零れ落ちた仮面、拾い上げた約束(後編)
次回、第一章『第一幕』完結
この章は...まだ始まったばかりなのだ
深夜
月光が 降り注ぐハイウェイの路上
世界は 不気味なほどの静寂に包まれていた
烈は動かない
ガードレールに背中を預けたまま 首を垂れて深く意識を手放している
その肉体からは 限界を超えた『火事場力』の代償として 陽炎のような熱気が立ち昇っていた
漣は 傍らで眠る凛の呼吸が安定していることを確認すると 力なくアスファルトに座り込んだ
二重遅延による脳への負荷は凄まじく 視界の半分はノイズで塗り潰され 指先は細かく震えて止まらない
(......ダメだ....不可解な点が多すぎる)
漣は 痛む頭を抱えながら 思考の断片を整理し始めた
政府の『絶対命令』
そして 凛の周囲で荒れ狂っていた あの「赤」と「飢餓」の正体
(……ああ そうか。そういうことだったのか)
ノイズの海を泳ぐ漣の思考が 一つの仮説を掬い上げる
あの「赤」は ただのプログラムの残骸じゃない
凛に発現した 強力な『追記』の代償を実質的に無効化するために...切り離された「感情」や「熱」が 強制隔離され 漂流した姿
予測だが、凛の追記。その代償は維持するだけでも とてつもない痛み...精神的な負荷
ーー俺と同じ体を壊すものだった
いや、俺よりも酷い...発現したその瞬間から今まで永遠に『痛み』から耐えるしかない
そんな『痛み』から逃げる唯一の方法
それが「赤」だったんだろう
「感情の切り離し」。どんな痛みもデータとして認識し、心だけでも守ろうとした
そう考えると『飢餓』もおのずと予想がつく
「飢餓」。その正体は 燃料不足などではない
成長を止められた幼い心が 減り続ける命を補填しようとして 無意識に他者の生命力を求める 本能的な成長痛 そのものだったのだ
(飢えではなく 進みたいと願う心の叫び……。だからエイジャスは あの日解析を拒絶したんだ)
論理と数式を司る機械であるエイジャスにとって 「人間の感情」という計測不能な不確定要素は 処理すべきデータではなく システムを壊す毒でしかなかった
(……だが だとしたら あの雨宮は……)
漣の脳裏に 二人の雨宮が交錯する
凛の心を殺し 完璧な兵器へと作り替えた 今の冷徹な「秩序の執行官」
一方で 凛の中に密かに『バグ』を仕込み いつか誰かが彼女を救い出すことを願っていた かつての「弱かった男」
(……雨宮。あんた 一体どっちが本物なんだ。何を『正解』だと思って 俺たちをここまで誘導した……?)
あの事務所襲撃も 凛との接触も すべてはあいつの手のひらの上だったのではないか
底知れない影を感じながらも 今はその答えを出すリソースがない
今はただ この命を繋ぎ止めることだけが 解析屋としての唯一のタスクだった
小一時間ほど過ぎた頃
「……ッ、ガハッ……!!」
沈黙を破り 烈が血を吐きながら薄く目を開けた
「……烈! 意識が戻ったか」
「……あ? ……なんだ まだ地獄に落ちてねえのかよ……」
烈の顔は 自身の血と摩擦熱で焼け爛れ 正視に耐えないほど悲惨な状態だった
解放率100%の代償は残酷だ
指一本動かすたびに 体中の筋肉が断裂するような激痛が彼を襲う
「動くな 烈。お前の体はもう……」
「……分かってる。……だが ここに居座るわけにゃいかねえだろ。……漣 あいつ……凛を ファルコンに乗せろ」
烈は 震える手で自らの腰にあるパイルの空薬莢を指差した
「……ファルコンの予備電力 まだ生きてる……。……即興で回路を繋ぎ直せ。……最高速は出ねえが 事務所まで……行くくらいはできるはずだ」
漣は 烈の指示通りに動いた
もはや『解析』と呼べるような高尚な作業ではない
焼けたワイヤーを強引に結び合わせ ショートした基板をバイパスさせ 火花を散らしながら無理やり心臓部を叩き起こす
それは 一流のエンジニアである漣が最も嫌う 「その場しのぎ」の極致だった
だが 今の漣には その泥臭い作業こそが何よりも誇らしく思えた
漣は まだ目覚めぬ凛を 烈が自らそうしたように ファルコンに突き刺さったロッドへと ワイヤーで固く 優しく固定した
「……準備はできた。烈 お前も……」
「……ああ。」
烈をシートの隙間に無理やり押し込み 漣はファルコンを起動させた
白煙を吹き 苦しげな異音を鳴らしながらも 愛機は主人の呼びかけに応えるように ゆっくりとアスファルトを蹴り出した
深夜の街を 傷だらけの鉄塊が静かに進む
漣は ノイズ混じりの視界で流れていく夜景を眺めながら 今度は澱のように溜まっていた「違和感」を必死に繋ぎ合わせていた
(……おかしい。最初から 何もかもが計算に合わない)
始まりは あの少年が持ち込んだ「赤」だ
廃棄場で拾ったゴミだと?
