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眩しさを感じる

作者: 竹仲法順

     *

 ボクはあのときを思い出していた。そう、里夏(りか)と一緒に過ごした二年前の夏の日々だ。互いに海辺に(たたず)み、サングラスを掛けて光を避けながら過ごしていた。まだ学生同士で何も考えていなかったのが実情だ。そして今、十一月の冷える海に彼女と一緒に来ている。里夏は小さなビンの中にいた。骨だけが残り、後は何もない。確かにボク自身、いろんなことを思っていた。里夏が今年の九月にあの事故さえ巻き込まれなければ生きていたのに――、と感じていて。深呼吸すると、思わず涙が溢れ出てくる。ホントなら元気に生きていて、今だってこうやって寂しい想いをすることもないと思うのに。

     *

 あの日、街で里夏は横断歩道を歩行中に大型車に撥ね飛ばされた。いくらか飲酒したドライバーが運転していたらしく、彼女は跳ねられてアスファルトの道路に強打し、駆けつけた救急隊も間に合わなかった。雨降りでスリップしやすい日だったのでドライバーも運転ミスをしたものと分かり、飲酒していた事実も警察署の職員によって突き止められ、道路交通法違反で逮捕された。聞きつけて、すぐに里夏の遺体が安置されてある病院へと向かう。不幸なことに彼女の遺体は跳ねられた後、全身にかなり強い衝撃が走ったらしく体の骨が数箇所折れていたらしい。里夏が死んだことを知ってさすがにショックだった。だけどそればかりを言っていられない。ずっと学生時代仲がよくて互いに想い合っていた。その彼女が死んでしまったのだ。もうこの世にいない。里夏の母親の雅子が、

「弘一君、娘のことはもう忘れて」

 と言ってきたが、ボクは、

「そんなこと出来るわけないじゃないですか。里夏さんはボクにとってとても眩しい人だったんです。それに愛してました。ウソじゃありません」

 と返す。雅子が目から涙を溢れさせ、泣き出すと、

「これから里夏さんをお見送りしましょう。それが残されたボクたちに出来る唯一のことだと思います」

 と言って地下の霊安室を出た。さすがに疲れきっている。心身ともにやられていた。大切な人を失う気持ちを初めて知る羽目となる。辛かった。だけど実際、里夏の笑顔はもう写真でしか見られないのだ。生前カメラ付き携帯で撮っていたスナップ写真などが手元に数枚残っている。それだけが彼女を今見られる唯一の手段だった。重たい気持ちになるのだがどうしようもない。雅子がそのうちでも、笑っている写真一枚を遺影に入れると言ってきた。ボクが携帯を貸し、写真などを扱う専門の店で引き伸ばしてもらって、葬儀の際飾る遺影に入れてもらう。言葉のない悲しみというのはこういったことを差して言うのだろう。ボク自身、やり場のない気持ちに陥っていた。

     *

 葬儀が終わり、遺体が斎場から霊柩車に載せられて火葬場へと運ばれる。皆遺族や参列者は悲しみに包まれていた。あまりにも若くて亡くなってしまったからだ。こういったことはほとんど体験することがない。増してや、誰よりも愛おしい人が火葬場の煙突から出る煙と共に空の彼方へと旅立っていくのはやるせない気持ちに包まれる。だけどもう里夏はいない。遺体が焼かれるまで二時間ほど待ち続け、やがて遺族や集まった親友たちで骨を拾った。骨壷に収められた骨はやはりとても白くて目に焼きつく。山の上にある火葬場から故人の自宅までマイクロバスに乗り、帰り着いた。そして里夏の父親である賢介から遺骨の入ったビンを受け取り、一瞬重たい息をついた賢介が、

