018 ビン底仮面参上!①
その日の下校は、結局教師の一人に公用車(※電気自動車)で送ってもらうこととなった。元ハイブリッドカーを、制御基盤を迂回する改造で単純電気自動車にデチューンしたやつである。
ちなみに普通車はエコを目指すあまりプログラム制御が高度化しすぎていて、この時代ほとんどが動かない。昭和の時代以前のクラシックカーが逆に現役復帰して大活躍中である。
家の前まで送られて、明日も迎えに来るので外出はするなと釘を刺された。
隣の『中がわら』では、先日の大流血の一件が札付き不良グループがらみであることを教師に告げられて、砂姫がめちゃくちゃ叱られていた。彼女に口止めされていたことで「階段で転んだ」というベタな設定を説明していた冬夜も、なんやかんやとお小言をもらってしまう。「お嫁にやれなくなったら冬夜ちゃんに責任とって貰わないと!」というおばさんの一言に、絶賛叱られ中の娘が目を輝かすという一幕が心に痛かったのだけれども。
まあともかく、今日のところは首をすくめて反省のていで自宅謹慎を甘んじて受けるしかないようだった。
「…で、おまえはその屈辱を受け入れて、わが仮宮に逃げ隠れようというわけなのじゃな?」
家の前での騒動に聞き耳を立てていたらしいカグファ王女がことのほかご立腹で、正座する冬夜の前でパンモロ胡座で腕組みをしている。
ヘラツィーダも部下の怯懦がお気に召さぬようで、冷ややかな目線を投げてくる。いやだからどうしたらいいんですか。はやく晩御飯の準備に入りたいんですけど。
「この一帯の土地は、いずれわがルプルン家のしろしめす領となるべきところ。これからというときにゲソを引いて下手に回るようではあまりに先行きが悪かろう! そもそもトーヤよ、きさまわが栄光あるルプルン家近衛騎士としての誇りはないのか!」
「『鼎の王』の血族でも分家筆頭たるルプルン家近衛騎士でありながら、どこの馬の骨とも知れぬ不良術士などに恐れおののくとは言語道断!」
「…あの、ちょっとそれは言い過ぎでは」
「ヘラッ」
「はっ」
「わがルプルン家がいかにあるべきか、この愚か者に徹底的に教え込むがよい! ついでに土地の露払いをしてまいれ」
「御意に」
すっくと立ち上がったヘラツィーダの刺すような視線に促されて、冬夜も立ち上がる。
「ご下命である。敵を討つ」
「………」
もうコメントもありません。どうやらルプルン家近衛騎士隊、全力での掃討作戦が開始されるようです。
あっ、隊長、ちょっとだけ待ってもらえませんでしょうか。
急いでキッチンに駆け込んだ冬夜は、畳んであったスカーフで口と鼻の辺りを巻いて隠してしまう。身バレだけは常識的パンピーとして避けねばならない。
「なんじゃそれ……かっこいいのう」
なぜかカグファ王女の受けがよろしかったので、ヘラツィーダさんも対抗意識を燃やして同じスカーフ覆面姿になる。
かくしてすっかりと日の暮れた夜半、七瀬家より怪しげなふたりの騎士が出撃した。
『七つ髑髏』終焉の日の始まりでもあった。
「…ここが襲撃を受けた場所か」
「相手がどのくらいの規模なのかは分からないです。まあこの公園にたむろする連中をフクロにすれば、十分に見せしめにはなると思います」
「…愚か者が。無法者集団は中途半端に叩くのが一番の悪手になる。戦力の建て直しに響くほどの被害を与えねば、かえって復讐心を煽るだけになろうぞ。…ここはひとたたきして、本隊を誘引するのが上策」
例の公園にひっそりと足を踏み入れたヘラツィーダと冬夜。
むろん小路などは歩かず、植え込みの暗がりの中を、足音を消して移動する。
と、そのとき不意に女性の悲鳴が上がった。
「ゆくぞ」
駆け出したヘラツィーダに冬夜が追随する。身体能力が宇宙準拠のふたりはまさにましらのごとく木々の間を風のように走り抜けた。
女性の悲鳴はすぐにくぐもったうめきに変わる。口をふさがれたか状況が急転したのか。
