甘いといき
灰色に彩られた薄暗い部屋で、棗は真紅の口紅をぬる。
そしてその上から艶かしい舌で、その色をなじませる姿はなんとも言えず美しかった。
棗の豊かな胸のあたりを、後ろから男が抱きすくめる。
それに気付いた棗は自嘲気味に哂ってから、甘い吐息を漏らした。
「おまえはいいな、棗。最高だよ」
「うふ、これも社長さんのおかげですわ」
そういって棗は高価そうな首飾りを掴む。
「欲しいものがあったらお言い」
「いま、ほしいものが」
「なんだい」
その答えに棗は満足げに笑う。
「社長さんが、欲しい」
男はきたない下品な笑みを浮かべて、棗の中に手を滑りこませた。
棗は床に寝転がり、自分のすべてを男にさらけ出した。
また、硝子は堕ちる。
けれども棗にはとめられない。
事を済ませて、棗は服を着た。
それをみる男の視線が、下品に棗の身体にまとわりつく。
「きょうはこれだけでいいか」
そういって男は分厚い封筒を差し出した。
棗は何もいわずにそれを受け取る。
自分の舌を、男のくちびるにゆっくりと這わせる。
そのあとの余韻なんて残さずに、棗はさっさと部屋を出る。
男はすでに放心状態でなにも言わなかった。
「本日、30万円」
棗は早足であるきながらつぶやく。
棗自身、この行為の愚かさはよくしっていた。
でも、とめる術すらもたない。
とめようとしても、彼女はまた堕ちていく。
男たちの醜い欲望によって。彼女の過去によって。




