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015 ビン底メガネのチビ






「ねえ、聞いた?」


教室での噂話。

駅前の『盆踊り塾』にお通いあそばされているかしまし女、高峰が女子を集めて話している。授業中のおしゃべりの時もそうなのだが、カラオケ自慢のキンキン声はざわめきのなかでも良く聞こえてくる。


「『七つ髑髏(セブンスカル)』がうちの生徒を捕まえて、なんか人探ししてるって話! あのおっかないグループの何人かを、うちの生徒が魔法で叩きのめしたってのが原因らしいのよ。やばくない?」


教室の隅で暇つぶしに教科書を精読していたモブの少年(?)が、人知れずぎくりと肩を揺らして、落ちかけた眼鏡を中指で押し上げた。

そっと上げた俯きがちの顔に、大きなビン底メガネがきらりと光る。


「もう何人かとばっちりでやられたみたいよ。どうも『七つ髑髏(セブンスカル)』の幹部連中が、面子にかけて犯人をつぶすって息巻いてるらしいの。…いま職員室で先生たちが集まっていろいろと会議してるから、もしかしたら昼からの実技が自習になるかもだって!」

「えー、それ噂じゃないんだ」

「あたしも聞いたよー。街歩き禁止になるかもとか!」

「でもわたしたちまだ中学じゃん。あんな半分大人の混じってるグループに喧嘩で勝てる子なんてほんとに居るのかな…」


『セブンなんとか』ではなく、『七つ髑髏(セブンスカル)』があのチンピラグループの名前だった。事案の当事者であるのだから、まあ覚えておく必要はあるのだろう。冬夜は脳細胞の片隅にその名前を刻み込んだ。

どうやら制服のデザインでうちの中学を嗅ぎ出したらしい。

まあ先生連中が対応に動き出しているということは、あと一歩で警察騒ぎになる段階なのだろう。義務教育の過程から魔法を取り入れている弊害……社会が公平性を求めるがゆえに生み出される、暴力性をむき出しにした不良生徒への公的魔法教育が、結局は深刻な暴力問題を励起する一助になる構図は、かなり前から社会問題化している。

天朝国(ハインセット)と関係を築いている政府は、その助言に従い魔法教育を適性ある有望な生徒にのみ選択的に与える方針を示してはいるものの、どの時代にもいる反政府的思想の団体からの言論攻撃で、社会的不利益を分かっていて実行できないでいる状況である。とにかく人は平等に機会を与えられなければならないらしい。政府は「適性試験を受ける権利は国民すべてに与えられる」という『平等』を打ち出しているのだが、権力者に反抗する行為自体が目的のそうした団体とのやり取りは永久にかみ合わないに違いない。

現実的対応として、学校はそうした問題が発覚した場合、すみやかに警察の出動を要請する流れとなっている。まだ地球人類の魔法レベルが低い現状、拳銃を所持する警察の鎮圧力は、一定レベル以下の不良魔術士には相応の効果を維持している。…弾丸の生産性が恐ろしく落ち込んでいるために、警察もむやみにはばら撒けない苦しい状況ではあるらしいのだけれども。

警察が出てくれるのならまあ任せてしまえばいいか……などと思考停止しそうになるものの、どれだけ学校の対応が早くとも、今日の下校時間に間に合うとはとうてい思われない。

冬夜は窓ガラスに映るおのれの姿をちらりと見て、『ビン底メガネ』という有能な隠蔽アイテムが、この際は決定的な弱点になっていることを自覚する。


(見つからないと思うほうがどうかしてるな、やっぱ…)




その日の午後の実技授業も、大方の予想通り自習となった。

教科書のある座学授業ならばある程度生徒の自主性に期待できたかもしれないんだけれども、さすがに実技の自習とかは無理だと思う。

案の定というか、いつもなら学年ごとに学校敷地内に住み分けがなされていた授業エリアが、もうよく分からないほどにごちゃごちゃになっている。

3年は校庭、2年は体育館、1年は校舎屋上か視聴覚室……そんな感じの区分けが、指導教師がいないだけでまったく意味をなさなくなっている。

学内でもっとも術技に熟達している3年生が広い校庭を占有するのはむろんそれだけ強い魔法を使うからであり、彼らは最年長者としての自覚からか比較的真面目に『護身術』の訓練を行っており、それを下級生たちがわいわい騒ぎながら見物する、という感じである。

