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「あの人は、同じクラスで毎日会っていますし、いくらショックでも私のことをすっぽり忘れてしまうということはなかったんじゃないでしょうか」
「……ふうん。はあ。座馬さんてやっぱり変だね。なんだかよく分かんないけど」
それを結論にしたらしく、女子生徒はとげとげしい態度で、すばるの机から離れた。
こわごわと様子を見守っていたほかの生徒たちも、ばらばらと群れをほどいて帰宅していく。
すばるも鞄を持つと、教室のドアへ向かった。
そして慎の横を通るとき、ぽつりと呟いた。
「あの子、もしかして、中町くんを特別に思っているのでしょうか」
「……割とこのクラスじゃ有名な話らしいよ。中学の時からの片思いだって。僕もよくは知らないけど」
慎が答えると、すばるは嘆息した。
「失敗しました。それなら、あんな言い方はなかったですよね」
「そんなに気にしなくていいと思うけど」
「ありがとうございます」
「でも、今なんで僕に訊いたの? 僕はこのクラスにあまり溶け込めてないし、教室内の事情に明るいほうじゃないんだけどな」
すばるが小首をかしげ、
「なぜでしょうね。……多分、寂しかったんでしょうね、私。高校に入ってから、仲のいい人もいませんし」
「僕を選んだ答になってなくない?」
「それも、多分ですけど。笑わずに答えてくれそうな気がしたんじゃないでしょうか。……嫌な笑い方をする人が、世の中、多いので」
今一つ分かりにくいけどどうも褒められたらしいな、と慎が思った時には、すばるは教室を出ていた。
これが今年の四月、つまり今から二ヶ月ほど前。相馬慎が座馬すばると交わした初めての、多少は内容のある会話だった。
■
それから五月、そして六月に至っても、すばるのもとには定期的に男子が告白のために訪ねてきた。
そしてその度に玉砕していた。
相変わらず、男子たちはなぜか告白するとその部分の記憶を喪失することが多く、ちょっとした怪奇現象として校内の噂になっていった。
またそうでない者は、すばるから例の「質問」をされたと口を揃えて言った。
いつしか、一年生の一学期にして、すばるは校内随一の有名人になっていた。
水よりも冷たそうな白い肌にやや切れ長の目。しかし話してみれば、愛想はないが、特に人を突き放すような口調ではない。そのギャップが「本当はとても優しい人らしい」という好意的な解釈を生み、本人のあずかり知らぬところで、さらに勝手に人気が出ていく。
日焼けすると水ぶくれができるからと、すばるは夏でも手の甲まである黒いアームカバーをしていたが、確かにすばるの肌は真っ白な薄い花びらのようで、日差しの強い日は陽の下を歩いているだけで痛々しく見えるほどだった。
こうした人目を惹く本人の容貌と相まって、「変」「なんかおかしい」「気味悪い」という形容が付帯されていく。
そんな風に目立つというのはいいことばかりではなく、誰かしらから逆恨みされているという話もよく聞かれた。
すばる本人が悪さをするせいでそうなっているわけではないので、慎から見ても気の毒な話ではある。
(なんだか大変そうだよな、座馬さんて)
この日の放課後も、すばるはすっと教室から姿を消した。
そして翌朝には、また一人振られたという噂と、やはり今度の告白者――二年生男子――も告白のことを覚えていないという話が、校内にさあっと広まった。
特に気味悪がられているのは、男の側が「告白したこと」だけを覚えていないどころか、座馬すばる|という人間自体を忘れてしまっている《・・・・・・・・・・・・・・・・・》らしいということだった。
仮に、すばるの言う通り本当に精神的なショックから振られた体験を忘れることがあったとしても――それが何人もの人間に定期的に起こる不可解さはこの際置いておいて――、その前に、彼らにはすばるへの恋愛感情を育んだ段階があるはずだ。
それなのに、告白者たちがすばる自体のことをまるで覚えていないというのは、不自然すぎる。
いつしか座馬すばるの存在は、独耀埼玉高校内で最も生徒を沸かせる話題となった。
それとは対照的に、相馬慎という生徒の存在感は、日々クラス内ですら薄まっていくようだった。
彼は彼なりに目立つ容姿をしている。しかし慎は、一般的な水準をはるかに下回る存在感で、空気のように、教室の片隅にただあった。
彼にしか分からない苦しみを抱いて、相馬慎はこの時はまだ、座馬すばるとの本格的な交流を持たずにいた。