あり得ない。あの子はそれを 『家族』 と呼んだ。まるで 自分の一部であるかのように
そして この熱。
『追記アペンド』を根底から書き換える未知の奔流
瀕死のエイジャスを叩き起こし 禁忌を可能にした あの 『源生』 という力。
(……雨宮。あんたも これを持っていたのか?)
再起動の際 雨宮の「冷徹なエネルギー」に触れた時の悍ましいまでの共鳴。
やはり、あの高揚感の正体は 同じ『源生』だった
だとしたら...
あの時 エイジャスが僕を強制的に気絶させたのはなぜだ?
脳の保護?
……ああ それは半分正解だろう。だが 本質はそこじゃない
あの時 僕は源生のコントロールを失い 半ば暴走しかけていた
エイジャスはそれを検知し 強制的なシャットダウンで暴発を食い止めたんだ
(エイジャスは 源生を知っている。だから源生を感知でき 時には制御さえしている……)
思考が 極限の演算速度で加速する
霧が晴れるように 一つの巨大な「解答」が形を成していく
(まて……そうだ。何で気づかなかった。答えは 最初から ずっとそばにあったじゃないか……!)
漣は 右手に握った古びたエイジャスを強く握りしめた
死んだ父が遺した 解析機
だが この端末自体が 全ての異常を繋ぐ 最大のブラックボックス だったのだ
(父さん……あんた 一体僕に何を遺したんだ)
漣は 新たな謎という名の 『光』 をその目に宿し 夜明け前の街へと愛機を滑らせた
東の空が 微かに しかし確かに白み始めていた
漆黒だった夜の帳が 深い紺色へと溶け出し やがて群青色へとグラデーションを描く
街の明かりはまだ消えず それが一つ一つ 新しい朝への 「座標」 を示しているかのようだった
傷だらけのファルコンは 苦しげなエンジン音を響かせながらも 止まることなく進む
その背には 意識のない烈
そして ワイヤーで固く固定された 眠れる少女
三人の影が アスファルトの上に長く伸び 夜の闇を切り裂くように ゆっくりと前へ進んでいく
その光景は 誰にも知られることのない 小さな世界の夜明け
解析不能なバグと 秩序を逸脱した絆が 冷たい世界の片隅で 新しい 「正解」 を掴み取った瞬間だった
事務所『黒猫』に辿り着き 烈をソファへ 凛を奥のベッドへと運び込んだ頃には 東の空が僅かに白み始めていた
漣は ベッドの横に置かれた椅子に深く腰掛けた
眠る凛の 仮面の下にあった幼い素顔
彼女が目を覚ました時 自分たちは何を言えばいいのか
烈は ソファに倒れ込んだまま 寝言のように呟いた
「……あとは あいつ次第だ……。……救われた後に どう生きるかなんて……俺たちが決めることじゃねえ」
「……そうだな。俺たちにできるのは あいつに 『選択肢』 を用意することだけだ」
漣は 自嘲気味に笑い 瞼を閉じた
解析屋として 常に数字と効率だけを追い求めてきた自分
だが この夜に掴み取った『正解』は どんな数式でも導き出せない あまりにも不器用で 熱い絆の結晶だった
「…………」
静寂が事務所を包む
一瞬の微睡みの中 事務所の奥の扉が 小さな音を立てて開いた
漣は 弾かれたように目を開ける
そこには 漣が貸した上着に身を包んだ凛が 立っていた
まだ足取りは覚束ない
