ss 居候たちの事情
少し短めですが。
ブクマ100いきました。作者が力をため込んでいる…
やりこみ要素、というやつなのだろう。
最速タイムを叩き出すのにもすぐに限界がやってきて、『好敵手』がいうところのいろいろな裏技の必要性を理解するに至る。
「…ここじゃ!」
王都では見ることもない、黒い緩衝材で作った車輪で走る珍妙な移動カーゴが、わずかなコース縁石の凹凸を乗り越えて、草地をまたぐようにコーナーをカーブする。
受像装置の精細度は中央星団一の魔具職人集団であるペリシテ燈火人に迫るものがあるが、原始理論に依存するこの『液晶テレビ』なるものは、『ゲーム機』ともども扱いに少々集中力がいる。その余計な集中力が、スコアの足をやや引っ張っている感がある。
「姫様、お見事でございます」
「むふー、0.5は縮まったのう」
満足げに額の汗を拭ったアンノウン幼女……天朝国の高貴なる姫君は、いま一度と再戦をほのめかす興奮気味の近衛隊長に「いや待て」と言って、与りものの白い現地菓子にかぶりついた。
ジョーヨーマンジューというその黒い甘々を白い皮で包んだ菓子は、控えめな甘さが上品でなかなかに美味であった。受け取っていた10個ほどのそれを、主従してあらかた食い尽くしてしまっている。
コントローラーを放り出して、柔らかい床に身を投げ出すように伸びをする。
現地の草を編んだ『畳』とかいう床材は、絨毯のように柔らかでいて肌触りがさらりとしている。少し独特な匂いがあるものの、馴れればこれはこれで悪くはないと思ってしまう。
「…いちおう我がルプルン家の拠点はここに確保できたと見てよいだろう。臣下の所有物は主人のものでもあるからな!」
「そのお考えで間違いございません。くたびれた東屋でございますが、現地住民が密集する地区にそれを得たことは悪くはありません。来るべき『鼎の託宣』の時に備えて、いまは贅沢など考えず自領の勢力圏拡大にいそしむべきでございましょう」
「…くよくよと悩んでいても仕方がなかろう。斜陽のルプルン家に与えられた屈辱に悲嘆にくれたのももう過去の話じゃ。原住民の店から奪ったニホンシュで憂さを晴らしていたあの暗がりの日々も、この拠点と現地家臣を得たことでここに終った。トーヤは現地食材を使った料理の腕も悪くない。今後の拡大政策の有用な駒のひとつとして、しっかりと育て上げねばな」
「あの者は知性に乏しくはありますが、高位干渉理論に対する親和性は高そうです。わたくしめにお任せください。いずれこの地の現地臣民を統括する属州総督を任せねばなりませぬゆえ、みっちりがしがしとあの四肢脳髄に叩き込んで見せましょう」
「うむ、任せたぞ」
ごろりと転がりながら、カグファはそばにあった座布団を抱え込む。そのまま意味もなくごろごろしている主人を、コントローラーを握ったまま待っているヘラツィーダ。
「待ってもしばらくはやらぬぞ」
「……さ、さようで」
やや影の差したヘラツィーダを放っておいて、カグファは古い木板の天井を見上げて不機嫌そうに半眼になる。
「…しかし宗家め、一族の姫に下った託宣だというのに、分家首座のルプルン家をないがしろにしおって……先代のおじいさまが『銀河美食会』なる趣味にうつつを抜かして『鼎の義務』を放り出したがために中央星団が混乱したのは確かだが、その『天律不調和』災害の損害賠償を全部ルプルン家に付回しおって! 我が一族の斜陽を無理強いしたのは宗家であろうに、あんの青髪の腐れアマ!」
「お言葉が汚うございます、姫様」
