011 非日常へのいざない②
「冬夜はさがってて」
「………」
「聞いてる、冬夜?」
「たぶん危ないのは砂姫姉のほうだよ。…来た道戻ったほうが街に近いし、後ろのをなんとかして逃げようよ」
「…でもあんた実技苦手なんでしょ? それならあんたが街に戻って助けを呼んできてくれれば…」
「ダメだよ、そんなのは絶対にダメだ! ぼくは殴られて終わりだろうけど砂姫姉はひどいことされるよ。どっちかが逃げるんなら、それは砂姫姉のほうだよ」
「冬夜…」
冬夜の男の子な発言に、少しだけそちらを振り返った砂姫の顔が赤い。
彼女のなかでどのような葛藤が生まれているのかは知りようもないが、自分の身を盾にしようとする位置から動く気配はない。
おそらくは気持ちだけで十分、とでも思われたのだろう。砂姫の中でお隣のチビガリ幼馴染は保護対象でしかないに違いない。
(…どのくらいの『力』でやればいいのか分かんないんだけど、練習とか四の五の言ってる場合じゃなさそうだ……ぼくが砂姫姉を守らないと)
たぶんふたりを取り囲んでいるのは、ここいらの不良どもが寄り集まったグループで、『セブンなんとか』とかいう少し恥ずかし目の名前のやつらだろう。学校でよく話題になるネタなので、モブ生徒の耳にも届いている。
たしか魔法術技で暴力事件を起こしてドロップアウトした連中がつるんでいる不良グループで、ウソかホントかこの界隈のガチの暴力団……どんな時代にもなくなることのない非合法組織がバックについているとか吹聴されている。
地域の裏道や公園なんかによく出没し、『辻斬り』よろしく対人で使用が制限されている危険な魔法を振るって警察沙汰になることも多いらしい。
(…ここにいるのはこの7人だけかな……高位把握野にはこの人たちの分の《思惟力》中心しか感じないし。…とっ、少し離れたところに……公衆トイレの辺に何人かたむろってるか)
意識を集中すれば、一定の範囲内であれば気配探知も行えるらしい。付近の精霊子の偏在を探ることでの推定ではあるのだけれども。
明らかに『セブンなんとか』に所属しているチンピラたち以外に一般人はいないようだ。まだ暗くなってそれほど時間も経っていないのに運がなかった、と考えるのはいささか甘いのかもしれない。他の通行人はそのあたりを重々承知で公園通過を避けているのだとしたら、ふたりがただ間抜けであったとしか言いようがない。
砂姫がなぜ彼の反対を押してこの公園を通り抜けようとしたのかは謎であるが……いまはもう言っても仕方のないことであった。
ともかく無事に砂姫を脱出させなくてはならない。ここで捕まって拉致でもされた日には、女性の身には耐え難い仕打ちが待っているだろう。
まあ実際は自分も今は女なのだけれども。
心は男なのでそちらに対する危機感はかなり薄かった。
(…手をガードして……電気を集める)
長谷部の魔法を見て覚えた《ショックガン魔法》のノウハウ……その活用の機会がこんなにも早く訪れるとは思わなかった。
手を絶縁魔法でガードするので、《ショックガン魔法》の起点に電気を集めるのがまったく怖くない。平均的な地球人類の28倍に拡大されている冬夜の《思惟力》は、少し集中するたげであっという間に必要十分の電気を溜め込んだ。
(一発で行動不能にしなくちゃだから、もうちょっと強めにしとこう)
さらに《電磁力》を掻き集める。冬夜の目には、周辺の浮遊電子が指先に集まってくるのが見えている。そのさまはまるで某宇宙戦艦の決戦兵器のチャージ場面を見るようだった。
そのとき、公園のわずかにしかない生きた外灯が、ぱっぱっ、と弱々しく明滅した。ここにいるだけで9人の魔法使いが同じ《電気系魔法》を準備しているのだ。その魔法のもととなる《電磁力》のリソースが不足して、電線で供給されていた分にまで動員がなされたのだろう。
集団での《電気系魔法》一斉使用は、近所迷惑の原因になるので、使用には注意しましょう……交番の掲示板とかに貼ってある政府広報を思い出して、軽い笑いの衝動をこらえる。そういえば街中で実際に電力の窃盗容疑を掛けられた人がニュースになったこともあったな…。
じり、じり、とチンピラたちが包囲を狭めてくる。
いちおうやつらも、砂姫の準備している《ショックガン魔法》を警戒しているのだ。
しかししょせんは行動不能になるだけの致死の魔法ではないと目されているために、チンピラたちの顔から余裕が消えることはない。誰か一人が犠牲になればあとは好きに蹂躙できる……その不幸な最初のひとりを誰がやるのか、その仲間内のチキンレースに対する駆け引きが足取りを慎重にしているに過ぎなかった。
《電磁力》を掻き集め続けた冬夜は、パチパチと小さく放電していた自分の指先が、そのうち音も発しなくなったことにややして気付く。
魔法に失敗して放電してしまったか……慌ててそちらを見て、彼はぎょっとした。
(…光の玉?)
