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 ss OL 菅野雪(22) 






出会いは運命そのものだったと思います。

22歳にもなってこんなこと言ってるようではまだまだ子供なのかもしれないんだけれども、いちおう就職活動という社会人としての洗礼を浴び、職場でたちの悪いお局様のちょっかいに忍耐力を強化中の自身の自己評価はれっきとした一人前の大人であったりする。

わたしの名前は菅野雪。公益法人日本魔術振興センター九段坂ビルの受付嬢をしている。求人倍率100倍、面接官のスケベ親父たちの選考を通過したのだから、容姿にはいささかなりとも自信は持っていたのだけれども……それが災いしたのだと思う。

以前から通勤帰りに絡まれることが多かったのだけれども、その日わたしを取り囲んだ相手は世間一般の常識を欠落させた輩たちだった。


「いやっ!」


抵抗する余地もなく、駅前の表通りから裏路地へと連れ込まれ、気付いた時には夜間の安全がはなはだしく疑問視されている危険な公園の中にいた。

警察沙汰になる乱闘やセクシャルな犯罪行為で犠牲者が出ているとは聞いていたのだけれども、まさかその被害者の名簿に自信が載ることになるとは思ってもみなかった。

《ショックガン魔法》で反撃を試みようとして力任せに殴られた。

そうして反抗の気力が失せたあたりで、もうすべてをあきらめてしまっていた。もしかしたら自分よりも年下かもしれない男たちに組み伏せられ、服を破かれた。叫ぼうとした口にそのちぎられた服がねじ込まれる。

男たちのヤニくさい息を嗅いでわたしはただ目を閉じた。もう行くとこまで行くしかない。相手が飽きるまでなぶられて、その時に命が残っているように従順に振る舞うのが利口なのだと思った。

そうして意識が嫌悪の中に沈みかけたときだった。

事態は一変した。

突然に天蓋がのけられたように、視界が明るくなった。とっくに夜だというのに、ただ外灯の明かりが射し込んだだけでそんなふうに思ったのだ。

のしかかろうとしていた男たちが崩れるようにわたしの両脇にへたり込んだ。

外灯の明かりを背に、わたしの前に突如として現れた小柄な人影。その構えがまさに蹴りを放ち終えたものであったことから、わたしは救われたのだと理解した。

顔は逆光でよく見えなかった。

ただそれでもわずかに光を受けた分厚い眼鏡と、口を覆う白いスカーフが見て取れた。

まるで昔の懐かし映像に現れる、特撮ヒーローみたいだな、と思った。

ぼんやりとしている間にいつの間にかお姫様抱っこされて、トイレ脇の茂みの中から脱出を果たしていた。その時になって胸があらわになっていることに気付いて慌てて手で隠すも、眼鏡のヒーローはそんなことに目も向けず、こちらに向かってこようとしている暴漢たちに身構えていた。


「あとは任せて」


その声は、少年というよりも、少女のようにハスキーで澄んでいた。

ともかくお礼が言いたくて「あのっ」と、すがろうとしたのだけれども、状況がそんなこと許してはくれなかった。

そうして眼鏡のヒーローと暴漢たちの戦いが始まった。

固唾を飲んで見守っていたわたしではあったのだけれども……その戦いはあまりにも圧倒的で、あっけない幕切れとなった。まるでテレビで昔に見た、時代劇のチャンバラシーンのように、ほとんど予定調和のような流れで敵がバッタバッタと倒れていく。

そしてわずかな時間で、そこに立っているのは眼鏡のヒーローだけになった。

振り返ったその姿を目にしたとき、それが運命なのだとわたしは思ったのだ。




灰色のパーカーを手に取ると、すぐにぎゅっと抱きしめたくなる。

そのままベッドに転がって、ごろごろとしてしまう。

眼鏡のヒーローがわたしに貸してくれた、少しサイズの小さいパーカーは、いま途切れてしまっているふたりの間を唯一繋ぐものである。それだけで胸が苦しくなって、キュンキュンして、どうにも考えがまとまらなくなる。

