日常
「......終わった、な......」
漣はそう呟いた瞬間 膝から力が抜けた
全身の筋肉が断線したかのように震え 制御を拒絶している
活性化した生命エネルギーである源生を酷使した代償
肉体は 芯から熱を奪われ 泥のような倦怠感に沈んでいた
視界は狭まり 呼吸の一つ一つが肺を重く押し潰す
漣は激戦の末に回収した「共鳴する赤」を震える指で拾い 無造作にポケットへ放り込んだ
「……帰ろう 凛」
足を引きずるように その場を後にする
ーーー
事務所へ戻る道中
漣はファルコンを運転しながら思考を巡らせる
(源生のデメリット...まぁ当然だよな)
己の生命そのものを力として消費する
それが源生の本質
(……じゃあ、あの瞬発力はなんだった?)
脳の奥が じわりと痺れる。
(……いや、考えるのは後だ。戻ったら……烈に相談してみるか)
それだけが 自然に浮かんだ。
ーーー
事務所のドアが 乾いた音を立てて開く
「ただいま」
扉を開けるのと同時に 漣の視界に飛び込んできたのは
徹底的に破壊された「日常」の残骸だった
「……ッ!?」
呼吸が止まる
机はひっくり返り、椅子は壁に叩きつけられて歪んでいる
壁には深い爪痕のような亀裂
烈が愛用していた安物のコーヒーメーカーは、床で粉々に砕けていた
「……烈? 」
声が ひどく小さかった
漣は崩壊した事務所の中央へ 踏み込んだ
床に バイク雑誌が落ちている
烈の私物
拾い上げた指が 僅かに震える
「……烈くん? 」
凛の声が 奥の部屋へ消えていく
漣は無言のまま 惨劇の跡を見渡した
寝室
風呂場
ベランダ
ーーどこにも あの大きな背中はない
「……」
漣の指先が 微かに震えた
酷使した源生による脱力ではない
自分の世界の「背骨」を抜き取られた
その感覚だけが どんな負傷よりも深く漣を損なわせる
「……いない」
漣の喉が 乾いた音を漏らす
敵の狙いは 凛でも 自分でもなかった
黒猫の心臓を 暴力で抉り出しに来たのだ
漣は エイジャスを握りしめたまま 崩れるように膝をついた
「……」
声が出ない
胸の奥が、ゆっくりと、だが確実に引き裂かれていく
漣は 荒らされた事務者の中で ようやく理解した
自分が最も恐れていたこと
死ぬことよりも、敗北することよりも――
ずっと恐れていたもの
それが「失う」ことだと――
今、ようやく突きつけられた