指先数センチのところに、青白く光を放つビー玉ぐらいの光の玉が浮かんでいたのだ。それがみるみるうちに膨らんでいき、呆けている間にスーパーボールぐらいに大きさに肥大する。
(…ふええっ?)
これはやばいやつだ。
直感的に冬夜はそう思った。
とっさに処理することもできず、どこかに投げ捨てようと顔を上げたそのとき、間の悪いことにチンピラたちの襲撃が始まっていた。
身構えた砂姫の指先が震えているのを見た冬夜は、萎えしぼみそうな気持ちに活を入れ、おのれが担当すべき砂姫の背後側に顔を向けた。
そこにいましも接近しつつあったふたりの男を目に止め、ほとんど無意識におのれが作り出していた不可解な光の玉を投げ放っていた。
本来《ショックガン魔法》は接触して初めて相手に高電圧を押し流すことができる。が、その光の玉は青白い光の髭をくるくると回転させながら、まるでボールのようにふよふよと飛んでいき、そのスピードのあまりの緩やかさから相手にあっさりと避けられてしまった。
「なんだその手品はよ」
「いまのちっちぇえ《燐光》か! あれって投げれんのか」
たしかにその光の玉は、小さな《燐光魔法》にも見えなくもなかった。
《火系魔法》である《燐光魔法》ならばほとんど殺傷力はないので、男たちはいよいよ暴力の欲求に笑みをこぼして、攻撃魔法を失った冬夜に一気に近づいてこようとした。
だがしかし。
それがただの《燐光魔法》であったのならば、確かに問題はなかったのだろう。
術技を発動した本人にも分かっていないので、彼らの認識不足を誰も責める事はできない。しかし事態を甘く見たツケは、想像外のその破壊力の余波を食らうことで強制的に支払わされることとなる。
それは《火系魔法》ではなく《電気系魔法》で生み出された光の玉であった。難なく避けたその光の玉が、男たちの背後に設置されていたゴミ箱に当たったと見えた刹那……激しい火花を発して内容物もろともにゴミ箱を爆散させたのだった!
衝撃は破裂音となって音速で襲撃者たちを打ちのめした。
むろん、術技を放った冬夜と背中合わせの砂姫も例外ではなかった。
ゴミ箱は空き缶を含む大量のゴミとともに爆散し、それらがたちの悪い手榴弾よろしくそこに居合わせた人間たちに襲い掛かったのだ。
「うわッ」
「ヒャァァァッ」
「な、なんだぁッ」
とっさに作り出したシールドで防御に成功した冬夜ですら、空き缶を含む数個のゴミ流弾を食らって顔をしかめた。その背後で砂姫も、見事に後頭部を叩かれてしゃがみ込んでいる。
一番の被害者はむろんゴミ箱に最も近かったふたりだった。ゴミ流弾にしたたかに全身を打ち付けられ、プールにジャンプしたような格好で砂利石の上に倒れ伏している。
命に別状は……ないと思いたい!
(や、やばすぎる)
術者当人はすっかりとドン引きしていた。
《電気系魔法》で生み出されたはずの《電磁力》の塊は、その電荷を高めすぎたことでとんでもないことになったらしい。
後日彼が図書館で独自調査したところ、その現象に近いものとして『球電』が浮かび上がった。名称からしてすでに魔法っぽいが、昔から目撃報告されている自然現象の一種らしい。
むろんこのときの冬夜がそれを知るべくもない。
(アレが人体に当たったら……いろいろとやばかったよほんと人生終ってた。避けてくれてありがとうチンピラの人)
生存確認もしていないのに感謝の意を心の中で述べつつ、砂姫がしゃがんだことで開けた視界をさっと見渡した。
取り囲んでいたチンピラたちは全員しゃがみ込むか地面に伏せている。
逃げるならいまだと判断して砂姫の手を引っ張ったのだが……ぎゃー、砂姫姉が大流血してるぅぅっ!
「なんなのよもう……頭になんか当たった」
「………」
「どうしたの、冬夜?」
しかも本人気付いてないしぃぃ!