3.魔王の言い分
勇者。それは文字通り勇ましい者。希望を一身に背負う者。
魔王を討ち倒し、人間界に光と希望を取り戻すべく宿命づけられた存在。誰しもがそう思っているだろう。
私もそう思っていた者の一人だった……先代魔王を倒す、その時までは。
胸に聖剣エクスカリバーを突き立てられ、ついに絶命した先代魔王カエサリオン。
その亡骸が塵のように消えていく様をぼんやりと見つめながら、長かった旅が終わったのだと思った。
歓喜の雄叫びをあげる私たち勇者一行。しかしそれはすぐに悲鳴へと変わった。
『魔王を倒した者が次の魔王になる。これが古より代々続く、世界の理ですじゃ』
事態を飲み込めずに騒然とする私たちに、そばに控えていた竜王オディロンが淡々と告げた。
悪い夢なのかと思った。しかし一方で、私にはぴったりの運命だとも思った。
魔族を父に、ヒトを母に持ち、半魔族として虐げられて生きてきたそれまでの私。
そんな私がここまで辿り着いたのは、この瞬間、この運命と向き合う為なのではないか。
……こうして私は“魔王の紋章”をその額に受け継いだ。
魔王となった私は魔界軍を率いて人間界侵攻を始め、十年足らずでその四分の一を魔界に落とす。
勇者一人を犠牲にして平和を享受しようとした愚かな人間たちに。
半魔族だというだけで私を虐げてきた醜いヒトたちに。血と破滅と殺戮を。
悲鳴と轟音が渦巻き、燃え盛る劫火の中で…それでも私は満たされずに居た。
そんな中、現れたのが勇者アレンだった。輝く金髪、青く澄んだ瞳。
自分や仲間を信じ、どんな時も揺るがない強い心。まるで太陽がそこにあるようで眩しい…そう思った。
激戦の末、私は瓦礫の中に倒れ、勇者アレンによって喉元にエクスカリバーを突き付けられる。
今まさに命をたたれようとしたその時、私は言ってしまった。
『…私を殺しても何も変わらない。お前が新たな魔王となり、歴史が繰り返されるだけだ』
未だにどうしてあんな事を口にしたのか自分でもわからない。
ただ、私の一言一言に勇者アレンが戸惑い、反発し、思い悩む姿を目にするのがひどく心地よかった。
私は単にこの男の陰る様を見たかっただけなのかもしれない。
『勇者と魔王の終わらない宿命の連鎖。…どうだ、詳しく知りたくはないか?』
差し出した私の手を、勇者アレンは迷いながらも強く握り締める。
それは煌めく太陽が月影の蝕に呑まれる始まり。
そして、復讐の闇に溺れゆく私に光が射した瞬間だったと……気付くのは数年先の事である。