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3-盲点

森の中は静かなようで居て、意外とにぎやかだ。

生き物たちが目覚め出す朝ともなれば、鳥のさえずる声、風に木の葉がそよぐさわやかな音で満ち溢れる。


「おはようございます、リーペさん。

近くの小川で水を汲んできたので、よかったらどうぞ」

グスタフは先に起きていたらしく、起きぬけのリーシェに山羊皮の水袋を渡した。

「おはよう。のどが渇いていたところだよ。ありがとう。

それにしても、固いベッドだったな…すまない。自分で作っておきながらひどい寝心地だった」

「まあまあ。元はと言えば私が倒れてしまったせいで足止めしてしまったわけですから」


グスタフは、昨日の焚火の後片付けをしながら話し出した。

「ところで、アルス=マグナ氏を捜すのはもちろんですが…当面の方針はどうしましょうか。

私は熊に襲われる前、フォルマースから王都ナザルルに向かう途中だったのです」


リーシェはあごに手をそえながら少し顔をくもらせる。

「そうか。私はつい先日、王都中を捜しまわったところだ。

隅から隅まで走り回ったが、奴は居なかったよ。

君を疑うわけではないが、おそらく王都からは既に出て、フォルマースかそれよりさらに遠方の町に行ったのだと思う」

「ナザルルに居なかったとなればその可能性が高いですね。

父から、アルス=マグナ氏は燃えるような赤髪の背の高い男だから、すぐ見つかると言われていたもので…。

王都に向かって旅を続けるうちにいつか会えるだろうと甘く考えていました。

結果的に行き違いになってしまったようです」


アルス=マグナ。

奴は、たしかに炎を閉じ込めたような赤毛を持つ長身の男だった、とリーペは思い出していた。

それだけではなく、作りもののように整った顔立ちであったことも。

あんなに派手な外見ならすぐ見つかるだろうとふんでいたのだが、なぜか王都では見たという人間が居なかったのだ。


「とりあえず、一旦フォルマースに行くということでいいか?森の中では落ち着いて話もできないからな」

「ええ。王都に居ないのであればそれが最善だと私も思います。フォルマースで彼を探す手だてを考えましょう」


*********


森のはずれから町まではさほどかからない。

フォルマースへは昼前に入ることができた。

「はあ。フォルマースのこの人ごみはあいかわらずだなあ」

おもわずリーシェはつぶやいた。


全ての物や人はフォルマースを通ってナザルルに向かう。

毎日がお祭りのようなこの町は、王都で暮らしていたリーシェですらうんざりする活気に満ち溢れていた。

とはいえ、歌姫の頃はフォルマースに招かれて歌うことも多かったから、多少慣れている。

歌うには最高の舞台だったが、豪商達がひしめきあうため、人間の欲望が渦巻いているような気がして、リーシェはこの町が苦手だった。


「とにかく、主要な宿屋を数軒まわって赤髪の男が訪れなかったか聞いて回ろう」

「私も来る前に数軒聞いて回ったのですが、なにせこれだけの町です。もしかすると聞きもらしがあったかもしれません。

2人で別れて捜せば、見つける可能性も少しは高くなるでしょう」

「その通り。私は東側から大きな宿を訪ねてみるよ。君は西側から探してみてくれ」

リーシェの言葉に、グスタフは浅く頷く。

そして、周りを少し見回し、大きい魚の絵を描いた看板が印象的な店を指差した。

「では、各々捜した後、夕方の日没時に、あそこのラフィーレ料理店で落ち合いましょう」


フォルマースは宿場町の名に恥じない宿屋の数を誇る上、町自体の広さも相当なものだ。

大きい宿屋だけにしぼっても、日没までにまわるには、かなり急がねば間に合わない。

2人は店を確認し無言で頷きあうと、反対方向へと急いで駆け出して行った。


――グスタフは町の外れに比較的近い、一軒目の宿屋のドアをくぐる。

「こんにちは」

「いらっしゃいよ、色男の兄ちゃん。食事かい?泊まりかい?」

「ああいえ、少々伺いたいことがありまして。訳あって赤髪の背の高い男を探しているのですが、こちらの宿に泊まりませんでしたか?」

「赤髪だって?いやあ、そんな派手な男は来てねえなァ…」


リーシェもちょうどそのころ、一軒目の宿屋にたどりついた頃だった。

「こんにちは。忙しいところに突然押しかけて申し訳ないが、アルス=マグナという魔法使いを探している。

赤い長髪を後ろで1つにくくった長身の美しい男だ。心当たりはないだろうか?」

「良い男ねェ。残念ながら来てないよ。赤髪なんて、この辺じゃまず見ないから目立ちそうだけど」



………

……


何かに必死になっていると、時間がたつのは早い。

リーシェとグスタフは、歩き回ってくたくたに疲れ切った体を、ラフィーレ海鮮料理店で休ませていた。

夜まで休みなく走り回ったのだが、二人ともアルス=マグナの所在に関する情報はいまだ何も掴めないままだった。

「おかしい。赤毛は絶対に目立つ。普通ならだれか見ていてもおかしくないんだが」

「宿屋は完全にあてがはずれましたね。となると…」

「ああ。商人、できれば旅の行商人を訪ねて彼らに聞くしかない。

それでも情報がつかめなければギルドにでも行ってみよう」

「ふーっ。先は長くなりそうですね」


グスタフは色鮮やかな海鮮パスタをフォークに巻きつけながら、ため息をついた。