パーカーに顔をうずめて、スンスン匂いを嗅ぎまくる。男性のものだというのにすごくいい匂いがして、そのことだけでわたしのなかの妄想が超絶美化されていく。

このパーカーをいつか返さなくちゃならない。

返すには、あのヒーローとまた会わなくてはならない。

パーカーを返したくないのだけれども、それを返すことが再会の口実になるのなら受け入れねばならない。だけれどそのためには一度きれいに洗濯しておくべきだし、若干わたしの体のサイズのせいで伸びてしまっていることもどうにかしておきたく思う。

しかしそれをするとあのヒーローの残り香がなくなってしまうようで恐ろしくもある。成人女性なら当然のようにある生理的欲求の解消にも何度かお世話になってしまっているテヘヘな現状、あのヒーローの気配を洗って台無しにしてしまうのが心の底からもったいなかった。


「あとは任せて、だって~」


思い出を反芻するだけで生きていけそうな気さえする。

おそらくはあの眼鏡の奥には、異性を魅了し尽くすようなきらきらしい瞳があることだろう。(推定)

もう一度会いたい。会いたい。もーめちゃんこ会いたい。

もう一度抱っこしてぎゅってしてほしい。

一応見てくれにはちょっと自信もある。もしも改めて再会して、気持ちが揺るがないようなら勢い余って告白まで行ってしまいそうだ。きっとチョー頼れる旦那様になってくれるはず。

会社でもわたしにコナかけてくる男どもは多いし、妻子持ちの役員や出入りの偉い人にもよく飲みに連れ出されて誘われる。相手はかなり選り取りな状況であるからこそ、『男を見る目』には自信がある。

この宇宙人まで到来してしまった大魔法時代、女性は男に本能的に種としての優位性……魔法に対する適正の高さを無意識に要求してしまう。魔法の才能さえあればお金なんかどうにだってついてくるし、社会的なステータスだって、飛び級のレベルで駆け上がっていける。そんな世の中であることを女は本能的に察している。

思い返すに、あの眼鏡のヒーロー……背格好や声のきれいさから、もしかしたら『少年』かもしれないあの人は、襲い掛かってくる魔法使いの暴漢たちをたった一人であっという間に制圧して見せた。それはとりもなおさず、眼鏡のヒーローの圧倒的な魔法の才能の証明でもあった。

あのとき一緒にいた、鎧コスプレの外人も恐ろしくきれいな人だったけれども、たぶん眼鏡ヒーローの圧倒的な才能に引かれている取り巻きのひとりなのかもしれない。魅力的な男の周りに、女は集まってしまうものだ。


(うかうかしてらんないわね…)


パーカーを腕の中で皺くちゃにしながら、わたしは大きな封筒の中から、束になった書類を取り出してじいっと眺めた。

それは事件の翌日に速攻で行動に移った結果得られた眼鏡ヒーローの身辺調査書。社会人生活でコツコツと貯めた貯金をはたいて、ダウジング魔法による人探しで評判の高い興信所に、このパーカーをもとに追跡を依頼したのだ。

その結果、眼鏡ヒーローの潜伏場所がある一定エリアに絞られている。


「ここって、一駅向こうの商店街のあたりよねぇ。これ以上は絞りきれないっていわれたけど、ここまで狭められてたら、あとは自分の足で何とかできるような気がする」


今日は休日、時間はたっぷりとある。

不意にばったりと再会したときのためにパーカーは洗っておいたほうがいいのかもしれないけれども、おかず的にも惜しい気がして今日は保留とする。

かばんにお守りとしてそれを入れ、肩にかかる髪は縛って帽子の中に畳み込む。そしてサングラスにマスク。うろうろして不審者に思われた時の身バレ防止措置である。


「絶対に見つけ出すからね、眼鏡ヒーローくん」


菅野雪(22)、出撃します。

そのころ、なぜかひどい悪寒に襲われた冬夜が、身もだえしていたという。


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