贖罪の弾道
久しぶりの長文一話。
って言っても約3000字なんだけど...
地下拠点の重苦しい空気の中、神城が三人の影を呼び寄せた
「俺は断固として反対だ。だが、お前ら二人を野放しにするわけにもいかないからな。……こいつらを連れて行け」
「……ま、そう硬いこと言いっこなしですよ、神城さん!」
沈黙を破ったのは、オレンジのニット帽を被った青年、アキだった
彼は場を和ませるようにケラケラと笑い、漣と凛に歩み寄る
「僕はアキ! よろしくです、漣さん、凛さん。……あ、重い空気になっちゃダメですよ。戦場じゃ運も実力も、まずは『元気』からってね!」
アキの隣で、重厚なタクティカルベストに身を包んだ巨漢、カノが鼻を鳴らす
「元気で弾が避けられるなら苦労はねえよ。俺はカノ。前衛だ。……流石に 演算ばっかりのガキに死なれちゃ、寝覚めが悪いからな。同行させてもらう」
最後の一人、無口な少女ナインは、大口径のハンドガンを無造作に腰に差したまま、短く告げた
「ナイン。……足は引っ張らない。」
神城が吐き捨てるように告げる
「挨拶はそれまでだ。情報を信じるなら、その結果も自分の足で受け取ってこい」
路地裏などのドローンに気づかれないルートを漣が模索しつつ、五人は乾いたコンクリートも音を響かせながら旧第三基地へと向かっていた。
「……ねえ、漣さん。本当に烈さんって人がそこにいると思う?」
沈黙を破ったのは、アキだった
彼は場を和ませるようにケラケラと笑い、漣の顔を覗き込む
「いや、疑ってるわけじゃないよ。ただ、もし偽物だったら、僕たちが『無駄死に』する可能性もあるわけでしょ。怖くないの?」
「……怖くないと言えば嘘になる」
漣は前を見据えたまま、静かに、だが迷いなく答えた。
「だが、データにはわずかな『違和感』があった。烈なら、あんなに綺麗なログは残さない。仮に それが罠だったとしても、あいつがそこにいる可能性がゼロじゃないなら 俺は行く」
「へえ、熱いなあ! 効率重視の演算者様だと思ってたけど、案外、僕らみたいな『はみ出し者』の素質、あるのかもね!」
「アキ、私語が過ぎるぞ。周囲のノイズを拾う邪魔だ」
低く、落ち着いた声がアキを制した。前衛を歩く大柄な男、カノだ
彼は重厚なタクティカルベストに身を包み、常に周囲への警戒を怠らない
「すんませーん、カノ先輩! でも、このガチガチの空気、身体に悪いですよ」
「戦場じゃ、その『悪い空気』が命を繋ぐんだ。……漣。お前さんの無謀な賭け、俺たちは買った。だが、現場で死ぬか生きるかを決めるのは演算じゃない。俺たちの足だ。遅れるなよ」
最後尾を歩く無口な少女、ナインが短く「了解」とだけ呟き、大口径のハンドガンのシリンダーを確認した
移動の最中、漣の脳裏に神城の言葉が過ぎる。
彼ら三人は、ただの雇い兵ではない
かつて治安維持局の「清掃」から漏れ、社会から戸籍ごと抹消された『廃棄物』だった。
カノは汚職告発で全てを失い
アキは演算能力を使い潰されかけ
ナインは過酷な実験の生き残り
彼らにとって、あの地下拠点だけが唯一の「居場所」だった
彼らの足音を聞きながら、漣は喉の奥に苦い熱を感じていた
自分の一言で、この三人の「居場所」を奪うことになるかもしれない
その重圧が、冷たい汗となって背中を伝う。
漣は、こみ上げる不安を振り払うように隣を見た
そこには、自分以上に張り詰めた空気を纏い、青白い顔で前を見据える凛の姿があった。
「……凛、大丈夫か?少し顔色が悪いぞ…..お前の役割は、あくまで後方からの演算補助。そこまで無理をする必要はない」
努めて冷静に、いつもの「演算者」としてのトーンで声をかける
だがそれは、凛を気遣うと同時に、自分自身の動揺を押し殺すための言葉でもあった
「……大丈夫、漣くん。ちゃんと、見えてるから」
凛は短く返したが、その瞳には昏い影が沈んでいた。
(……私のせいだ)
(雨宮さんの狙いは、私。私の持つ『赤』の情報を奪取し終えるまで、漣くんをツールとして利用し……用が済めば、『消す』)
心の中で何度も反復される呪い
烈が奪われたのも
今こうしてカノたちが危険な戦場を歩いているのも
漣の目的、棄界を目指せないのも…
ーーすべては自分のせいだ。
二度と、自分のせいで誰かを傷つけさせない
その強迫観念に近い責任感が、彼女の五感を極限まで研ぎ澄ませていた
治安維持局 旧第三基地。
「……ここか」
目的地、廃棄された基地の防壁前。
漣が網膜のエイジャスを起動し、周囲をスキャンしようとする
その瞬間
「ーー右、上! 潜伏兵、三体!!」
凛の叫びが空気を切り裂いた
彼女だけが、壁の向こうの微かな熱源変化を捉えていた
「ナイン、アキ! 迎撃!!」
カノの指示と共に三人が躍動する
同時に、凛は迷いなく踏み込み、襲いくる一体の喉元へ最短距離のカウンターを叩き込んだ
ッ!!
