5.魔王の入院生活
「ふぉっふぉっふぉっ…それであの有り様ですかの」
入院生活四日目。見舞いに来た竜王オディロンが、勇者アレンを見るなり笑った。
先日よりもあちこちに増えた包帯。足には枷を付けられ、鎖の先をベッドにくくりつけられても、勇者アレンは余裕の笑み。
なんと腹立たしいことよ。
「ですから儂は申し上げましたのですじゃ。本当に相部屋でよろしいのですか、と」
仕方ないだろう。こやつが何かしでかした場合、止められるとすれば私ぐらい。
悪戯に民や兵を危険に晒さぬための、魔界の統治者として当然の選択だ。
「それにしても“古い知り合い”とは安い言い訳ですな。陛下らしくありませぬぞ?」
「他にどう説明しろというのだ。まさか馬鹿正直に“私を殺しに来たが止めた勇者だ”など言えるわけがあるまい」
「ごもっともで」
小さく笑いをこぼしながら、竜王は横目で勇者アレンを見遣る。
当の勇者アレンはというと、小首を傾げながら私の方に顔を向けて…何だ、そのだらしない笑みは。
大体、相手の性別を確認するために直接、触れようとする奴があるか。
しかも、胸か股を狙ってくるだろうと防御した裏をかき、背中から尻へ手を滑り込ませて……。
いかん。思い出しただけでむず痒くなってきた。
「…して竜王よ。頼んでいた件はどうなっている?」
「アレン殿の偽りの素性については儂自ら準備しております故、今暫くお待ちを。
お仲間の皆様も怪我の回復は順調。今後の身の振り方についても調整中でしてな。
万事、陛下のご命令通り計らうよう、王たちに言い含めておる処ですじゃ」
竜王の話に、いつの間にか勇者アレンの顔から笑みが消えていた。
そうか。ここまで込み入った話はまだしていなかったな。
「…苦労をかける。魔王と勇者が最終決戦を投げ出して和解など、前代未聞であろう?
しかも私のそばで魔界を見て勉強したい、など…面倒な事になって、すまぬ」
「何を仰られますか!全ては陛下の寛大さと魅力が成せる業。
勇者御一行さえも虜にするとは流石、陛下っ!美し過ぎるというのも罪ですなぁ…ふひひ」
…何やら竜王は勘違いしているようだが、ともかく。一般の民や兵は勇者アレン一行の顔を知らぬ。
それ故“アレン”は私の古い知り合いという事にして、此処に入院している。仲間たちも近隣の病院に入院中だ。
下々の者はそれで納得するし、今後“アレン”と仲間たちが何処で何をしようと気にもしないだろう。
だが実際に勇者アレン一行と会い、戦った各種族の長…王たちはそうもいかない。
私を倒さんと乗り込んで来た彼らが“何故か”それを止めて魔界に留まる。
それには相応の、納得のいく理由が必要だ。
“互いの志に感銘を受けて和解し、差し当たり魔界に留まって理解を深め、今後の新たな標とする”。
トンデモと言えばトンデモだが、竜王も納得しているようだから良しとしよう。
まさか魔王本人と勇者が結託して“魔王の紋章”の謎を解こうと…魔王継承というシステムを壊そうとしているなど、知られるわけにはいかない。
全ては内密に。竜族の長にして魔界の宰相たる竜王さえ謀って、事を運ばねばならん。だから
「…なぁなぁ、じぃさん。あんた、前にどっかで会ったことない?」
「ほ?二度ほどお会いしておりますが…ご記憶に御座いませんかの?
雷の黒竜・竜王オディロンですじゃ。…あぁ、二度目にお会いした時、アレン殿は陛下に釘付けでしたからの?」
「なっ!?ばっ、ちげーよっ!」
「隠す事でも有りますまいて。
謁見の間に乗り込んで来るや否や、陛下を見つめて頬を染められて…儂も胸が躍りましたぞ!
まさか勇者殿が魔王陛下に一目惚れとはっ!四百年近く生きてきた儂とて、初めて見る光景でしたからのぅ…」
「だ、だから違うって!オイっ、あんたもなんか言えって!」
「ん?…そういう事ならそれでも筋は通…いや、体面というのものが…」
「まさに青春っ!若いとは良いですな!恐れるモノさえなく、想いを貫く…。
禁断の愛!許されざる恋!戦場のロミオとジュリエット!…堪りませんな!滾りますな!」
瞳をキラキラさせてうっとりと笑みを浮かべる竜王に、さしもの勇者アレンも根負けしたのか、顔を両手で覆って肩を震わせている。
私としても不本意な内容ではあるが…王たちが納得するならばそれも仕方あるまい。
全ては“魔王の紋章”の謎を解く為。魔王と勇者の終わらない宿命の連鎖を断ち切る為に。
その為ならば如何な不名誉さえも受け入れよう。
「…して、初キッスはどのようなシチュエーションを御所望で?まさか、既にお済みですかの!?」
「「黙れっ、エロじじいッ!!」」
思わず重なった、私と勇者アレンの叫び。
互いに顔を見合わせ…何故か勇者アレンは耳まで真っ赤にして俯いてしまった。
何だ、その反応は。これではまるで……。
「ふぉっふぉっふぉっ!これは差し出た事を申しましたな。いやはや、なんとも…!」
グッと親指を立てて見せる竜王に、私は何と返せば良いのだろう。
魔王になって早十年。こんなにも答えが出ない案件が他にあったろうか。
下卑た笑みを浮かべて帰っていく竜王の背を、私はただただ見送るしかなかった。