第二話 涼宮の家族
彼女の名前は「涼宮堵色」。
時也は彼女の「堵色」という名前が好きだった。漆黒の長い髪が印象的でとても可愛らしいその容姿のとのバランスがしっかりととれていたからだ。
二人の通う常葉付属学院はエスカレート式マンモス校だった。初等部から大学までが一つの敷地内にあり、同じクラスでも有に五十人はいるのだ。そのため、クラス替えは二年に一度行われる。
時也の片想いが五年目となった中学二年の春、二人は初めて同じクラスになった。だけど堵色は時也の存在をきっと知らない。
なぜなら時也は堵色と言葉を交わした事も目が合うこともなかったからだ。
どんな人ごみの中でも気が付くと時也は堵色を目で追っている。
偶然日直で裏門の近くを通らなければ、正門から帰る時也が裏門にいる堵色を見つけることはない。その偶然に時也は感謝していた。
足を止めていた時也はなにかを思い出したかの様に急に走り出し素早く日直の仕事を終え、再び堵色の姿を見る事の出来る裏門付近の道に来た。
時也は知っていた。何かに必死に耐えるように寂しそうに空を見つめる堵色を・・・。何度も、何度も自分と重ねながら見てきたのだから。
・・・良かった。まだいる。
時也は寂しそうに空を見つめる堵色に声をかけた。
「涼宮。傘ないの?」
「・・・・。」
振り返った堵色の瞳にはいっぱいの涙がたまっていた。
「へっ?」
堵色はいきなり、傘を差し出した時也のほうに倒れた。時也が堵色を受け止めたのはアスファルトにぶつかるほんの手前だった。
時也は訳が分からないまま意識を失った堵色を保健室へと運んだ。
「なんなんだ?」
三十代前半くらいに見える(が実は二十代前半の)まだ若い保健医はそんな堵色を見て顔色を変え、すぐに堵色の家に連絡をした。
「君!ちょっと見ててくれるかい?もうすぐ来ると思うから。」
「え、あ、はい。ちょっ、来るって誰が…。」
急いで聞き返したがもう保健医はその場にいなかった。何が起こっているのかすらわから
ずに時也はただ保健医に言われた通り、堵色が目覚めるのをじっと待った。だが、堵色が目覚めるより先に保健医がいっていた見知らぬ「誰か」が保健室に入って来た。
「失礼します。迎えに来ました。」
そういって入ってきたのは少しだけ赤身がかった茶色の髪をした人だった。すぐに堵色の親族だとわかった。彼女のその容姿からは堵色の面影がはっきりと感じられる。
「あの、運ぶの・・手伝います。」
「えっ・・・ありがとう。助かるわ。私はこの子の・・姉の沙希。えっと、」
「三石時也です。」
涼宮のお姉さんは家に着くまでの間ずっとなにか思いつめているように笑っていた。
堵色の家は学校からほんの十分ほど離れた所にある大きな名家だった。
お礼がしたいから、と通された部屋はふかふかの絨毯やソファーや高額だと一目でわかる置物などが置かれていて庶民である時也は言葉を失いかたまってしまった。
「そんなに硬くならないでいいのよ?ここには堵色と私と姉しかいないもの。」
「え?あのご両親は・・・、」
沙希の沈黙から時也は聞いてはいけなかった事に気付いた。黙っている沙希とは反対の方向から凛と澄んだ声がサラリと時也の質問に答えた。
「父は音信不通、母は去年他界したわ。」
その声は沙希の反対。つまりは時也の後ろから聞こえた。振り向いた時也の視界に入ったのは堵色のそれより深く黒い髪。
「・・・私は矢夜。その二人の姉。」
矢夜の瞳がまっすぐ時也を捕える。時也はまた、言葉を失った。淡々と話す矢夜にほんの少し違和感を覚えたのだ。だが時也にはまだ違和感の正体に気付いてはいなかった。