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第一話 軽率な龍殺し

 旅は道連れ、という。旅をするときには気の合う連れがいると心強く楽しいものになるという意味だ。そして、その連れのことを多くの場合、仲間と呼ぶ。


 しかし、俺は自分の隣を歩く者を果たして仲間と呼んでいいのか自信がない。仲間と呼ぶには、わかったような口を利くにはあまりにも、得体が知れなさすぎるからだ。仲間とは言えない。でも他人ではない。同行者、というのが一番しっくりくるだろうか。


 ……だって、ふらっと居なくなり、聞こえた轟音に慌てて駆けつけてみれば謎の巨体をあっさり倒しちゃっていたりするのだ。


「して、ノクティールくんよ。この状況は何かな?」


 鬱蒼とした森を背景に少女が立っている。透き通るような白い肌と、珍しい銀色に光を反射する髪。目元まで隠す黒いヴェールがミステリアスな雰囲気を醸し出している。誰が見ても、幻想的で美しい光景だろう。


 ────彼女の後ろに、ぶすぶすと煙を上げる赤黒い物体さえなければ。


「そのバカでかいものは何」


「……拾いました」


 ノクティールはすいっと視線を逸らしながらそんなことを言う。

 なわけ。


「いや、それで誤魔化せると思ってたことが驚きだよ。怒らないから正直に言いなさい」


「……飛龍、です」


「ああ、そう……って、え?ええ?」


 いやいやいやいや、飛龍ってあの国軍が出動しても討伐できるか怪しいと言われる、もはや自然災害として恐れられているあの最強の飛龍(ドラゴン)ですか?

 それを?俺とはぐれた5分ちょっとで傷一つ負わずに涼しい顔で倒しちゃったっていうの?


「何でそんなことになるんだよ!?」


「綺麗なちょうちょがいたので」


 まるでそれが全てだと言わんばかりに、こてんと首を傾げてみせる。くっ、可愛い。……けど、流石にこれではいそうですかとはならんだろう。


「綺麗なちょうちょは飛龍を殺さないだろ」


「……綺麗なちょうちょがいたので追いかけていたらファロスさんとはぐれました。そしたら邪気を感じて、行ってみたら飛龍がいて、ああ飛龍だなと思って倒しました」


 渋々といった様子で口を開いたのに、結局何を言ってるのかさっぱり理解できない。そんな軽い気持ちで龍殺しをする奴がいるか。ああ飛龍だなと思ったら逃げるだろ、普通。聞いたのが俺じゃなきゃ卒倒してたよ。


「……うんまあ、分かった。お前の頭のネジがどっかに置き去りにされてることはよく分かったから、とりあえず────捌くぞ!!」


 旅人というのは基本的に、常に金が足りない人種である。食費、宿代、装備費と、金はいくらあっても困ることがない。稼げる時に稼ぐ、これが鉄則。つまり、この飛龍とかいう超絶レア素材を死体のまま放置して売らないなんていう選択肢はないのだ!


 実はさっきからそのことで頭がいっぱいで、龍を倒した過程はどうでも良くなり始めていた…とは言わないでおこう。


「って、だーーーー、腹を掻っ捌こうとするな!!革が高く売れるんだから大事に扱え!」


「…そうなのですか?てっきり食べるのかと」


 ……死んじゃうよ、そんなことしたら。っていうか、ナイフ片手に返り血塗れでドラゴン捌いてる美少女って、どんな地獄絵図だよ。やめろやめろ、首をこてんするな。テンションが乖離しすぎて最早不気味だから。


 *************


「っはー、売った売った」


 あれから数日。街に到着した俺は大量の金貨が詰まった皮袋を片手にご満悦だった。とりあえず大きそうな武具屋に行って革の一部を売っただけでこの額なのだ。まだ革は9割以上残っているし、龍の眼(ドラゴンアイ)やら龍の心臓(コア)やらもある。全部売ったら一体どうなることか、つくづくドラゴンとはすごい素材である。


「……おもい……」


 一方のノクティールは大量の残った素材を持たされており足取りがふらふらしている。飛龍を殺すことの重みを身をもって思い知れ。わはは。……あ、俺も当然半分背負っていますよ?当り前じゃないですか。


 本当はこんな大荷物で移動は勘弁してほしいのだが、一度に大量のドラゴン素材を持ち込むと討伐したことがばれて大騒ぎになってしまう。龍殺しは悪いことではないし、どちらかというと称賛される偉業ではある。だが俺もノクティールもそういうのがあまり得意ではなく、付随する厄介ごとの数々を考えても伏せておいたほうがいいということになった。革の一部だったから、「旅の途中で偶然手に入れまして」で誤魔化すことができたのだ。これからも旅先で少しずつ換金していくとしよう。