冬夜たちのクラスもまた、体育館という狭いスペースから大量の逃亡者が出て、そのほとんどがそうした見学に回っている。


「うわっ、あの先輩乳でけえ」

「空手部の佐伯先輩、揺れてるぞおい」


安田率いる一部のバカどもが、魔法と関係ないほうに視線を釘付けになっている一方、女子連中もあまりよろしくない動機が透けて見える鵜の目鷹の目で、イケメンかつ有能な先輩を見つけて黄色い声を上げている。

女に生まれ変わってしまったためか、先輩たちのたわわに実った胸がどれだけ躍動しても心がざわめかないおのれの変わりように、冬夜は小さくため息をつく。

体操着の襟首を伸ばして中を覗きこむ。


(ぼくももう少ししたらやばいかも…)


年齢に対してかなり発育不良な胸はすでに風呂場で何度も確認済みなのだが、まったく膨らんでいない、というわけでもない。服が張り付いたら違和感を覚えられる程度には微妙に膨らんでいる。


「おい、七瀬」


突然声を掛けられて、慌てて服から手を離した冬夜は、声のほうを見てそれが前の席の安田であることに気付く。

乳尻太ももに見入っていた安田が、真顔になって手招きしている。

上級生を彼女にしていると思われてから、やつには一目置かれるようになった。手招きして、また別のほうを指差して見せる。

なにかを教えようとしているらしいその指し示した先に、学校の正門があった。


「あいつらさっきからこっち指差して、メガネ野郎とか言ってるみたいなんだけど…」


いま正門では、うわさになっていた『七つ髑髏(セブンスカル)』のチンピラたちと、学校の教師数人がにらみ合いになっている。学校側のなかに実技指導の先生も混ざっているので、もしも実力行使という流れになったとしても易々とは負けはしないだろうと思う。

そのチンピラたちが、たしかにこっちのほうを指差してなにやら騒いでいる。

やばい。

少し目がよければこの距離でも『ビン底メガネ』は見分けられるだろう。それほどまでに自己主張の強い隠蔽アイテムである。


「あっ、ちょっとトイレいってくる」


即座に決断した冬夜が、校舎内へと逃げ出そうとしたそのとき。


「きみ、ちょっといいかしら」


すらりと伸びた綺麗な脚が、彼の行く手をさえぎっていた。

立ち上がりかけていた冬夜の目が、上目遣いにその相手を見る。

そこにいたのは、体操着姿の学校の有名人、生徒会長の由解明日奈(ゆげあすな)であった。そのきりっとした眼差しに見下ろされて、冬夜は気圧され気味に半歩下がりながら立ち上がる。


「あの殿方たちが、どうやらきみのことをお探しのようなの。教頭先生がお呼びなので、着いてきてもらえるかしら」

「………」

「あの殿方たちとは接触させませんから、安心してください」


生徒を守る側の学校としては当然の処置であっただろう。

トラブルのもう一方の当事者と思しき『メガネ野郎』を隔離して、事情聴取を行うつもりであるのだろう。

おりしも見学の冬夜を見つけて、駆け寄ってくる砂姫の姿が近づいてくるところであった。なんともタイミングの悪いことだった。彼女はこちらが被害者であるという有力な証人であると同時に、彼の異常性を暴く証言者にもなりえる存在であるのだから。


「…どうしたの冬……会長?!」

「あら、中川原さん」


そこにいる由解明日奈の存在は予想外であったのだろう。たたらを踏んで立ち止まった砂姫は、明日奈を見、それに並ぶ冬夜の顔を見る。


「…冬夜が……あの、なにかしたんですか?」

「まだ実技授業中だと思うのですが。自習とはいえ、あまり油を売っていてよいものではありませんよ」

「…は、いや、その……サボってるわけじゃ。…それよりなんで冬夜が生徒会長に?」

「先生方の呼び出しで連れて行くところです。…急いでますので、そこをどいていただけませんか」

「呼び出し? 冬夜が? なんで!」


そのままスルーしてくれたら助かったのに。

砂姫が食いついてしまった。


「あなたには関係のない話…」

「わ、わたしはこの子の、こ、後見人の娘なんです!」


祖母が入院する際に、お隣のおばちゃんに彼の世話を頼んだのは事実である。

それが『後見人』に当たるのかどうかは疑問ではあるのだけれども。


「『七つ髑髏(セブンスカル)』という不良グループがうちの生徒を探していて……その探している生徒の特徴が『ビン底メガネのチビ』なのだそうです。生徒の安全のためにも、少し事情を確認させていただこうと…」

「『七つ髑髏(セブンスカル)』! …そ、それっ、わたしも当事者なんですッッ」


冬夜は顔を手で覆った。

パンピー生活崩壊のピンチであった。


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