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2-同志

結局、男が目を覚ましたのは、日も半ばほど沈み、夜に差し掛かろうかと言う時分になってからだった。

「…!ここは…」

「ああ、起きたのか。さきほどは災難だったな。

よっぽど疲れていたんだろう…よく寝ていたから起こさないでおいたんだ」


何が起こったのか混乱している様子の男は、あわてて周囲を見渡した。

そんな様子を横目でうかがいながらも、リーシェは料理する手をとめなかった。


干肉をナイフで刻んで石で叩き、塩と胡椒、辛めの香草で軽く味付けする。

それに小麦粉とはちみつ、森を抜ける途中で採集したピュリッタの果汁を加え、練って厚めに平たく伸ばす。

焚火の上に乗せた鉄板で数分ほど熱した後、香草とピュリッタから作る甘辛いソースをかければ完成だ。

腹もちが良いので、王都ナザルルではよく食べられている一種の伝統料理である。


「この料理は初めて見ましたが、なかなか美味しそうですね」

料理が完成する頃になって、男は現状把握を終えたらしく、リーシェにおそるおそる話しかけてきた。

「ああ…これは私の大好物だ。知らないなら後で食べてみると良い」


返事しながら男を見やる。褐色の肌にとがった耳は、この付近ではほとんど見ることがないダークエルフの外見的特徴だ。

ダークエルフといえばはるか北方に住まう希少民族だったはず。

最近ではかなり衰退してしまっているという噂を聞くが…。


リーシェはさりげなく男を観察しながら本題を切り出した。

「ところで、君は一体誰なんだ?そろそろ気も落ち着いたころだろう。差支えなければ色々きかせてくれないか」

「ああ、そうでした。あなたにはまず最初にお礼を言わなければいけませんね…。

先程は危ないところを助けてくださってありがとうございます」

男は一旦、深くお辞儀をして続ける。

「私はグスタフ=ダルベインと言います」

「そうか。私は――」


リーシェは自分の名前を名乗ろうとして、一瞬言葉に詰まった。

リーシェ・ペティシュという歌姫の名は、近隣諸国でそこそこ有名であった。

必死に歌を磨いて、やっと人々に認めてもらうに至ったその名を、今ここで名乗るべきなのだろうか。


それは彼女にとって、一種の誇りであり、勲章であり、宝物のように大切にしまっておくべきもの。

歌姫の名を、歌を失なった今の姿で名乗るのは、過去の名誉を汚すようで憚られた。


「私はリーペという者だ。ある人物を捜すために、王都から旅に出てきたところでね」

「そうなんですか?いやはや、リーペさんも人捜しをなさっているとは。驚きました」

「その言い方では、まるで…。もしや君も人を捜しているのか?」


「ええ」

男は優しく頷き、微笑みながら話し始める。

「私も、とある人を捜すために旅をしているのですよ。

まさか同じ理由で旅をしている方に、こんな森の中で巡り会うとは思いませんでした。奇遇ですね」


「こちらも驚いた…。たしかに不思議な縁があるようだ。失礼かもしれないが、もう少し話をうかがってもいいか?」

「はい。捜しているのはある魔法使い殿でして。

先日私の父が死んだ際、父は私に、旧友の魔法使いを探してほしいと遺言を残しました。

父いわく、"反転の魔法使い"アルス=マグナこそ、我が一族にかけられた滅亡の呪いを解くことができる唯一の存在であると。

何としても探し出して呪いを解いてもらうように、と言い残して父は死んでいったのです」


「何?あ、アルス=マグナ?!」

思いもよらないところで仇敵の名を聞いて、リーシェは叫んだ。

リーシェの大声に目を丸くしながら、グスタフが不思議そうに尋ねる。

「リーペさん、どうかしましたか。…アルス=マグナ氏を知っていらっしゃるのですか?」

「あ、ああ…知っているというか…。いや、こんな偶然がありえるのだろうか」

リーシェは慌てて話し出す。

「さきほどある人物を捜していると言ったが、その人物こそアルス=マグナなんだ。

私は彼に呪いをかけられた。本人を捕まえて呪いを解かせるために旅に出たというわけさ」

「アルス=マグナに呪いをかけられた?あなたが?」

「そうだ。君は倒れてしまったから覚えていないかもしれないが、さきほど熊を撃退したのもその呪いの力なんだ。

私が歌うと、どんな歌をどれだけ素晴らしく歌っても、生物を苦しませる呪歌になってしまう」


その言葉を聞いてグスタフは始終浮かべていた柔和な笑みをひきつらせた。

どうやら今まで歌とリーペを結びつけずに話していたらしい。


「あの突然流れてきた歌のようなものは、リーペさんが歌っていたのか…」

「すまない。まさか、耳をふさいだ君まで倒れるとは思っていなくてね。

たいして武術のたしなみがあるわけでもないから、熊を殺すにはああするしかなかったんだ」

リーペが目をそらしながら言うと、グスタフは慌てたようにはにかんだ。

「いえ、リーペさんは私の恩人ですよ!

命の危機を救っていただいたのですから、とても感謝しています。この恩はいつか必ずお返しします。

ですからそう申し訳なさそうにしないでください」


「――それにしても呪い…ですか。

父からアルス=マグナ氏は破天荒な魔法使いだったと聞いていましたが」

グスタフはそこで一旦言葉を切り、言葉を選ぶように黙り込んだ。

リーペはせかすことなく、彼が話し出すのをゆっくりと待つ。


「そういう事情なら、私と一緒にアルス=マグナ氏を探しませんか?

呪いを解いてもらうという目的は一致しているわけですし…。

もちろんリーペさんがよろしければ、の話ですが」

「そうだな…」

「実のところ、私は彼の顔を知らないので、どう捜したものかと途方にくれていたのです。

顔を知っているあなたに協力していただければ、一人で探すよりずっと早く彼を見つけられるでしょう」


グスタフはリーペの手を軽くとって、深々と頭を下げた。

「お願いします。彼を捜しださなくては、我が一族はあと数十年のうちに滅びてしまう。

なんとしても、一族が滅びる前に彼を見つけないといけないんです」

「グスタフ殿、頭をあげてくれ。

実はこちらも同じことをお願いしようと思っていたところだよ。

――同じ目的を抱くもの同士、仲良くやっていこう」

「!」


見知らぬ人間を素直に信用するほどお人よしではないつもりだが、リーシェが見る限り、グスタフは最低限信用できそうな人物といえた。

であれば、協力しない理由もない。

リーシェとて、アルス=マグナを早急に捜し出さなくてはいけない理由があるのだから。


「ありがとうございます!」

「こちらこそ。これから旅仲間として仲良くやっていこう。よろしく頼む」

「ええ、絶対にアルス=マグナ氏を見つけましょう」

「そうだな。奴に呪いを解かせて、ついでに一発ぐらい殴らせてもらわなくては、私の気が済まないというものだ」


2人はひとしきり会話をして、すっかり冷めてしまった料理を食べ始めた。

食べ終わったころには、周囲もいつのまにかこんこんと闇を深めている。


リーシェは、草木を折って作っておいた2人分の寝床の片方に寝そべり、ゆっくりと瞼を閉じた。

地面に分厚く草を敷いただけで快適とは言えないベットだが、リーシェはすぐにまどろみ、深い眠りの底へと沈んでいった。

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