第一話 コンプレックス
短編のほうにある、『*雨傷*』とおなじはなしです。短編では文字数が多いし極端に読者数が少ないので連載にして見ました。
この日、時也は一人、日直の仕事に追われていた。
本当なら二人いるはずなのだが、彼女との約束があるといって時也を一人残し帰ってしまったのだ。よって時也は二人分の仕事を一人で片付けなければならなかった。
「こんな時ぐらい彼女と逢うのやめろよな。」
下校時刻をずいぶんと過ぎてしまって時也はイラついていた。
だけど最後まで仕事を投げずにいられたのは、二時間ほど前から降り続く雨がとても綺麗で時也の心を落ち付かせていたからかもしれない。
時也は雨が好きだった。だから雨の日はいつも決まって外に出る。雨の色にほんの一滴の黒をたらしたような薄い紺色の傘をさしてそっと、灰色に泣く空を見上げるのが何よりも好きだった。雨が降っている時だけが時也の唯一の安らげる時間だった。
時也は短いため息を吐いた。
昔はこんなことはなかったのに…。
雨の日は決まって憂鬱でガラスに打ち付ける雨はいつでも僕を不快にさせていた。
そんな雨に安らぎを求めたわけ、それはたった一人の弟、智也の存在だった。一卵性の双子で外見は両親すら間違えるほどそっくりなのに性格はまるっきり正反対なそんな弟が大好きだった。だけど、歳を重ねるに連れて二人の違いははっきりし、だんだんと時也を追い込み、今ではコンプレックスとなったのだ。
優等生の兄と素直で優しい弟。
世間的に見れば理想の兄弟だと言われるだろう。
でも現実はそんなに甘くは無いのだ。自分のことを慕ってくれる弟を嫌いではない。ただ、あまりにも違いすぎて自分には何も無いのだと思い知らされる。
智也にあって僕に無いものが多すぎて、見えない何かに押しつぶされそうな自分を維持するのがやっとで…。だから、僕はいつまでも「智也の兄」という認識でしかみられない。だれも僕を時也という一人の人間として見てはくれない。いつでも智也と重ねられて見られる。それが何よりも嫌だった。
時也が日直の仕事を終え日誌を出す為、職員室に向かう途中に通った裏門の傍の細い通路。
「あれは・・・。」
時也は裏門の入り口に以外なクラスメイトを見つけた。
「涼宮?」
時也は足を止めて携帯電話で時間を確認した。
もう下校時刻を一時間も過ぎているのに彼女は帰る気配を見せなかった。
「なにしてんだろう・・・。」
彼女の存在はよく知っていた。何を言うでもなくただ不思議と他人を惹きつける彼女の存在に時也は憧れていた。それが小学校四年の春からの長い長い片想いのはじまりだった。