5 森の夜
夜が深くなった頃。
村の灯りがひとつ、またひとつと消えていく。
ゼフが、そっと窓を開けた。
「……よし、行くか」
「うん」
外の空気は冷たく、草の匂いと、遠い森の湿り気が混じっている。
狼に見つからないよう、足音をできるだけ小さくして二人は村はずれへ向かった。
月明かりが畑を照らしている。
踏み荒らされた跡はない——
けれど、どこか落ち着かない。
「静かすぎるな」
ゼフの声が低くなった、その瞬間。
——カサ。
畑の向こうで、影が揺れた。
黒い狼。
ゆっくりと畝の間を歩き、
鼻先で土を確かめるようにしている。
(荒らしてる?……ううん、違う)
ステラは無意識に息を止めた。
狼は、何かを探している。
それも必死に。
やがて森の方へ顔を向け、
短く、低く鳴いた。
その声は——
誰かを呼ぶみたいに、遠くへ響く。
「ゼフ……今の声、なんか……」
「群れを呼ぶ声じゃないな」
ゼフは目を細めた。
「知らせる声だ。何かが近づいて来てる。」
次の瞬間、風がざわりと揺れる。
森の奥で、枝が折れる音。
重たい足音。土が沈む気配。
狼が即座に森へ走り込む。
「追うぞ」
ゼフの声と同時に、ステラは駆け出した。
森の中は暗く、足元の根っこが何度もつまずかせる。
それでも、狼の黒い影だけは、
月明かりに縁取られてはっきりと見えた。
(どこへ向かってるの?)
やがて——
開けた場所に出る。
倒れた木。荒れた地面。
不自然に丸くえぐれた土の跡。
そこで、狼は立ち止まり、
低く唸り声を上げていた。
何か見えない境界を、守るみたいに。
「ここ……前に畑が荒らされた場所かも。」
ステラがつぶやく。
ゼフが地面に膝をつき、指先で土をすくう。
「踏み跡が二種類ある。」
「二種類?」
「ああ。
ひとつは狼の。
もうひとつは——人間の靴跡だ」
ステラの心臓が跳ねる。
「じゃあ荒らしたのって……」
「誰かが“ここを荒らした”。
狼は、ただそれを追ってただけだ」
狼がこちらを振り返る。
その瞳は、夜の色なのに、
どこか悲しそうだった。
ステラはそっとつぶやく。
「……ずっと、ひとりで守ってたんだね」
けれどその瞬間——
森の奥から、
金属が擦れる嫌な音。
ゼフが顔を上げる。
「誰か来る。急いで隠れるぞ」
二人は木の影に身を潜めた。
月明かりの下に現れたのは——
フードを深くかぶった男たち。
手には袋、そして鉄の棒。
その足は、真っ直ぐに
えぐれた地面へ向かっていた。




