奈落より、灰燼の先に曙光を Phase 02
「……ッ、ハ、……ッ……!」
中央区、立ち並ぶ高層ビルの屋上から屋上へと 凛は「赤い残像」となって突き進んでいた
追記:慣性維持・極点跳躍。
彼女の追記を発動するたびに、彼女の神経系を極低温の針で刺し続けるような劇痛を伴う
だが、凛はその激痛に顔を歪めることすら、自分には許されていないと確信していた
(……痛い? そんなの、烈くんが味わってる絶望に比べたら……!)
悲鳴を噛み殺し、溢れそうになる涙を熱気で焼き切る
今の彼女を動かしているのは、純粋な救出心というよりも、自らを削り取ることでしか贖えないという...
ーー「狂気的な責任感」だった
視界の端、防衛ロボットが銃口を向ける
凛はそれを視認するより早く、追記による「最適解」をなぞった
一瞬。
コンマ数秒の静寂の後、凛が通り抜けた軌跡に沿って、数体のロボットが火花を散らして両断される
ひと蹴りで鋼鉄を断つ感触。
火薬の匂い。
肉が、骨が、軋む音さえ心地いい。
自分の肉体が摩耗していく感覚と引き換えに、機械を破壊し、前へ進む
その残酷なまでの効率の良さが、今の凛には唯一の救いだった
「邪魔……させない。……絶対に」
痛みが深まるほど、彼女の刃は鋭さを増していく
一方、新京都の南東。
政府が棄てた負の遺産が沈殿する街――旧栄区
腐った泥のような雨が、錆びた鉄骨を叩いている
工作部隊と実働部隊を引き連れたテツとシノは、天導区への進軍ルートを確保すべく、廃墟の街を静かに移動していた
「ねーえシノ、見てよこの回線の古臭さ! 逃げ出したあの日から、一歩も進歩してないや。あ、もしかしてシノの年齢に合わせて敢えてそのままにしてくれてるのかな?」
ヘラヘラと軽い調子で喋り続けながら、テツは端末を片手に周囲の監視網を無力化していく。
「テツ……あんまり喋ると、その口縫い付けるわよ」
背後に立つシノが、巨大なナイフの柄を弄びながら冷徹に言い放つ。
「ひどいなぁ、僕はシノを勇気づけようとしてるのに! ほら見て、この旧栄区の電力配分。天導区の華やかな光を維持するために、ここの住民に供給される量が他より低くなってる。……まるで、誰かさんのシワを――」
「今すぐ黙れって言ってるの!!集中しなさい。ここを突破しないと合流に遅れる」
シノの瞳に殺気が宿るが、テツは全く動じる様子もなく笑っている
だが、その二人の背後を歩く工作/実働部隊の面々に、悲壮感はなかった
噛み合わない二人のやり取りが、逆にこの絶望的な戦場において奇妙な「日常」を繋ぎ止めていた
同時刻。
旧栄区と中央区を繋ぐ境界線――緩衝区
重装甲車の残骸が炎上する中、タイガはたった一人で、押し寄せる治安維持局の増援を迎え撃っていた
「……ッらぁ!」
弾丸の雨を紙一重で回避し、剥き出しの拳で装甲車のフロントを殴り飛ばす
金属がひしゃげる凄まじい衝撃音が雨夜に響いた
「おいおい、そんなもんか? 治安維持局の精鋭様がよ!」
タイガは豪快に笑い、血に濡れた髪をかき上げる
彼は自分の部隊をすべてテツたちの護衛に回した
「旧栄区と緩衝区の掃除は俺一人で十分だ」という言葉は、傲慢ではなく、仲間を確実に目的地へ届けるための、彼なりの献身だった
(あいつらが一秒でも長く、少しでも自由に暴れ回れるように……。俺が一番派手に、クソ目立ってやるよ。それが『兄貴分』の役目だからな)
烈が「希望」を背負う者だとしたら...
タイガは「現実」を支える大黒柱。
たった一人で『点』を壊滅させ、敵のヘイトを一点に引き受けるその巨躯
その背中は、常に仲間の士気を最高潮に引き上げていた
「……来たね。緩衝区、旧栄区、各所で防衛網に亀裂が発生」
『鼠』:地下拠点。
漣がモニターの一角を指差す
凛の凄まじい突破力が中央区を掻き乱し、タイガの圧倒的な個の武力が敵の注意を分散させていく
「三兎、全部捕まえてやる……! 凛、みんな、そのまま駆け抜けて!」
新京都という巨大な戦場で、すべての歯車が破滅に向かって、だが確実に「勝利」へと回り始めた。




