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012 非日常へのいざない③






近隣から犬の鳴き声が響いてくる。

公園の外縁付近から不特定多数の人の怒声やざわめき。

心なしかサイレン(手回し)の音も近づいてきているような気がする。

あのゴミ箱の破裂音は案の定、付近一帯に余すことなく且つ無遠慮に届いていたらしい。この調子だと、不思議魔法時代に若干心許ないものの、庶民の味方である警察がやってくるのも時間の問題だろう。


「…え、なにこのドロドロ」


しゃがみ込んでいた砂姫は冬夜を見上げながら、ようやくにして頭を滝のように流れ落ちる大出血に気がついたようだ。

ああ待って! いま気を失わないで!

大丈夫だから! 頭の傷はほかよりも血がいっぱい出るものだから、思ったほどの怪我じゃないから!

上から見ている冬夜には砂姫の頭の傷が見えている。空き缶か何かが当たった拍子に少し皮膚が裂けたものらしい。

実技授業が割りとハードないまどきの中学生なら、ひとつふたつ緊急用の薬ぐらい持ち歩いている。生傷が身近ないじめられっ子であった冬夜の常備薬はワセリンである。

ボクシングの選手がセコンドの人に出血時に塗られるアレである。傷に直接塗るのは躊躇するものの、多少の血ならすぐに止まる即効性が優れものである。

製造が比較的に容易なのか、抗生物質が慢性的に不足しているのとは対照的に、軟膏や湿布などの外用薬とともに薬局で容易に手に入る。

チンピラどもが戦意喪失している貴重な時間を失うことにじりじりしつつも、ポケットから取り出したワセリンを有無を言わさず傷口に塗りこみ、ハンカチで顔に着いた血を多少なりとも拭ってあげる。


「…薬塗ったから血は止まったよ。それよりも早く…」

「…えっ、あっ」


手を引かれて、ようやく再起動した砂姫が立ち上がる。

制服にもしっかり血がついてしまっているものの、本人には帰宅後に気付いてもらうことにする。

そうしてようやく脱出しようというところで、チンピラたちの包囲もまた復活しているのに気付いてしまう。くそっ。


「誰だいまの魔法使ったのは!」

「あんだけモノ飛ばしたんだから《重力子(グラビティ)系》じゃねえの?」

「ないないないって! 中坊が《重力子(グラビティ)系》をガチレベルで使いこなすとかありえねえって!」


これは現象を突き詰め整理した学者が分類したものだが、教科書では物体を意のままに移動させる魔法は、《重力子(グラビティ)》を操ることで実現が可能とされている。

担任の平岩が得意とするチョーク飛ばしがいい例であろう。昔、超能力のひとつとされていた『念動力(サイコキネシス)』は、この《重力子(グラビティ)》を無意識に操った、《重力系魔法》の意図せぬ発動であったと解釈されている。


「《重力子(グラビティ)系》?! なんのこと…」

「砂姫姉ッ! しゃがんで!」


呆けている砂姫を狙って近くにいたチンピラのひとりが《ショックガン魔法》を放ってきた。

それを服を引っ張ることで無理やりにかわさせて、即行で作り出した《絶縁魔法》の副産物シールドでそのチンピラを突き退ける。

よろめく砂姫をそのまま密生した茂みへと押し付け、冬夜はその守りとして壁となる。

先ほどまでとは庇護者の立場が完全に逆転した形である。

ビン底メガネの冴えない『弟』が前に出てきたことで、チンピラたちの好戦性が目に見えて高まった。女と違って壊してもいい男なら遠慮の必要などない。その分かりやすさに、冬夜もまたぷっくりとした唇に笑みを浮かべた。

こうして砂姫という『障害物』がなくなり、身動きの自由度が増した状況で身構えた彼は、おのれの身に起こったスペックアップの恩恵を意識を染み渡らせるようにして確認する。


(…手も足も背中も、バネが入ったみたいに瞬発力が増してる……ああ、いまもしも思いっきり飛んだり跳ねたりしたら、バカみたいに動けるんだろうなー)


じっとしているだけで身体がうずうずとしてくる。

とりあえず右手に《ショックガン魔法》を準備した。今度は失敗しないように電気の充填はほどほどにする。

囲んでいるチンピラの人数を見て、それだけでは心許ないと左手にも同様に《ショックガン魔法》を準備する。一度にふたつも術技を用意するなど相当な高難易度であるのだが、高位把握野(ハイクルーフ)で高められた場に対する演算能力は、《ショックガン魔法》程度の複数使用などお茶の子で実現してのけてしまう。

おそらくその気になれば、同時使用はもっと増やせるような気がおおいにする。腕の数はあいにくと二本のみだが、両手の指10本すべてを使えばそれだけ別個に準備できるだろう……有効活用できるかどうかは別としてだけど。

背中に感じる砂姫の視線さえなければ、ここにいる一般人に毛が生えた程度のチンピラなど瞬く間に制圧できるような気さえするのだけど。

いかんいかん。

心のブレーキを踏みつつ呼吸を落ち着ける。

ただでさえ性転換しているうえに顔の形まで激変し、その他スペックまで人類離れしているとばれた日には、おそらくいままでの庶民ライフが吹き飛んでしまうほどの大惨事が起こるであろう。

