表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

21/77

017 パンピー生活を守れ!②






「…では、先ほどの続きなのだがね」


仕切りなおしで、再び事情聴取が始まった。

もう応接セットには誰も座ってはおらず、テーブルの上の湯飲みも片付けられている。むろん教師連の数が減ったわけでもなく、校長の机を挟むように壁際に並んで立っている。


「例の愚連隊といさかいがあったというのは事実だと受け取ってもよいのだね?」


砂姫の発言を拾い上げた状況であることを確認する校長先生。

むろんここは間髪を入れずにひっくり返しを試みる。


「…中河原先輩の証言に、少し訂正を加えさせてください」

「どういうことかね?」

「先輩にあのように言っていただいて面映いのですが、それでは少々事実とは異なってしまうので、『あのときの状況』を間近で見たぼくの口から正確にご説明したいと思います。…中河原先輩はぼくの背中側のブラインドにいましたし、あのとき暴漢に迫られてかなり動転されていたはずです」


砂姫の証言が、冷静さの裏打ちがないものであると前置きをしてから、


「先輩は上級生ですが、その、女性でしたので、必死の思いでぼくは『あの人たち』との間に立ちはだかるようにしました。護身術の成績もあまりよくないですし、腕力とかも見たまんまです。半年前の体力測定で握力14キロでした。ぼくはあの時ほんとに考えなしで立ちふさがりましたが、当然ながら勝てるなんて少しも思ってはいません。どうせ殴られるのなら、カッコをつけて前のめりにやられてやろうと思ってました」

「…それで?」

「分不相応にカッコをつけているガキが気に入らなかったんでしょう、『あの人たち』の様子がそのときおかしくなりました。ちょうどそのとき5人いた『あの人たち』がこっちから見て二列になっていて、前のふたりが《ショックガン魔法》を準備して迫ってきました。《ショックガン魔法》は護身術の授業で食らい慣れてますから、せめて中河原先輩から距離を離そうと自分から突っ込みました。…そのタイミングがそのときの『状況』を偶然に作り出したんです」

「………」

「ふたりを押し返そうとして伸ばした手が、たまたまうまい具合に当たって、意表を突かれたかれらが少しよろめいたところに、後ろから近づいてきていた残りの3人が接触したんです。『状況』がうまれたのは、その後ろの3人も《ショックガン魔法》を準備していたことです。《ショックガン魔法》はわずかな接触でも放電されます。前のふたりのも合わせて五つの《ショックガン魔法》が、ほんとに偶然に同士討ちになったんです。…信じられないかもですが、ほんとにそんな感じだったんです」


われながらなかなかに滔々と語ったものだった。

元は能弁には程遠い無口系のモブ要員なのだけれども、むろん『作文』さえ仕上がっていれば朗読するぐらいはできる。

高位把握野(ハイクルーフ)がわずかな間に準備する、脳内の文面を追っているだけなのだから、口述に淀みはない。人の脳内に無意識に格納されている、人生経験で蓄積してきた語彙がそれなりに多彩であったことに、正直驚きはしたけれども。

冬夜の意外な能弁に、皆一様に戸惑っている。

まあ違和感はあっただろうなと思う。

少し間を空けて、校長先生が彼の深みを測るように、言葉の小石を投げ入れてくる。


「これは……『彼ら』の言い分をそのまま受け取ったとしてのことなのだが、その中の一人がひどい怪我を負わされたらしくてねえ。有形無形に被害者を量産している不良グループがバカなことをとわたしも思うが、告訴する、慰謝料を払えと迫られれば学校としても放っておくことはできんのだよ」


どうやらあの『金的蹴り』で沈めたやつが、継続的に痛い目にあっているらしい。思い当たるのはそのくらいである。


「…そういう事実はあるのかね?」

「…もしかしたら、ですが」


冬夜は少し考えて、言い淀む振りで状況説明の補足に入る。

まさか怪我の内容が『金的蹴り』などとは、あいつらも恥ずかしくて公言してはいないだろう。ぼかしたような説明でも事足りるような気がするのだけれども、後顧の憂いをなくすために、ここでやつらの恥をしつかり公表しておこう。自分が恥ずかしいわけでもないしね。


「…あくまでぼくの感想なんで絶対とは言いにくいんですが……その、『あの人たち』の目当てがもともと女性である中河原先輩に向いていたのは分かっていたんで、警戒はしていたんですが……5人が同士討ちでもつれた後、先輩に飛びかかろうとしたやつがいたんで、後ろから……必死だったんでどこを蹴ったか分からないんですけど、そのあと股間を押さえて蹲ってしまったんで、そういうことだったのかもしれません…」

