014 変わりゆく日常
目を閉じると、精霊子の海が広がる…。
まるで夜空の星の海に放り込まれたかのような感覚に陥る。
「…触った感じのちりちりするやつが、『ラ』だ。…おまえたちの言う『《電磁力》』に当たる。触ったときにちりちりするのは、そいつが常にびりびりと震えているからだ。握ってみろ」
言われるままに、それらしき精霊の粒を握りこむ。
手のひらに伝わってくるのは、炭酸ジュースの気泡がはじけるようなあの感覚である。それが《電磁力》の持つ『震え』なのだろうか、と思う。
《電磁力》とは、電気の元であり、磁気の元であり、電磁波の元でもある。『+』と『-』という二極性を持ち、異極で引き合い、同極で反発する電気と磁気の共通性は……なんとなく理解はできるものの、宇宙から間断なく降り注いでいるという電磁波(太陽の光も含む)もこのうちに含まれるという理屈は正直言って分かりづらい。
まあ分からないなりに、感じ取る現実を受容するのが体得の早道であるだろう。
つまり《電磁力》を利用する《電気系魔法》は、発電所の近くや光の強く降り注ぐ場所、地磁気の強い磁鉄鉱床や活断層付近などが『地の利』を踏む場所ということになる。
現在、ヘラツィーダさんから訓練場として指定されているのは、家の裏庭である。祖母の家は古いので、街中なのに5メートル四方ほどもあるブロック塀に囲まれた庭が付いている。祖母が元気な頃はここに家庭菜園とかがあったのだけれども、いまは隅っこに紫陽花が生えている以外雑草のジャングルと化していた。
そのたくましい雑草を魔法一発で刈り尽くしたヘラツィーダさんマジ便利である。
「こういう地表で漂っている『ラ』の浮遊精霊などたかが知れている。使うのならばまずは地面の磁性を借り受けるか、状況に合わせて頭上から降り注ぐ星の波動(宇宙の電磁波?)を引き込むのが良かろう。…星系の主星(太陽?)が見えているときのほうが波動は膨大となるが、まあ刻限が裏側(夜側?)になったところでそれなりの波動は届いている。…感得せよ」
天朝国における、これが魔法の初等教育なのだという。
高位把握野あったればこその学習形態であろう。精霊子が見えなければなにを言っているのかまったくもって理解できないところだ。
まあ、だからこそいえるのは、これが優秀な魔術士に駆け上がるための最短かつ最効率の学習法であるということだ。冬夜はここ数日のこの学習法によって、スポンジが水を吸い上げるように『魔法とはなんであるのか』を習得しつつある。
魔法とは、その空間にある4種の精霊子……《電磁力》、《重力》、《強い力》、《弱い力》……それらをいかにして利用するか、という学問であり技術体系であった。
体験的にその『4種の精霊子』を覚えさせることで、なにが可能でなにが不可能かを、天朝国人は真っ先に身体に叩き込むものであるらしい。
「この星の原住民どもの教本……ふん、使えんな」
ルブルン家の新米家臣が、現状どの程度の教育水準にあるのか確認したいと要求されたので渡した教科書であったのだけれども……ちょ、そんな買って損したつまんない漫画みたいに放り投げないで!
「火魔法? 可燃物を燃やせばなんだって火ぐらい着く。何もないところに脈絡もなく突然火は着かない。高温を得たいだけなら、『ラ』(電磁力)で構成分子を揺らしてやったほうが早い」
電子レンジですね、分かります。
火炎放射器みたいな異常な炎でも作り出せない限り、火による攻撃的な魔法というのは難しい。そもそも『火』という物質の酸化現象そのものは、その過程において発生する《電磁力》や《強い力》などの解放現象に他ならない。
「水魔法? くだらんな。水も物質のひとつに過ぎん。魔法で生み出すことはできるがそれは遭難した時などのサバイバル時に必要な程度で、圧倒的に『ナ』との交換率が悪すぎる。…『ナ』とはおまえたちの言う《思惟力》のことだ」
酸素と水素の化合でH2Oゲットだぜ! どや水魔法『霧の牢獄』! みたいなケミカル系な中二発想は、大学や国の研究機関などで検証実験が繰り返されているとニュースで見たことがあるのだが、天朝国人に言わせると、物質の化合は『ア』(《強い力》)の精霊子に『ナ』(《思惟力》)をごっそりと食わせるものなので、燃費の悪さのあまり忌避感を覚えるのだそうだ。
そもそも化合によりまとまった量の物質を調達できるほど、地球人は《思惟力》を持ち合わせてはいないらしい。川とかの水源から水を引っ張って高圧水流とかも、「いやそれは『ダ』(《重力》)の魔法だろ」と失笑の洗礼を浴びる。胸が痛い。
