022 ビン底仮面参上!⑤
ボスの言葉遣いを修正しました。
今後の使い勝手が悪くなりそうだったんで…
「トーヤ、《思惟》の力もまた現世の根源力のひとつ。意思の力で曖昧な現実に『意味』を与えることで生まれる魔法もある」
意味論、というのをどこかで聞いた覚えがあった。
たとえば空の彼方の広大な宇宙……そもそも人が生身では行くことすらかなわない場所は、本来ならまったく無縁無用なものであり、『ない』のと変わらない存在……それを人間という知的生命が好奇心の赴くままに観測を開始して初めて、『宇宙』という事象は『意味ある存在』になったのだ、とかいう理屈だ。
たしか実技の先生の講釈だった気がする。万物の霊長スゲーな超理論だなあとそのときは思ったものだけれども。
(…なるほど、そもそもぼくが生き返らせられたのも、カグファ王女がぼくの根源存在……《存在核力》の元になる何かをいじった結果とか言ってるんだから、それもたぶん、『死んだ七瀬冬夜』という状態を『生きている七瀬冬夜』に書き換えることで成立する、意味論的な甦生術なのかもしれない)
魔法とは、人の《思惟力》を用いた4つの精霊子の活用術と理解していたのだけれども、どうやらそれは魔法の可能性を狭めてしまう『誤解』であったのかもしれない。
うは、これはおもしろくなってきた。
そりゃそうだ、4つの精霊子……《電磁力子》、《重力子》、《強い力》、《弱い力》……それらが自然の相互作用を司る素粒子であると分かっているのだから、それに介入し得る《思惟力》もまた厳然とした相互作用の素粒子であり、それを直接用いた魔法術技だってあってはおかしくないのだ。
おのれの主人である天朝国人が、第6の力である《存在核力》を用いた魔法の存在さえ示唆していたのに、気付くのが遅すぎる。
「その《思惟》の力で『意味』を与える魔法を、『主観魔法』という。気付いてはおらぬようだが、この星の森羅万象を書き換えた宗家の姫巫女が行った大規模魔法……《万象改変》もまた『主観魔法』のひとつだからな。…さすがに数十億の知的生命が信じる主観を塗り替えるためには、姫巫女といえど母船の『王級主観器』のゲタを履かねばならぬがな」
横でヘラツィーダが機密保護意識もなくいろいろとのたまわっているのだけれども。天朝国人にとってそれは核心的技術じゃないの?
まあヘラツィーダの講釈は、勉強嫌いでドロップアウトする類の人間にとって、ノイズでしかないようだけど。実際ぼく以外誰も聞いてないや。はは。
「ケンッ」
ベ〇っぽいケバ女が蹲るスカジャンリーゼントを見、きっ、と冬夜を睨みつけてくる。
全力で逃走してしまいたくなるような剣呑なメンチ切りであったのだけれども、さすがにビン底メガネさんの防御力ハンパないです。
ケン、か。
ケンタか、それともケンヤか。どうでもいいけど考えてしまう。
ケバ女が両手に警棒を取り出している。帯電仕様なのか、発動した《ショックガン魔法》が警棒の金属部分に瞬時に充填されたのが分かる。
スカジャンリーゼントがいきなり変わり種術技を放ってきたので警戒していたのだけれども、どうやらこのケバ女はこの国の常識の範疇で力を伸ばしてきたらしい。
まあ《思惟力》14なら、ただの《電気系魔法》でも十分に脅威ではある。この国の平均的な学生が《ショックガン魔法》を単発でしか用意できない事実から、その単発の使用適性ラインが《思惟力》5ぐらいだと仮定する。
2.8倍の力を持つのなら当然……行き着くのは両手の同時発動だよね。前回揉めた時に彼がそれを見せたとき、チンピラたちはかなり驚いていたし、このケバ女がそれを苦労の末に成し遂げて一目置かれた流れはまあ想像がつく。
喧嘩馴れしたスカジャンリーゼントがわりと素早かったので警戒したのだけれども、ケバ女は砂利道をしごくもたもたと走って、警棒を冬夜に突きつけてきた。鈍足ではないけど、まあ普通の女子の走り方だ。
『絶縁魔法』のシールドを展開して、突き出してきた右腕の外側へと弾きながら避ける。よろめきつつ身体を返したケバ女は、悲愴な面持ちで今度は左手の警棒を横ナギに振り回してくる。今度はその左腕の外側へと避ける。
なんだかスペインの闘牛士にでもなった気分である。
「なん、なのよ、その、硬いのは!」
「………」
「逃げンなゴラッ」
髪を振り乱して警棒を振り回すケバ女。
女性に対する幻想を抱いている男子は閲覧注意な光景である。