「金的、か…」

「そうでしたよね、先輩?」


啞然としたように立ち尽くしている砂姫を見て、目線で促すと彼女も慌てたようにこくりと頷いた。

砂姫の同意を得て、そういう事実が『真実』として教師連の耳に届いたことであろう。もともと加害者と被害者がはっきりとした事案なのだから、第三者には疑う余地もなかっただろう。

男というものは、股間に与えられる打撃に大なり小なりトラウマを持っているものである。その苦痛をわが身に置き換えて、男性教師たちの何人かがひそとため息をついた。


「…そのあと、ぼくと先輩は現場から逃げたので、以後のことは分かりかねます。…もしも『あの人たち』に襲われて、無抵抗であったら口にできないようなひどいことをされる可能性がはっきりとしていたのに、抵抗したことが……偶然入った『金的』一発が罰されるべき悪いことだと言われるのでしたら、やったのはぼくですから、処分があるのなら甘んじて受けますが、それはぼくひとりということにしてください」

「ああ、いや、そんなつもりで呼んだわけではないので安心しなさい。たとえ当事者であったとしても、そういう事情ならば君たちが罰されることはない」

「…安心しました」


ほっとしたような様子を作って見せる。

『事情』を知って学校側に責められる瑕疵がないと理解したのか、教師連からすでに弛緩した笑みがこぼれ出している。

校長教頭を含めた彼らの短いやり取りのあと、


「素行不良の集団に闇雲に立ち向かった君の蛮勇はあまり誉められたものではないが、男としてはその勇気は賞賛に値すると思う。ありがとう、これでもう君たちから聞くべき事はない。…では、帰ってよろしい」


そうしてぼくたちは無事放免されたのだった。




学校としての対処の方向性が定まったのか、冬夜たちが校長室から出たときには、職員室から揉めている正門への増援らしき教師たちがバタバタと飛び出していく。

そのなかの何人かが、チンピラが振り回していたのと同じ特殊警棒を持ち出している。この魔法時代に丸腰でチンピラに立ち向かうのは愚かでしかないだろうけれども、対《ショックガン魔法》装備を学校が準備しているという事実が少し意外だった。


「…なかなか面白いわね、あなた」


去り際に、由解明日奈がつぶやいた。

人の耳に届かせるスキルでもあるかのように、その声は明瞭に届いて冬夜を立ち止まらせる。


「『ビン底メガネの男子生徒』を探してる間、あなたのことを『あの地味なやつ』とか『モブ』とかさんざんに聞かされてたんだけども、どうやら違うらしいことは分かったわ。普段は猫でもかぶってるのかしら?」


切れ長の強い光を宿した明日奈の目は、ビン底メガネに反射した自分の姿でも見ているようにこっちを見ている。

学校一の才媛とお近づきになりたい男子はおそらく数え切れぬほどいるだろうに、彼女が誰かと付き合っているとか、浮いた話はひとつも聞こえてはこない。資産家のご令嬢だとかいう噂が本当ならば、許婚の一人や二人はいそうな雰囲気なのだけれども……彼女のそんなナチュラルな熱視線を浴びた栄光ある男子が学校に何人いただろうか。


「…いま生徒会が忙しくて、お手伝いを探してたところなんだけど、あなたやってみない?」

「…顔が近いんですけど」

「もしかしてわたしの顔が見えないのかなって思って」


いやこのメガネ、度とか入ってないんですけど。ていうか、すごい近い…。

そのときいきなりぐいっと横に引っ張られた。

そのまま頭を腕に捕まえられて、ぎゅっと何か柔らかいものに押し付けられる。それが砂姫の胸であることに気付く前に、さらに両手でがっちりとホールドされていた。

いやここ学校内なんですけど、砂姫姉…。


「冬夜は忙しいんで、ダメです!」

「あら? べつにあなたに聞いたわけじゃないんだけど。中川原さん」

「こ、こ、後見人ですから!」

「…あなた自身が後見人ってわけじゃないんでしょう? トーヤ君の自主性も尊重しないと。…で、どう?」

「ちょっ、会長!」

「中川原さん、別に取って食ったりしないわよ……で、どうなの? 生徒会の仕事してたら、この学校内申良くなるのよ? 知ってた?」


押しが強いなこのひと…。

モブ系男子は基本、押しの強い女性に弱い。押しが強い上に『利益』までしっかりとちらつかされて、少しいいかなと思ってしまった冬夜である。


「…えっと」


冬夜が口を開きかけて、明日奈がしめたっという顔を見せたとき。


「そんなことお姉さんが許しませんッッ」


砂姫姉による強制脱出(エクソダス)がいきなり実行に移された!

ぎゅむっと赤ん坊抱っこでの校内逃走劇は、ある意味公開処刑に他ならなかった!


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