一般人の日常にこれからも安閑と埋没しているためには、守っておかねばならない平凡ラインを適度に押さえておくことが肝要なのだ。


「冬夜…」


もっとも、《ショックガン魔法》を左右同時に、こともなげに用意して見せた時点で、相当にやらかしてしまっていたりするのだけれども。お隣の少年の驚くべき術技の巧緻に、砂姫が目を見張っていることには気付かない。

それは囲んでいるチンピラたちにも言えることだった。

普段から魔法を抑制もなく扱っている彼らのほうこそ、冬夜の何気に見せた《ショックガン魔法》の二刀流に対する驚きが顕著であった。過剰な暴力性と中二器質のある彼らには、同様の『複数魔法発動練習』という黒歴史を歩んだ記憶が生々しくある。そしてそれらがほとんど成功したこともないという体験的結論も、現時点での彼らのショックを倍加している。

ふたり脱落した現時点で、彼我の人数差は1対5。

チビガリビン底メガネが油断ならない相手だと見取ったチンピラたちは、目配せで2人の前衛と3人の後衛……『W』の形に態勢をとった。ふたつの《ショックガン魔法》に対して、ふたりの犠牲者を織り込んだ態勢だった。

そして魔法による集団戦に慣れた彼らは、前衛のふたりに特殊警棒を取り出させていた。対《ショックガン魔法》武器として開発された、籠手を強固に絶縁した1メートルほどもある金属棒である。

冬夜たちに対する侮りがなくなったための、彼らの『本気』だった。


「…腕だぞ! 腕を殴りつけりゃ魔法なんか維持できねえ!」

「棒に通電させちまったっていいぞ! その警棒が空気放電して抜いちまうからな!」


ああそうでございますか。

なるほど、魔法の術技だけじゃなく人間の肉体の脆弱性も、意思のもろさも、彼らの『暴力』のなかにしっかりと織り込まれているらしい。その戦闘経験に裏打ちされた実際的且つ有効的な『物理』の使い方は参考になる。

感心している冬夜に、前衛の二人が警棒を前に突きかかってきた。

半分囮役といえども、やはり感電の恐怖は作用する。警棒の間合いで極力身の安全を図ってしまうために、そんな不恰好な『突き』を繰り出してしまう。

冬夜にとって、振り回す『線の攻撃』よりも『点の攻撃』に近い突きのほうが、動きが止まっている分処理が容易い。剣道の達人の突きではないので、動体視力が悪くても見切れてしまうレベルだ。

警棒は前に突き出しているので、急に振り回すことは困難である。その軌道を見切った冬夜は、二人の間を少し身をかがめることですり抜け、背中に隠した両手の《ショックガン魔法》を、翼を広げるようにしてふたりの腹部に叩き込んだ。

華奢な少年のふたりを同時に攻撃した両手パンチが、思いのほか威力を発揮して仲間をくの字に畳んだのを見て……後衛3人が歯を食いしばるようにこぶしを握り締めて殺到する。

魔法の術技はなかなか瞬時に発動できるようなものではない。ましてや相手は見るからに中学生である。仲間を犠牲にした二段攻撃はまさに必殺、であったろう。

が、冬夜の新たに得た動体視力は、洗練のないチンピラたちの動きをつぶさに見て取っていた。

最初に到達してくる男の拳を皮一枚で見切り、手をかけるや体操選手もかくやというアクロバットで3人の頭上を軽やかに飛び越えた。


「…ッ!!」

「はい、終わり」


背後を取った冬夜は間髪入れない。

両翼のふたりにあっという間に構築した《ショックガン魔法》を叩き込み、体勢を整えようと足を開いていた真ん中の男には、金的を食らわせる。

最後のやつはいささか不憫ではあったけれども、これまでに喰ってきた被害女性のことを思えば同情の余地など微塵もない。社会的にはむしろ再起不能に粉砕すべきであったのかもとか思う。

倒れ伏したチンピラたちをいささかの遠慮もなく踏みつけて越えた冬夜は、眼前の光景にいまだ呆然としている砂姫に手を差し伸べる。


「いこ。砂姫姉」


電気の不正盗用から回復した外灯が落とす光で、彼の影が砂姫へと掛かる。

呆然と見上げるだけの砂姫に少しだけため息をついた冬夜は、公園の外から届いてくる大勢の人の気配とサイレンに、一瞬だけ考える。

そうして彼の出した結論は、腰を抜かしている砂姫の肩と膝の裏に手を差し入れて、彼女を抱え上げることだった。


「…とっ、冬夜ァ」

「時間ないから、逃げるね」


砂姫は発展途上とはいえ体格もほぼ大人に近い。

それを難なく抱え上げた冬夜のほうは、まだ小学生くらいのチビガリである。

ぐらつきもせずしっかりと抱え上げられたことに驚いた砂姫であったが、おのれの置かれた状況に気が回ってからは茹蛸のように真っ赤になって湯気を上げた。

首に腕を回し、抱きつく格好で『御姫様抱っこ』を受け入れた砂姫は、結局自宅までそのまま運ばれることになる。

家に着いたときに、彼女が鼻から別の大流血を起こしていたことが判明したのはまあ蛇足である。むろん彼女はその後救急病院送りとなった。


…壁打ちテニスしてる気分になってきたのです。

書くぶんには面白いんだけどいまいちなのかな…

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