序章
はじめます。
その日、地表からいっさいの人工的な輝きが消えうせた。
《グレートリセット》……後にそう呼ばれる災厄によって、頂を極めようとしていた人類科学文明が崩壊したのである。
取り返しのつかぬ最終戦争が勃発したわけでも、地球規模の天変地異が地表を薙ぎ払ったわけでもない。それはあまりに理不尽な、一方的他者都合による『もらい事故』のようなていで、不可避の不幸として人類に降り注いだ。
「仕方ないじゃない。自分ルールが一番楽なんだもん」
自然法則……人類が認識していた森羅万象の理が、外宇宙生命の恐るべき《大魔法》によって別の法則体系に書き換えられてしまったのだ。
その一方的他者都合を押し付けてきた当事者と呼んで差し支えない《少女》が、血相を変えた日本政府代表団に、さも取るに足らないというようにそうぶすくれて見せたという。
不幸にも、映像機器がすべて止まってしまったために動画的なものはまったく残ってはいないのだが、かろうじてもっとも原始的な記録方法……画家による模写としてその姿は公式に伝えられている。
天朝国王女、フィフィ。
ぱっと見小学生、澄んだすみれ色の瞳は好奇心の強さを表すようにきらきらと強い光を帯び、セルリアンブルーに輝く髪はつややかな翅のように下へ行くほど左右へと分かたれふわふわと動いている。白と青を組み合わせた落ち着いた感じのドレスに透明の羽衣的なものを纏い、その手には宝石を埋め込んだ儀仗的なものを握っている。
この少女、政府高官たちの前で呪文とともに見事にふわりと浮かび上がり、空中で軽やかに舞い飛んで見せたそうだ。
なにそのリアル魔法少女。
蛇足だが、無防備に飛んだあとまくれかかったスカートに、かわいらしく泡を食ってしゃがみ込んでしまったそうだが、若かりし頃にその成分を大なり小なり取り込んでしまっていた日本男児の心を無駄に鷲掴みにしたようである。
この少女、外宇宙知的生命体……平たく言えばエイリアンの王族であった。
《鼎の王》を輩出する四賢族がどうとか、中央宇宙有数の名門とか、彼女がのたまわったという記録はここでは置いておくとして…。
「…それで、われわれの文明はこのあとどうなるのでしょうか?」
「えっ? なんのこと」
「ですから、止まってしまったわれわれの科学文明はこの後もとに戻るのかどうかということを…」
「…えっと、戻りませんよ?」
「はっ…?」
「あの、わかんないかな~。『不便』はやだから、戻さないし」
「…申し訳ないですが、わたしどもにはいまひとつピンと来ないので噛み砕いてご説明を…」
「原始理論で世界管理とか、コスパ悪すぎだし」
「………」
「うちらの高位干渉理論でこの星の摂理を上書きしておいたから! めちゃ親切?」
「………」
「………」
「魔法使えるんだけど」
ガタタッ!
この外宇宙知的生命体に最初に接触したのがラノベ文化に冒された日本政府であったことは、地球人類にとってけっこう不幸であった可能性は否定できない。
その日、地球はある意味、『始まった』のだった…。