奈落より、灰燼の先に曙光を phase 05
雨はさらに激しさを増し、視界を遮るカーテンとなって街を包んでいた
だが、その雨音を切り裂くように、無機質な電子音が境界線に響き渡る
第二特殊情報大隊。
「……標的、位置、確定。」
「逃走ルートを遮断。各隊長へ情報を転送」
その無機質な報告と同時に 彼らが奪った凛を含めた鼠の位置情報が第一部隊、第二部隊に発信させる
ーーーそれは同時に【情報戦の敗北】を示していた
第一特殊鎮圧大隊・第二小隊。
別名、『陽菜様親衛隊』
「……星崎小隊長に、一歩でも近づこうとする不届き者はどいつだ」
「星崎小隊長の視界に汚れを入れるな。美しく、かつ徹底的に排除しろ」
彼らの崇拝の眼差しを受け、少女がゆっくりと前に歩み出る
第一特殊鎮圧大隊 第二小隊長 ―― 星崎 陽菜
「……凛ちゃん。やっと、見つけた。……もうどこにも行かせないよ」
陽菜が悲しげに微笑み、その名を呼んだ瞬間。
凛の脳内にある「記録」が、目の前の光景と音に、カチリと音を立てて合致した
(……知ってる。この顔も、この声も。……陽菜)
凛にとって、それは「忘れた記憶」ではない。
これまでの記憶は 映画の全容を把握しているように、自分がどんな軌跡を辿り、どうやってこの少女を置いて、自ら雨宮の元へ「心を分けに」行ったのかも、すべて正確な情報として頭に刻まれている
ただ 心を分けた後の記憶には、その情報の横に添えられていたはずの「感情」という色彩が欠落していた
——十数年前。
「凛ちゃん、また無茶して! ほら、手見せて!」
まだ「兵器」としての名前ではなく、一人の少女として生きていた頃
二人は担当教官である佐伯のもとで、本当の姉妹のように笑い合っていた
凛の隣には、いつも陽菜がいた
天才的な戦闘センスの代償として、使うたびに身を削る凛の『追記』
そのボロボロになった小さな手を、陽菜はいつも泣きそうな顔で握り、自らの力で癒やし続けていた
「凛ちゃんは私が守るから。だから、もう自分をいじめないで」
その言葉を、凛は確かに信じていた。
だが、凛は選んだのだ。
自分の存在が、父のように慕う佐伯や、兄のように敬う雨宮をこれ以上傷つけ合わないように
あの日、陽菜にさえ何も告げず、凛は一人で雨宮の執務室を訪ねた
『雨宮さん、お願い……凛を、ちゃんとした道具にして』
それが、陽菜という光から自らを切り離した瞬間でもあったのだ
陽菜の震える声に、凛は一歩、重い足取りで踏み出した
「……ごめんね、陽菜」
「それでも私は、先へ行く。……止まってなんて、あげられない」
凛の声は 仲間のために進むと決めた者の、震えることのない鋼のような響きだった。
「……っ。分かってたよ、凛ちゃんがそう言うのは。……でも、私はあの日から………」
陽菜の声が、ほんの僅かに震える
「……どうして、私を置いていったの」
一瞬だけ、親衛隊の空気が凍りつく。
だが次の瞬間――
「追記:『祈念加護』」
それは、陽菜の「誰も傷ついてほしくない」という切実な願いが形となった、究極の支援能力
指定した対象の痛覚を麻痺させ、細胞修復を極限まで加速させる。
陽菜が祈る限り、彼らは「痛み」を感じず、「傷」すら即座に塞がる不壊の兵士と化すのだ
「――ごめんだけど、凛ちゃんは私が 連れて帰る。たとえ、嫌われたとしても」
それが戦闘開始の合図だった
「……総員、星崎小隊長の御心のままに。排除開始!」
副長ーー 衛藤 誓の号令とともに、親衛隊が動き出す。
近接班が盾を構えて距離を詰る。
中距離班が牽制の射撃を行い。
後方から狙撃班が逃げ道を断つ。
完璧なバランス、そして何より異常なのはその「耐久性」だった
「ッ……ごめん、なさい!」
凛が加速し、慣性を乗せた渾身の蹴りが近接隊員の胸部を捉える
バキッ、と肋骨が割れる不快な音が響く
本来なら戦闘不能に陥る一撃
だが、その隊員は怯むどころか、無表情に凛の足を掴み返した
(……なんで!?普通ならそんな余裕ないのに )
直後、陽菜の放つ翡翠の光がその隊員を包む
砕けた骨は瞬時に接合され、内臓の損傷も「なかったこと」にされる
痛みさえ感じない彼らにとって、死に至らない傷は攻撃を止める理由にすらならない
「無駄だよ、凛ちゃん。……誰も、怪我なんてさせないから」
陽菜が歩を進めるたびに、傷ついた隊員たちが次々と「再生」し、再び凛に襲いかかる
斬っても、殴っても、撃っても、翡翠の光がすべてを無に帰す。
それは「治癒」という名の、あまりにも残酷なゾンビ戦闘
「橘隊長ぉぉ! 身体が軽い、まるで全盛期だ……!」
「全員、死ぬ気で凛を捕らえろ! 隊長の愛に応えるんだ!」
翡翠の光の中、狂信的な興奮状態で襲いかかる親衛隊。
凛の追記は体の限界を迎え、膝が震え始める。
ーードンッ
そんな時に放たれた、死の一撃
大口径の弾丸が雨のカーテンを音速で突き破り、無防備な"陽菜の"頭部へと一直線に飛翔する
「……っ!」
陽菜の瞳が鋭く細められた。
彼女は祈りを一瞬崩しながらも、腰に差していた護身用の小さなナイフを 電光石火の速さで抜き放つ
カィィィン!!
火花が散り、金属音が雨夜に響く。
陽菜の手元の小さなナイフが、完璧な角度で狙撃銃の弾丸、その軌道を強引に逸らしたのだ
(……えっ!?)
スコープ越しに、ナインは息を呑んだ。
あの距離、あの速度の弾丸を、最小限の動きで「ずらして」見せた陽菜の圧倒的な武力
「……どこかに、お友達がいるんだね。凛ちゃん」
陽菜は弾丸を弾いたナイフを納めることなく、冷徹にナインの潜む方向を見据えた
その視線を追い、凛もまた、自分を助けようとした「影」の存在を確信する
(ナイン……!? ダメだよ…来ちゃダメだよ……!)
「……凛ちゃんの連れなら、一緒に保護してあげないと。衛藤副長、あのビルの屋上へ、人を回して」
「えぇ…小隊長の加護が切れるのは寂し……ん゛ん゛っ。お任せください!」
隠しきれない本音と共に、第二小隊の銃口がナインの潜むビルへと一斉に向けられた
そして その背後からは 閑世区へと向かう精鋭、龍牙と剛らの影が 刻一刻と迫っていた