重い衝撃音。
屈強な兵士が声もなく崩れ落ちる
「えっ、凛さん強すぎ……!?」
驚くアキを尻目に、凛は止まらない。
着地と同時に流れるような動作で二人目の懐へ潜り込み、顎先へ掌底を突き上げた。
ーー二人目もまた、意識を断たれ沈黙する
「ハハッ 負けてらんねえな! 『追記:重力分散』!」
アキが重力を無視した機動で壁を駆け、上空から敵の死角を突く
「『追記:多重障壁』」
カノが展開した半透明の盾が敵の銃火を完全に無効化。
そして その背後からナインが冷静に引き金を引いた。
「『追記:必中刻印』」
放たれた弾丸は空中で不自然に軌道を変え、遮蔽物に隠れた敵の急所を正確に貫いた
だが 敵もまた撃たれるだけでは終わらない。
最後の一手。自暴自棄に手榴弾のピンを抜こうとした
「ーーさせるかよ。『追記:遅延実行』」
漣が指先を弾くと、兵士の周囲の時間が数秒間、データ遅延を起こしたように硬直した
指が動かない
「ナイスです!漣さん!!」
その隙にアキが彼の武器を蹴り飛ばし、制圧は完了した
「烈の姿は…あるわけないか。」
「ああ。相手の『罠』だったな」
カノがそう言い放ち 皆「ふぅ」と一息つこうとした
ーーその瞬間。
「…….え?」
凛のみが感じ取れた「違和感」
ーーそれは かつて自分が纏っていた『赤』の 歪んだ空気の揺れに酷似していた。
数キロ先からの超長距離狙撃。
小さな空気揺れは一つの線となり、ターゲットを指す
ーーそう、漣だ。
(……まただ。また….)
脳内で、雨宮の冷徹な声が哄笑となって反響する。
烈が奪われたのも
棄界を目指せないのも
今ここで漣が死神の銃口に晒されているのも
(全部、私のせいで!!)
(……これ以上、私のせいで誰かが傷つくのは、嫌ッ!!)
凛の脳が沸騰する
慈愛ではなく、自分という毒を拭い去ろうとする狂気的な責任感が….
ーー彼女に禁忌を叩き込ませた
『追記:慣性維持・極点跳躍』
「ッ 凛!?」
空間が爆ぜる
水平方向への連続ワープ。
跳躍のたびに累積していく暴力的な慣性が、彼女を「赫い閃光」へと変えた。
座標特定が曖昧なままの、死を恐れぬ特攻。
「……漣くん!!」
累積した加速度が頂点に達し、凛は目に見えぬ「弾丸」となって弾道に割り込んだ。
衝撃波と共に凛が漣の胸の辺りを最小限の力で押し 頭を正確に狙っていた射線から漣を引き剥がす
ーー漣に対する狙撃は逸れた。
「ーーガ、はっ!!」
鮮血が舞い、床を汚す。
「ッ!? カノ先輩!!」
アキの悲鳴が響く
漣は救われた。
だが、同時に外れた射線の先にいたカノの肩を 『弾道が方向を変えて』逃げ場の無い死角から抉り取った
助けられた命。
守れなかった仲間。
崩れ落ちるカノを前にして、凛は血の混じった涙を流しながら、立ち尽くすことしかできなかった。