やり慣れた《電気系魔法》相手の戦いであったので、思惟力、身体能力ともに相手を圧倒する冬夜には負ける要素が見つからない。
ただ相手が若い女性であるために、決着方法に迷うだけであった。ケバ女の闘争心を折るにはどうしたらいいか…。
「…ッッ!」
「もう終わりです」
両手を『絶縁魔法』で手袋のように覆う。
そして動体視力で見切っていた警棒を瞬時に掴み取る。悶絶必至の高電圧のそれを手で直接に掴んだようにしか見えない状況に、ケバ女の気勢が一瞬にしてそがれた。
2本の警棒をもぎ取り、飴のようにぐにゃりと曲げてから暗がりの向うに放り投げる。
「まだやるのなら、もう手加減しませんけど」
ぺたんと腰砕けに尻餅をついたケバ女が見上げてくるのを受けて、極力低い温度で言葉を紡ぐ。
「今後はもうぼくを含めた周囲に関わらないでくださいね。もしもこの警告を無視するようなら…」
少しだけ考えてから、冬夜はちらりとケバ女に目配せをする。
ケバ女のちら見が腕組みしているヘラツィーダを捉えるのを待ってから、
「あなたがどれだけとんでもない相手に喧嘩を売っているのか知ることになると思います。もうその時はたぶん手遅れですけど…」
ようやくなにかに思い至ったように、ケバ女がガクブルし出す。
このまがりなりにも安全な法治国家にあって、刃渡り1メートルを越す剣を躊躇なく抜き放つ相手である。その鎧姿、マスクなどでは隠しようもない美しいそのかんばせ、そしてその使役しているビン底マスクの異様な強さをかんがみれば、その相手の正体もおぼろげながら透けて見えようというものである。
出入国するようになった外宇宙のエイリアンたち……なかでももっとも恐ろしいとされる、下田租界を根拠地に影響力を拡大し続けている人類に酷似した者たち。
天朝国人。
青髪の天使、比類なき美少女である王女フィフィを始め、たまに地球人には手におえないエイリアン犯罪で、治安出動してくるのが目撃されている《掌珠》12騎士団……その熱心な追っかけが出てくるぐらいの超絶イケメン軍団っぷりは有名であったりする。
こくこくと素直に頷くケバ女から一つ頷いて視線を外し、冬夜は最後に残ったボスへと相対する。
ロシア系と思しき『七つ髑髏』のボス。
数多くいた手下という名の肉の壁がなくなり、余裕を失ったように女を手放してベンチから立ち上がった。名前は分からないので、骸骨キングと命名する。異議はまあ後で受け付ければいいと思う。
「そこの鎧女、宇宙人、ですか」
口を開いたかと思ったら、片言の質問。しかも『ですか』ときた。
「…ならばどうする」
ヘラツィーダさんも普通に答えちゃってるし。
ややうつむき加減に言葉を選んでいるふうであった骸骨キングは、額に大量の脂汗を浮かべながらたどたどしく言葉を継いだ。
「あなたたち、地球人、簡単に殺す。虫みたいに殺すネ。わたしの故郷にも、宇宙船飛んできた。わたしたち、町の汚い掃き溜めで住んでた。いきなりだタね。刃向ったケど、地球人弱い。みんな、殺された」
どうやら生まれた国のことを語り出したらしい。
ロシアのモスクワあたりなら、カグファ曰く、ヘケトー家のプラウという王女が地割担当している地域である。冬夜は軽い程度の情勢しか知らないが、すでに修羅の国化していたその地域で、プラウ王女がどのようにして現地勢力と関係を築いたのかはなんとなく察しはできる。
骸骨キングが言う状況から類推するに、比較有力な支配勢力と協力関係を築く上で、『対抗勢力』を薙ぎ払いぐらいはしたのかもしれない。
「あなたたち、またわたし殺すか?」
「なぜそう思う」
「わたしら、この街でよく暴れる。邪魔、またなった」
「邪魔になるのか?」
「あ、いや…」
実際、新領地(見込み)の露払いをして来いと王女に言われているのだから、『七つ髑髏』なんて暴力グループは排斥した方がいいに決まっている。
が、しかし。骸骨キングの殊勝そうな態度に接して、ヘラツィーダの様子がわずかに変わりだしていることに気付く。
ちょっとした言葉のミスが死につながると分かっているのか、骸骨キングは脂汗を流しながら言葉を探している。彼の考えていることが薄々と分かってくるのと同時に、人手不足のルブルン家近衛騎士隊長であるヘラツィーダが、脳筋のくせにらしくもなく胸算用していることも勘付いてしまう。
「おれたち、邪魔したくない。どうしたらいい」
その言葉をつり出した時、ヘラツィーダは口元に笑みを浮かべた。
そしてこう言った。
「ならばわれらの役に立つことを、その身で証明してみせるがいい」