「腐れておるのはおぬしも知っておろう! ヘラッ、あの大会議のあと『地割り』を行ったときのことを忘れたかっっ! 『大きな陸塊が5つで、ユーラシアとか言う超大っきいやつを3分割するとして……ちょうど7人だからそれぞれで分担しましょうか』…って、王女は『8人』いただろよく見ろよこの腐れアマッッ!」
そのときの怒りを思い出したのか、うがぁっと両手両足をバタバタとさせるカグファに、ヘラツィーダが目許をそっと押さえる。
「おいたわしや、姫様…」
「しかも小宮船も6つしか搭載してないときた……たしかに我がルプルン家になぜか招聘の使者は来なかったが、分家首座の沽券に関わると父上母上がわらわを『託宣の巫女』にねじ込んでくれたのだ、礼儀として人数分の小宮船を用意しておくのが宰主である宗家の責務であろうに!」
「…まさか徒歩で旅立つことになろうとは、このヘラツィーダも想像してはおりませなんだ」
「…この3年、『鼎の巫女』たるわらわの干渉力であっても、生きているだけでやっとな屈辱の放浪であった。…幾度かりそめの仮宮を現地民(※警察)に襲撃されたことか。…フホーシンニューとか意味のわからぬことばかりほざきおって……受け入れの現地民を見つけねば仮宮さえ置けぬと悟ったときには城に帰りとうなった」
「…『託宣の巫女』となったうえは、おめおめ帰るなど不名誉以外のなにものでもございません。そもそもいまは手立てもございません」
「…いずれくるであろうこの星の災厄は、放っておけば銀河消滅クラスの大災厄となる。そのまえに原住民のレベルを引き上げて、可能な限りの自衛力を付けさせねばならん。このあまりに広すぎる宇宙にあまた起こる災厄を、互助の精神で奔走するような奇特な勢力はない……『託宣の巫女』は『鼎の王』を戴く我が一族の高貴なる義務なのだ。そのような恥ずべき義務の放棄を、分家首座の長姫たるわらわがするはずもなかろう!」
「その心意気、感服いたします。このヘラツィーダ、身命を賭しまして姫様の手となり足となる所存にございます!」
感極まりつつ互いを見つめていた主従は、しばらくして再起動すると、姫様は伸びをして畳の上でいびきを掻き始め、近衛隊長は手に持ったままであったコントローラーを握りなおして、NPC相手にゲームを再開する。
主従が視線という通信で共有したそのときの活動方針は、「明日からがんばろう」であった。
そしてそのなんともまったりした空気が、長く不遇であった主従にとってこのうえない贅沢なのであった。
***
その日、かなり遅めに帰宅した家主が家の中で発見したのは、おのれの空腹をうるさくわめき続ける二匹の子豚だった。
砂姫の血(※主に鼻血)でべったりと汚れているブレザーをどうしようかと悩んでいる家主に、ぶひーぶひーと二匹が詰め寄っていく。
怪我か、怪我で食事を作れないのかと勝手に結論付けて、ちちんぷいぷいと小さいほうの子豚が魔法で血の跡を消してしまった。
え? どうやって消したのと驚く家主をよそに、飯を作れ、早く作れの子豚たちの大合唱。
結局その日、家主の少年(=少女)は、疲れたからと言ってご飯だけ炊いて、買い置きのレトルトカレー(甘口)で手早く夕食を準備した。
皿に盛ったご飯に得体の知れない茶色いソースをかけただけの料理に、気位の高い子豚たちは不満げな顔をしたものの、一口食べた瞬間にきらきらと目を輝かせた。
子豚たちはあっという間に食い尽くして「おかわりっ!」と勢い良く皿を差し出してきたが、元来小食らしい家主は困ったように空になった土鍋を見せるだけだった。
すぐ作れ今作れとわめく子豚たちに、家主はため息をついて、
「ばあちゃんから預かってるいまの生活費じゃ、この人数でひと月はきついよ」
とリアルに重い現実を口にする。
子豚たちはそのとき『財政難』という現実を知ることとなった。