4 恐ろしい昔話
「さっきの狼な。昔は森の守り手って呼ばれておったんだ」
ステラは思わず顔を上げる。
「守り手……?」
「ああ。子どもが森で迷えば、この村まで導いてくれた。
夜に獣が近づけば、追い払ってくれた」
老人の声は、どこか懐かしそうだった。
「じゃあ、どうして」
ゼフィロスが静かに問いかける。
「今は、みんな怯えている」
老人は、少し黙ってから続けた。
「十数年前だ。
畑の作物が、一晩でめちゃくちゃに荒らされた」
老人は拳をぎゅっと握る。
「畝は踏みつけられ、麦も芋も台無し。
その夜、森の端で黒い影を見たって者がいてな。
それからだ。森の守り手は、森の怪物になってしまった」
「でも、見たのは影だけ、なんですよね」
ステラは、思わず口をはさむ。
「本当に、狼がやったって……決まってるわけじゃないと思います」
老人は目を伏せた。
「誰も、見ちゃいない。
だが、村は理由が欲しかったんだ。
作物が台無しになった怒りを、どこにぶつけりゃいい?」
静かに、火がはぜる。
「だから——森の守り手に、全部押しつけた。本当は違うかもしれないが」
ゼフの瞳が、わずかに細くなる。
「それ以来、夜は外を歩くな、子どもには狼が来るぞと脅す。
昼でも森に近づくなと伝える」
老人は苦く笑った。
「気づいたらもう、昔の話の方が嘘みたいになっちまったよ。
優しかった森の守り手はどうなったのか……」
ステラはカップを見つめる。
(優しかったはずなのに、作物を荒らされたっていう一晩の出来事のせいで、誰も、信じなくなっちゃったんだ……)
胸の奥で、小さな、苦い痛みが広がる。
ゼフが、ぽつりと言った。
「明日の夜、外を見てもいいか? その話が本当なのか、確かめたい」
「命が惜しけりゃ、やめとけ」
老人は即座に答える。
けれど、それでも——
ステラの心には、もう決まっているものがあった。
(ちゃんと、見たい)
(あの狼が——本当に怪物なのかどうか)




