の特急券である。ほとんどノーチェックで採用されるという噂もまことしやかに伝わっている。


「…でも、そんな『役得』とかずるいんじゃ」

「べつにズルなんかじゃないのよ。ふふ、3年生になれば分かることだけど、上級生の実技授業は年々進歩していて、年明けの全国テストの頃には《思惟力(インテンション)》評点がけっこう高めの辺にダンゴになってることが多いの。たとえば評点8で並んでる生徒が10人いたとしたら、点数は同じでも名簿の上に載せてもらったほうが最終決定する校長先生の目にも止まりやすいし、その名簿順を生徒会が決めてるという暗黙の流れを学校もある程度尊重してくれるから、上の人ほど心象も良くなるわけ」


お姫様カットの黒髪がしどけなくテーブルの上に広がっている。頬杖をしつつ、髪のひとふさを指先でくるくるといじる明日奈。

男ならばぐらりときそうなほどにフェロモンがはじけている。


「メガネマンがいるそうよ、うちの学校(ガッコ)…」

「………」

「そんな危ない不良グループと渡り合うようないろんな意味で『目立つ』生徒とかは、どうしても見当たらないのよねえ。…もしもそのメガネマンがうちの生徒なら、それはもう巧妙に爪を隠して身を潜めてるってことなの。学校にも、生徒会にもそれを悟らせないとか、現実ならほんと凄過ぎる生徒なのよねえ」


じいいーっと見つめられて、もう視線が泳ぐ泳ぐ。


「相当に目立つメガネかけてるそうなのよ、そのひと」


目立つメガネ、という問われ方をすると、ビン底メガネさん以上に目立つメガネはなかなかないだろうと断言せざるを得ない。


「『七つ髑髏(セブンスカル)』の何人かが学校に謝罪入れにきたのもそのメガネマン……『ビン底メガネのチビ』って言われてた人物が何か手を打ったんじゃないかと、先生方もずいぶんと気にされてるのよねー。そしてわたしの知る限り、『ビン底メガネ』に類するメガネをかけてるのって、あなたしかいないんだけど」


もう完全にばれてるだろ、と確信しないではない。

がしかし、こういうのは頑なに認めなければ誰も最終的には結論を下せない。あくまでメガネマンが『学校関係者』であるという前提があるからこそ、彼のメガネに注目が集まるわけであって。

結局のところ、その『前提』さえ崩れてしまえば逃げ切ることができる。


「そんな中学生が街の不良グループと渡り合うって、実際のところありうるんですか? ちょっと想像がつきにくいんですけど……普通に考えれば、ほかの高校とか、仲間同士の抗争とか…」

「…その詫びにきたっていう人たちが、『あねさんにぶっ殺されたくないんで』というふうに言っていたようなの。『あねさん』が女性のことなのか変わった苗字なのかは分からないんだけれど、特定の誰かの意向を受けて、とくにこの学校にだけ彼らが『詫び』を入れたことは間違いないの。…となれば、直接か間接かは分からないんだけど、わたしとしてはあなたが…」


明日奈の引き込まれそうなほどに強い眼差しに、いよいよ冬夜が渇いた喉を上下させたときだった。


「あれー、会長いたんだ」


生徒会室のドアが開いて、なにやらファイルの束を変ええた三つ編みメガネが中へと入ってきた。書記の戎原(えびすはら)とかいう3年生である。

偶然かつ絶妙なインターセプトに、冬夜はメガネを押さえつつ素早く席を立った。追撃のゆとりなどむろん与えない。


「そ、それじゃ、ぼくはもう休みも終りそうなんで!」


声に若干喜びが混じってトーンが尻上がりになってしまった。

あっという顔をした明日奈が立ち上がるが、その視線を書記の人がふさいでしまう。むろん彼女の動線も計算のうちである。

そしてようやく虎口の脱出口であるドアに取り付いたところで…。


「……っ!」


何かが飛んでくるのを察知して、思わずシールドで弾いた。

それが画鋲であったこと……それを親指で弾いて、《重力子(グラビティ)》で飛礫のようにしたのが由解明日奈であることに気付いた。

不意討ちにしっかりと対応した冬夜を見て、明日奈の笑みが深まった。


「魔術学院は、飛び級の編入だってあるそうよ」


さすがにもうばれてないとは思えなかった。


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