「風魔法? 『ダ』で周辺の空気を抜く、という真空を作るやつは聞いたことがあるが、『風』そのものを魔法思想の柱に据える発想が理解できん。…ああ、『ダ』とはおまえたちの言う《重力子》のことだぞ」
ウインドカッターはダメですか。そうですよねやっぱり。
その真空魔法でカマイタチはいけそうな気がするんですが……そうですか、真空程度では皮膚組織すら切れませんか。気圧差とかじゃなくて風で飛んだ小石で切れただけじゃないかって……ああ、いえ、何でもありません。
…などというやり取りをしつつ、冬夜は『無知』の闇を取り払われ、魔術士としての純度を上げられていく。
そうして訓練の最後には、感得させられた精霊子を用いた具体的な術技発動を要求される。この日は中二病ご用達の《火魔法》への鎮魂歌として、あえて火を発する魔法を作ってみた。
ちょうど庭には、可燃物である刈られた雑草の残骸が散乱している。
(いけっ! 『ファイヤートルネード!』)
図書館で蓄えた中二病知識といまの人間離れした《思惟力》を注ぎ込み、母なる大地が万物に及ぼし続けている大量の《重力子》を動員する。
《重力子》の流れを円柱状のループに捻じ曲げ、その回転に引き込まれる空気を急激に育てていく。これに中二知識……旋風の上に物質の静止、下方に振動の付加……さっき言っていたレンチンの要領で、両極端な熱源を設置、竜巻発生の条件を整える。
強くなっていく風に飛ばされまいと踏ん張りつつ、地面に落ちていた刈り取り雑草を旋風に吸い込ませる。
程よく集まったところで着火!
燃えが悪いので酸化反応を強制! 物質化合が割に合わないという現実を、ここで実体験した。一気に《思惟力》が持っていかれて、意識が遠のいた。
しかしそのおかげで巻き込まれている雑草が急激に燃えて炎の竜巻が現れる。ビジュアル的にはまさに『ファイヤートルネード』だった。
よっしゃ! と心の中でガッツポーズをとる冬夜であったが…。
「なるほど、ゴミ処理魔法か!」
腕組みして見学しているヘラツィーダさんのコメントが的確に、ひとりの中二病患者のグラスハートをえぐったのだった。
天朝国の貧乏王女主従が家に転がり込んできてから一週間、着実に魔術士としての実力をつけてきたと本人も自負していたし、師であるヘラツィーダも弟子の長足の成長を素直に評価した。
正式に『騎士見習い』とされ、内々に中世の騎士がやるような任用式が行われた。両肩に王女の祝福した剣を押し付けられ、宣誓の文を見習いとなる人間が読み上げる。
え? お伽衆だったんじゃないかって?
まあそこはそれ、極度の人材不足なルプルン家には、まず必要なのは王女の盾となる者の補充なのだそうで。お伽衆と兼任らしい。
そして避けられぬ流れとして、お伽衆としての礼儀作法も習得を強要されていたりする。家ではすっかりメイドさんのような扱いであり、言葉遣いに作法、茶の淹れ方までスパルタで仕込まれた。なまじ高スペック化しているものだから、スポンジが水を吸い込むように覚えていってしまう。
ルプルン家の制服らしいメイド服を持ち出されたときは、それをどこから出したのかと突っ込む余裕もなく服を剥ぎ取られて、半分レイプされたようなやるせなさに身を震わせながら着用を強要された。嫌がる彼の様子がツボだったのか、ヘラツィーダさんから以後生暖かい視線を貰うようになった。どうやら手遅れな感じの百合属性持ちと、知らなくていい嬉しくない事実も判明している。おそろしい。
当然のことながら、メイドのたしなみだと化粧術も仕込まれた。ただでさえ素材がよすぎるのに、メイクされるとそこに『魅惑』の魔法がバフされる。
妖艶系に清楚系、《思惟力》で太さを自由自在な魔法の筆が登場して、色と筆遣いで千変万化な変身を可能にする。
あまりの威力に、脳内のかたくなに男であろうとする何かがぽきりと折れそうである。女って怖いわ。
日々、いろいろな意味で急成長を遂げつつある冬夜であったが。
むろんいろいろな意味で弊害も生まれつつある。
毎朝登校の待ち合わせをしている砂姫に、物陰で眼鏡を取らされるのが最近の日課になっているのもそのひとつであろう。
磨きをかけられている自覚はあるので、そうした変化を幼馴染に見抜かれているのだろうと諦めているのだけれども。
「…むはぁぁっ、ありがと。ごちそうさまでした」
最近砂姫姉が壊れ気味です。
勢い任せに描いてるなぁ(^^;)
あとで書き直すかもです




