3 夜の村
日が落ちるのは、思っていたよりも早かった。
山の影が長く伸びて、道をすっぽり飲み込んでいく。
空には細い月がかかっていて、星が冷たく瞬いていた。
「もう夜……」
ステラが肩をすくめる。
「急ごう。あの先に灯りが見える」
ゼフが指さす先、
小さな村が闇の中でぽつぽつと光っていた。
近づくにつれて、静かさが強くなる。
虫の声も少ない。
誰かの笑い声も、鍋の音も聞こえない。
ただ、風だけが、家の隙間を通り抜けて鳴っていた。
「……夜なのに、見張りもいないんだな」
「ちょっと、怖いくらい静かだね」
村の入り口をくぐった、そのとき——
何かが地面を歩く音。
二人は反射的に足を止めた。
闇の向こう。
畑の端に、黒い影が立っている。
四つ足。
大きい。
月明かりに、黒い毛並みが淡く光る。
「……狼」
ゼフの声が低くなる。
狼は、じっとステラたちを見ていた。
赤くはない。けれど、深い、夜みたいな瞳。
唸り声はあげない。
ただ近づいて——
一歩。
また一歩。
ステラは剣の柄に手を伸ばし——
でも、抜かない。
(……攻撃する感じじゃない)
「ゼフ」
「わかってる。刺激するな」
風が少し揺れた。
ゼフの周りの空気だけ、静かに整う。
その瞬間——
狼は鼻を鳴らし、ステラのほうをじっと見て、くるりと背を向け、森の方へ走り去っていった。
影が闇に溶ける。
音だけが、すぐ消える。
しばらくして、ゼフが息を吐いた。
「追うか?」
「……今はやめておこう。
あの狼、私たちを見に来ただけって感じだった」
胸の奥に、妙なざわつきだけが残る。
その時——
カチャ、と扉の小さな音。
「お、おい……お前たち……!」
戸の隙間から、年老いた男が顔を出していた。
震えた声で囁く。
「こんな時間に歩くな。中に入れ。
あれに、見られただろう……!」
ステラとゼフは顔を見合わせ、
小さく頷き、家の中へ足を踏み入れた。
灯りが灯り、少しだけ温かさが戻る。
男は戸締まりをしながら、低く言った。
「森の狼だ。
あれが現れるようになってから、
この村は、夜になっても眠れん」
ステラの心臓が、トクンと鳴る。
——でも、本当は知っている。
あの視線は「敵」のそれじゃなかった。
(あれは……守ろうとしてた、みたいな——)
ゼフは黙って、ただ様子を見ていた。