「……弘一君、これをあの海に撒いてくれないか?娘もきっと大自然に還ることを望んでるはずだ」

 と言う。頷き、受け取ったビンを喪服のポケットに入れ、一礼し歩き出す。人間というのはとても不可思議な生き物だ。遺族や残された人間たちにとって、肩身ともお守りとも言うべきものを大海原(おおうなばら)へ散骨してくれと言うのは普通じゃ考えられない。ボクはいったん街の1Kの自宅マンションに帰り着き、玄関のキーホールにキーを差し込んで開錠すると、リビングに入った。そして幾分汗が付いて残っていた喪服を脱ぐと、ポケットからビンを取り出し、じっと見つめる。サラサラとしたパウダー状の骨が亡き人がこの世にいた証だった。紛れもなく。

     *

 やってきていた海辺で遺骨の入っていたビンをジーンズのポケットから取り出す。そして(てのひら)に取り、風が吹き出したのを待って撒き始めた。白い粉がフワッと風に乗り、辺り一帯に撒かれる。そして次の瞬間、周囲に粉雪が降ったかのように、真っ白で幻想的な光景が見えた。それと同時に一瞬だけ、もう写真を通じてしか見られないと思っていた里夏の顔が空中に現れる。携帯を取り出し、カメラでそのワンシーンを写した。後で改めて見てみると、骨が散らばったのだけは写っていたが、後は何も写ってない。つまりあの光景はボクにしか見えていなかったということだ。散骨が無事終わり、一度深呼吸して新鮮な酸素を肺に入れる。ゆっくりと初冬の海の彼方を見つめながら思う。「里夏、今君はホントに空の彼方へと旅立ったんだね」と。何も葛藤はなかった。賢介や雅子が頼んできたことをしてあげただけで、ずっと頭の中に詰まっていたことが一気に解決する。確かに別れは辛い。特に愛しい人とは。だけどそれが人生のあちらこちらにあるのだ。それにきっと里夏はあの空の遠い場所からでも見守ってくれている。残された家族や知人、友人、そしてボクのことまで。雲は一つも掛かっていなくて晴天だった。遺骨の入っていたビンに海岸の白い砂を詰める。何も言うことはなかった。二年前と今がどう違うかと言えば、大学を無事卒業したボクは街にある中小企業に就職し、現役社員としてバリバリやっているということだ。里夏もボクもあのときは互いに二十二歳で大学四年生だったのだし……。

     *

 海岸の脇にある駐輪場に停めていた自転車に(またが)り、漕ぎ出す。疲れていた体も休めればまた回復する。だけど、どんなに思い詰めても二度と帰ってこないのは、愛おしかった里夏だけだ。ビンに詰まっていた白い砂を散骨の際の記念としてずっと持ち続けるだろう。そしてボク自身、この日のことを決して忘れないつもりでいた。たとえ、いくら時を経たとしても記憶の奥底に残り続けるだろう。大切な人を亡くした痛みもいずれは消えるかもしれない。だけど一つ言えるのは、あくまで里夏を愛し抜いていたということだ。それは紛れもない事実である。ついさっき散骨した際、体験したファンタジックな出来事は決して忘れられない。辺りは夜の帳が下りていて、前方も不注意になりつつあるのでライトを点灯させて走らせた。自転車を漕いで自宅へと向かいながら、およそ言いようのないことばかり考え続けている。やがては肉体が死滅し、霊魂だけが残ったとしても、二人で育んだ愛は永遠にこの地球上の人間の歴史の中に刻み込まれるのだし……。海からはまた風が吹き始めている。きっとあの里夏の遺骨も今頃風に乗ってどこかに飛んでいることだろう。知らないところで。そして骨を含んだ空気は空の彼方にあるはずだ。もしかすると晴れの日には海を越えて、見たことも会ったこともない人に吸われるのかもしれない。これはあくまで推測なのだが……。脳裏に永遠に消えることのない里夏の笑顔はいつになっても眩しく決して色褪せなかった。ボクの頭の片隅にあって。

                                 (了)


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― 新着の感想 ―
[一言] キレイな話だとおもいました。 愛する人との死別にどう向き合うかは人それぞれですが、記憶に美しい思い出を残して、前を向いていく主人公が良かったです。
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