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<プロローグ 希(こいねが)う不死身>

 六月の朝の風が、初夏の熱気をはらんで、川沿いの土手へ吹き降ろしてきた。

 草いきれに背中を押されるようにして、相馬慎(そうましん)は、高校への道を歩いている。


 四月に新入生として校舎に足を踏み入れてから、今日までに、クラスになじめたとは言い難い。

 一年生にして百七十センチ半ばを超える身長に、生まれつき色素の薄い茶色い髪が、ややとっつきづらい印象を与えているのかもしれないが、そればかりが理由でもなかった。


 登校の途中――今のような――と、下校中の道が、慎にとって、一日の中で最も心の安らぐ時間だった。

 朝の通学路の先にある学校。また、放課後の、帰り道の先にある家。それらが近づいてくると、そんな必要はないとよくよく分かっているのに、胸の中がざわついてくるのを止められない。

 家には、すでに両親は同居していない。一緒にいるのは、移り住んできた祖父母だ。そのため家には、慎たちの苗字である相馬とは別に、祖父母のそれである阿島(あじま)という表札もかかっている。

 親とはもう顔を合わせないで済む。それでも、あの家に帰るのはいまだに抵抗がある。外界から切り離された、あの閉鎖的な感覚の中に戻っていくのは。自分の家だというのに。


 高校がある駅までは、慎の最寄駅から電車一本で三十分程度。徒歩の時間は、電車に乗る前と後とを合わせ、片道で合計三十分ほど。すべてひっくるめて、往復で一日に百二十分。そのなけなしの癒しの時間が、間もなく中絶しようとしている。校門が近づいていた。


 私立独耀(どくよう)埼玉(さいたま)高校は、その白々とした塀の間に、次々とブレザー姿の生徒を吸い込んでいく。

 慎もまた校門を過ぎ、昇降口へ向かった。その時、傍らから、人の声が聞こえた。校舎の陰になっていてよく見えないが、人が二人いるらしい。


「じゃあ、座馬(ざま)。今日の放課後、時間くれよな」と男の声。


「はい」と女子の声。


 短い会話を終わらせて、こちらへ駆けてきたのは、二年生の男子生徒だった。顔見知りでもなかったので、慎には目もくれずに、下駄箱を目指す。

 建物の中に入る直前、校舎の陰から、今度は見覚えのある女子生徒が姿を現した。

 さっきの声の主のもう一人は、同級生の座馬すばるだった。ほっそりした体に、肩甲骨の下まで背筋とともにまっすぐ伸びた黒髪が印象的な彼女は、頭上を覆うドイツトウヒの隙間を塗った木漏れ日に、その髪や肩をガラス細工のように光らせていた。


 慎に気づいたすばるが、声も出さずに、小さな会釈でおはようと伝えてくる。

 慎はやや深めに会釈してそれに答えた。おはよう、と口には出したが、一方通行のまま声は中空に消えた。


 慎は意図して早足になり、すばるより先に昇降口の中に滑り込んだ。

 並んで歩くのが少々気まずく思えただけで、すばるとは、特に仲が悪いわけではない。挨拶に毛の生えたような会話をほんの一言二言かわしたことがあるだけだが、すばるのほうもあまり社交的な性格ではないようで、ほかのクラスメイトとも似たような程度の交流しか持っていない。

 ただ、彼女はこの二ヶ月間で、少々有名人になっていた。


 整った細面にやや鋭い双眸をたたえたすばるは、廊下を歩いていれば男子の三人に二人は振り返るほどの美形で、楚々としたしぐさ――慎としては不愛想という言葉のほうが当てはまっていると思えたが――のせいもあり、校内の多くの男性から注目を集めていた。



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