リーシェも顔をくもらせながら、帆立と芋のミルクスープを少しずつ口に運ぶ。


「ところで」

「はい?」

「せっかく旅の仲間になるのだから、君のことを色々聞いても良いか?」

「え?ええ。それはもちろんですよ。

何か聞きたいことがあればどんどん聞いてください。私も質問したいことがありますから」


「ありがとう。一番気になっているのは君の一族のことだ。

グスタフはダークエルフだろう。一族の呪いとは何なんだ?」

「我が一族を蝕む呪いは、いつ頃かけられたのか定かではないのです。

おそらく、かけられた当初は効果の薄い呪いだったのでしょう。

けれど、長い年月を経て呪いの効果は強まり、気づいた時には一族の滅亡に関わる危機になっていました。

…具体的に言うと、段々とダークエルフ族の中では子供が生まれなくなっていったのです」

「子供の生誕を阻害する類の呪いか。それで一族が滅亡すると?」

「はい。人より多少寿命が長いエルフといえど、子供が生まれなければ滅亡は免れません。

実際、私の村では、ここ100年間子供が生まれていないのです…」


グスタフは少し目を伏せながら言う。

ゆっくりじわじわと、真綿で一族の首を優しく絞めるような呪い。それは、長い時をかけて一族を着実に殺していくのだろう。

直接的な殺害よりよっぽど趣味が悪い話だ、とリーシェは思った。


「そうか。それは何と言ったらいいか…すまん。悪いことを聞いてしまった。

君の一族の呪いと比較すれば些細なものだが、私が受けた呪いについても話したい」

リーシェは言いづらそうにしながら切り出した。


「まず、名を偽っていたことを心から謝ろう。私の本当の名前はリーシェ・ペティシュという」

「なんだか聞き覚えが…あるような?リーシェ、リーシェ、リーシェ。

ん?…あ!思い出しました。たしか、王都で人気の歌姫がそんな名前だったはず。

けれど、それがあなたにどう関係するのですか?」

「同じ名前とかではなく、リーシェ・ペティシュ本人なんだ」

「…えっと、噂ではリーシェさんは女の人だと聞いていますが…」

グスタフがとまどいながらも、リーシェの胸のあたりを困惑しながら見ているのが分かった。

「まあ、女としての魅力がないのは重々自覚しているが、分類上、一応女だ」

そうリーシェが言った後のグスタフの顔は見物だった。

目を白黒させたり顔を青くしたりした後、勢い良く無言で頭を下げる。

「それは大変その…し、失礼しました。リーペさん…いえ、リーシェさん」

「気にしてない。気にしてないとも。…話を戻そう」


「王都の近くには景色が美しい湖があるんだ。

私はよくその湖で歌の練習していたのだが、その日は運悪く、アルス=マグナが近くで寝ていたらしい。

彼を歌で起こしてしまって、やつあたりで呪いをかけられたのさ。ひどいと思わないか?

そんな些細な理由で、私は歌を奪われた。その後王宮を追放されて、今はアルス=マグナを探しているというわけだ」

「美しい歌を"反転"させて呪歌にしたというわけですか…。あの歌を聴いた後だと何と言ったらいいか」

「私は今まで通りに歌っているつもりなんだけどね。聴く側にとってどう聴こえるかは、君も知っている通り」


リーシェはふう、と一息ついてから、にっこり笑った。

「とにかく、君も私も、彼を捜し求めているのは間違いないようだ。それだけ確認しておきたかった」

「ええ。今日のところは宿屋に泊って、明日になったら行商人をたずねてみましょう」

「そうだな。なんでもいいから情報がほしい」


ふと、グスタフは何かを思い出したように目を開いた。

「そうだ…。

情報といえば、父からは、アルス=マグナ氏が無類の遺跡好きだったとも聞いております」

「なんだって?」

「私ひとりの時は捜索を諦めていました。ですが、リーシェさんの呪歌があれば」

「遺跡か。魔獣が多くて厄介だが、たしかに私ならなんとかできる可能性は高い。

アルス=マグナは、フォルマースを通らずに、森から遺跡の方に抜けて行ったのかもしれないな」


リーシェの中には、"移動したからには必ず町を目指すはずだ"という先入観があった。盲点だ。

これだけの町で目撃者がいないということは、その方がよっぽど納得がいく。


「この近くで遺跡といえば、フォルマースから半日ほどの距離にレイラック遺跡がありますね」

「ああ。あそこは危険だから地元の人間ですら寄りつかないと聞くが」

「魔法使いであれば行っていたとしてもおかしくないでしょう」


リーシェもグスタフも、このまま町を探し続けるよりかは、遺跡に居る可能性に賭けた方が見つかりそうだと頷きあった。

「そうとなれば早く遺跡にいったほうがいい。

彼がたとえ遺跡を訪れたとしても、そう長く遺跡に留まっているとは思えない。

明日でしっかり準備を整えたら、2日後すぐレイラック遺跡に向かおう」

「分かりました。しかし遺跡ですか…。

出会った時のようにあなたに助けてもらうばかりではいけない。一応こちらも武器の準備をしておきます」

「気にしなくていいさ。私は私の身を守っただけだ。

そうときまれば、さっさと料理を食べて、ひとまず今日の宿屋を確保してこよう」

「では、私は野営用の簡易式の寝床と水を今日中に確保してきますね」


リーシェとグスタフは食事を取り終えると、急いで探索の準備をしに走り出すのだった。

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