2
慎もうなずいた。そして試行錯誤ののちに、封印は解かれた。
それからすばるは、声もなく、しばらく一人で泣いていた。
そして、思い出せた限りの雨幸の話を慎に伝えた。
駅を出て、すばるの家へと続く道を、途中で別の方向へ折れる。
やがて、空き家が見えてきた。
すばるは先に着いていて、日傘の下から手を振ってくる。
「ごめん、暑かったよね」
すばるは白いトップスに、控えめにプリーツが入った黒いスカートで、特に下半身には熱がこもりそうに見えた。
「平気ですよ。たまに上下黒で外出しますから、それに比べれば。明音ちゃん、お久しぶりです」
慎の隣には、明音も連れて来られている。
「はい、すばるさん! ……でも、どうしてここで待ち合わせなんですか? この家、中には入れないですよね?」
すばるは、空き家へと首を巡らせ、
「明音ちゃんにも見ておいて欲しかったんです。もうこの中に入るつもりはないですけど、いずれ壊されてしまう前に、外見だけでも」
はて、という表情をしている明音に慎が言った。
「おいおい話してあげるよ。って言っても、僕も知らないことが多いんだけど」
それから三人は、すばるの家に移動した。
母親は夕方まで出かけているとのことで、子供たちだけでリビングを占領する。
「すばるの部屋は、三人だとちょっと座る場所ないもんね」
何気なく口にした慎の言葉に、明音がぐるんと振り向く。
「……お兄さん、すばるさんの部屋に入ったことあるんだ?」
そう言われて、慎もだが、飲み物のお盆を持ったすばるも狼狽した。
「あ、あの、明音ちゃん、違いますよ? そういうのとは全然違いまして」
「そう、全然違うんだよ。事情があってわけありで、それでさ」
「……別になにも言ってないけど」
半眼になった明音から目をそらし、慎が、忘れる前にとバッグから紙片を取り出した。
「すばる。雨幸さんのメモに、こんなのがあってさ」
すばるが紙片を受け取ると、そこには、「今日は座馬さんに、うろんな男と別れるように言って聞かせた」と走り書きされている。
すばるが、人差し指を顎に当てた。
「この座馬さんて、私ではなくて、たぶんお母さんのこと……ですよね?」
「そう思う。雨幸さんが言って聞かせたくらいで、大人のカップルが簡単に別れたりはしないと思うんだけど」
雨幸の能力のことを知らない慎にすれば、そのくらいにしか考えられない。
雨幸の「命令」を受けた当のすばるも、いまだに――おそらくは永遠に――それが彼の能力のゆえとは知らない。
「ふうむむむ……」すばるが顎に指先を当ててうなる。「でも、お母さんが私のことを顧みるきっかけとかには、なったのかもしれません。リストカットを見とがめて、お母さんを家に戻して……こういうふうに、私が知らないだけで、ほかにもきっとたくさん助けてくれていたんですよね……。今のお母さんが親として前よりずっとよくなったのも、雨幸さんのおかげで……」
すばるの病気のせいで、母親は思想を偏らせた。記憶が戻った以上、その罪悪感はすばるの中から消えない。その後、実の母親から、二の次の存在として扱われた苦しみも。
だが、耐えられないほど苦しければ、いつでも記憶を再び封印できるという余地が、後戻りできないところまで自分を追い込む手前でのすばるのよすがになっていた。
慎が、言い聞かせていたのだ。自分も、その気になればいつでも光暦正会の本部にでも忍び込める。やろうと思えばいつでもやれる、そう理解しているだけでも救いになる、と。それは本当だった。
「あたしだけ、分からないんだけど……その人が、さっきのぼろい家と関係あるってことだよね?」
すばるが、ダージリンのセカンドフラッシュ――慎にはそれがファーストと比べてなにがどうなのか、サードやフォースがあるのかは不明だったが――に添えて出してくれたビスケットを、明音がつまむ。
「ぼろ……まあそうだね、うん」
「あ。そういえば慎くん、私からもお話がありまして」
「なに?」
「私の小中学校の同級生で、私を迫害していた人たちの何人かの周囲で、夏休みの前くらいから異変が起きているそうですが」
「へえ」