どうやらチンピラたちのたまり場は、公園の中央近く、公衆トイレと自販機(残骸)が完備された休憩スペースらしかった。その公衆トイレの物陰がちょうど生え放題の植え込みに囲まれていて、やつらにとって都合のいいブラインドを作っている。
そこで数人の男に組み敷かれた女性の白い足が見えた。
「下郎どもがッ!」
剣を抜き放ち、すぐさま飛び出そうとしたヘラツィーダを冬夜がとっさに制止する。なんだ貴様はともがく上司に、冬夜は押し殺した声で必死に連呼する。
「殺しダメ! 絶対ダメ!」
「あのような下種どもは生きて呼吸する権利すらない! わたしが引導を与えてやるッ」
「殺人事件とかッッ! 見せしめどころか大炎上ですッッ!!」
このままヘラツィーダを行かせては、大量殺人事件が発生してしまう。次の日の新聞で目隠し写真を掲載された自分の未来を想像して、ガクブルである。
手遅れな百合属性持ちのヘラツィーダには、どうも刺激が強すぎたようだ。
真っ青な顔で抱きついてくる冬夜を見て、やや冷静さを取り戻した上司は、ならおまえがやってみせろ、と吐き捨てるように言った。
好むと好まざるとに関わらず、ここは自分が処理せねばならない。こくりと頷いて見せてから、冬夜は植え込みの影から駆け出した。
もう女性の抵抗が弱々しくなっている現場の様子から、タイミングはぎりぎりと見て取れた。
どうする!?
どうやって排除する!?
まずもって最優先すべきなのは、ズボンを降ろして汚い尻を丸出しにしているのしかかる男を処分することだろう。
いくら身体能力が向上しているとはいえ、距離にして20メートル、2秒くらいはかかりそうだ。その上でさらに相手を蹴り飛ばすにしても、3秒くらいは見るべきだ。
いたす寸前でそのタイムロスは、ヘラツィーダの堪忍袋の緒を保全するに致命的であった。ならばどうするか。
冬夜は駆け出しざまに地面の砂利をいくつか拾い上げた。それをすぐさま前方に放り上げて…。
(飛んでけッ)
高位把握野で掴んだ地球の《重力子》を、舞い上がった小石たちに集中してぶつけた。横向きの急加速がかかった小石はヒュンッと風を切る音を立てて男たちの背中に殺到した。
とっとさのことで狙いは甘かったものの、重点目標であった尻出し男の後頭部は見事に散弾の雨にさらされた。
「いぎゃぁっっ」
「なんだっ」
突然の攻撃に慌てふためくチンピラたち。
むろん彼らは女性に襲い掛かっていた3人だけでなく、そのほかにも10人くらいが周囲にたむろっていた。
その間を風のように駆け抜けた冬夜は、組み敷く女性に無様に倒れ掛かった尻出し男の汚い尻を蹴り上げて、そのままワンステップで回し蹴りに移行する。
そうして残りのふたりを蹴り除けてから、ほとんど半裸の女性を抱え上げてトイレの反対側へと脱出する。
泣き崩れていた女性が、おのれを抱き上げている冬夜を見上げて呆然としている。
冬夜は女性を安心させるように少しだけ胸に抱きしめてから、
「…あとは任せて」
そう囁いた。
どこかの会社のOLなのか、やや化粧は濃いものの服さえ乱れていなければ清潔感のある女性だと分かる。二十歳過ぎぐらいの綺麗な人だった。
女性に逃げるようにと促しつつ、背中を向ける。むろんこちらに集まってきつつあるチンピラたちに立ち向かうためである。
「あのっ」
女性が何か言いかけたが、もうそれにかまっているゆとりなどなかった。
群がってくるチンピラたちの背後では、「お手並み拝見」とばかりにヘラツィーダがこっちを見ている。
上司が満足できるような訓練の成果を何とか示さなくてはならない。
幸いにしてスペックアップしている全身の筋肉は、うずうずと全力を出し切る瞬間を待ち構えている。
高位把握野で群がり寄るチンピラたちの位置関係を正確に把握して、対処すべき順番が瞬く間に整理される。
あとは機械的に相手の攻撃を避けつつ《ショックガン魔法》を叩きつけるのみである。
そうしてそれからわずか10秒。
公園中央に棲息していた『七つ髑髏』の一隊が、何が起こったのか分からぬままにあえなく沈んでいたのだった。