「せっかくまとまった金も手に入ったことだし、たまには美味いものでも食べに行くか」


「……」


 返事はないが、これは了承と取っていいだろう。というより、本人が何と言おうともこいつは絶対に食べるべきだ。



「食え」


「……必要ありません」


「そう言ってもう二か月何も食ってないだろ!普通ならとっくに死んでるよ!!なんで生きてるんだよ、というかなんでもいいからとりあえず食え!」


「お金の無駄です」


「なわけあるか!」


 街のとある食堂にて。俺たちは傍から見ればありえない謎の問答を繰り広げていた。

 そう。こいつの奇妙ポイントは、常識の欠如とべらぼうな強さだけに留まらない。一日不休は当たり前、食わない、寝ない、水すら飲まない。共に旅を始めてから半年、俺はママなのかと思うほど何度も人間らしい生活をしろと言っているのだが一向に直る気配すら見えないのだから重症だ。


────まあ、あんな場所でずっと一人で生きていたのだから当然かもしれないが。


 彼女がどうやらただの人間ではないらしいということは最初から分かっていた。だが、話せば話すほど中身は等身大の一面もあるのだ。せめて一緒にいる間くらいは普通の生活を楽しんでほしいと思う。


「……じゃあ、これ」


「え、なんでチャプラ」


 面倒くさくなったらしいノクティールが指差したチャプラはサイドメニューもサイドメニュー、豆を炒って味をつけただけの料理と呼ぶかも怪しい代物だ。何が悲しくてわざわざ食堂でこんなもん頼むんだよ。俺でも作れるよ、これくらい。


「なんかこう……もっと、ないの?」


「ないですね」


 ノクティールは心底興味がなさそうである。


「仕方ねぇな……。すいません、ローストビーフにパン二つ、あとチャプラお願いします」


「あいよ~」


 さっきから珍獣を見る目でこっちを気にしていた店員だが注文すると威勢のいい返事が返ってきた。いい店だな、うん。


 運ばれてきたのはほこほこと湯気を立てる大皿及びパン二つ、そして予想通りの質素さの豆である。


「「いただきます」」


 ノクティールはスプーンを手にとると、実に控えめな一口を食べた。なんか、リスみたいで可愛い。────が、それで勘弁してやる気はさらさらないぞ。


「そおだ、お前はもっと食え!」


 俺はそう言うと、切り分けたローストビーフを皿に盛り、それとパンの片割れをどかんと突き出した。

 てっきり豆だけ食っていればいいと思っていたのだろう、ヴェールの奥で不思議そうな顔をするノクティールにずずいと詰め寄る。


「これはお前の分だ。食べないとは言わせんからな」


「ファロスさんどうぞ」


「どうしてもって言うんなら、俺があーんしてやっても良いんだぞ?」


「……自分で食べます」


 すっと皿を奪われた。


 食べさせることには成功したのに、なんでこんなに虚しいんだ。そりゃあ、年頃の女の子は俺みたいなおっさんにあーんなんてされたくないんだろうけどさ……。

 あまりにも早すぎる手のひら返しに、若干のダメージを受けた。


「それにしても、本当にどうしたんだ?あの飛龍」


 ローストビーフを頬張りながら訊いてみる。後から思ったのだが、あの現場は極めて不自然だった。龍は目立った外傷もなく、ただ煙を出してくたばっていただけだ。おまけに周囲が荒れているわけでもなく至って普通の森が広がっているのだから、一周回って不気味である。毒でも使ったんだろうか。


「別に、邪気…生命力みたいなものですね、を吸収しただけです」


 こちらもローストビーフを咀嚼中だったノクティールは、ちゃんとお行儀よく飲み込んでから口を開いた。


「なにそれ」


「…大きなものが小さなものを呑み込むのは、当然の摂理でしょう」


 相変わらず何言ってるかさっぱりわからねぇや。……というか、今あっさり飛龍を小さなもの呼ばわりしてなかったか?一応、災害とすら呼ばれるような大魔獣のはずなんだが。 だが嘘や誇張の類を言っているようには聞こえない。一瞬、見えない穴の底を覗いたように背筋がぞわりとした。


「でも、今まで碌に魔獣倒していなかったよな?てっきりそういうのは不得手なのかと」


「……私が何もしなくてもファロスさんが倒すでしょう」


 かなり不思議そうな声音でそんなことを言ってくる。そういう無条件の信頼みたいなの────満更でもない。


 やっぱり、俺の同行者はちょっとおかしい。


 どう考えても人間じゃないだろと思いつつ、世話を焼かずにはいられない俺も多少おかしいのかもしれない。でも、同行者という微妙な距離を保ったまま、明日も旅は続いていく。────その旅が、どこに行き着くかも知らずに。

初めての長編です!週二回くらいの更新頻度を目指して頑張ろうと思います。ゆっくりお付き合い頂ければ。

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