それでも 彼女は自分の足で一歩 一歩と歩みを進め 漣の前で立ち止まった
仮面は もうどこにもない
朝の光を浴びたその瞳は 凍りついた「死神」ではなく 迷いと わずかな光を宿した少女のものだった
「……漣、くん」
掠れた声で 彼女が自分の名前を呼ぶ
漣は ゆっくりと立ち上がり 彼女の目線に合わせて僅かに腰を落とした
「……ああ。おはよう 凛」
二人の視線が重なる
切り捨てられた飢餓の果てに
彼らは新しい 「バグ」 を そして 「正解」 を見つけた。
説明...というか補足が長くなってすみません
投稿が遅れた理由もこういう設定をまとめる上で執筆する時間がなかったというのもあります...
と言うわけで凛の設定資料です
1. 綾瀬 凛の追記&絶対命令
追記:慣性維持・極点跳躍
• 特性: 指定座標への瞬間跳躍。基本的には水平方向(二次元)に特化しており、垂直方向(三次元)への移動は燃費が悪く、小刻みな跳躍を繰り返す必要がある。
• 最大の特徴: ワープ前後の慣性保存。
仮に200m先へ跳躍した際、その距離を「コンマ数秒で走り抜けた」のと同等の速度ベクトルがワープ後の肉体に乗る
• 連続跳躍を繰り返すたびに速度が加速度的に累積し、最終的には肉眼で捉えられない「超高速の弾丸」へと昇華する
• 本来の弱点: ワープ先の座標特定が曖昧。着地地点に障害物があったり、路面がバグで崩れていれば即死に繋がる「運任せ」の側面を持つ
絶対命令
『事象整合・不変固定』
• 特性: 指定した座標および周囲の状況を「不変」として完全固定する
• 追記とのシナジー: 追記の弱点である「座標の不確かさ」を完全に封殺。仮に高負荷区のバグで急に建物が現れたとしても、この絶対命令により指定された座標周辺は使用された時の状態のままである。これにより 針の穴を通すような精密な連続ワープを可能にする
2.存在の矛盾と代償
• 魂の強制隔離: この「追記」を維持するために、膨大な生命エネルギー『源生』を燃焼させ続ける必要がある
• 精神の消失: 生身の人間がこの負荷に耐えれば徐々に精神が崩壊するため、雨宮の手によって「感情」が切り離され、「赤」として体外に隔離されている
• 飢餓の状態: 常に生命を削りながら「兵器」として駆動しているため、本能的に欠落を埋めようとする。それが周囲の熱を奪う「飢餓」の正体
3.武器
凛の双剣:『飢餓の残滓』
生成プロセス:不確定な質量
• 普段、凛は武器を帯同しない。一定以上の警戒レベルを超えた際、隔離された感情の残骸である「赤」が 彼女の手元にノイズとして凝集し、双剣の形を成す
• それは鉄ではなく、「質量を持ったバグの塊」。そのため、凛の跳躍速度に合わせて形状や密度がリアルタイムで変化する
戦闘スタイル:超高速の「線」による切断
• 慣性加重: ワープによって蓄積された膨大な慣性エネルギーを、刃の「点」に集中させる
• 空間断絶: 斬るというより、超高速で移動する凛の軌跡そのものが「赤い断層」となり、触れたものを分子レベルで崩壊させる
• 残像斬: 連続ワープを行うと、前の座標に残った「赤いノイズ」が数秒間だけ攻撃判定を持ち続ける。敵からすれば、一度の攻撃を避けても、通った跡すべてが刃の壁になる絶望的な速度
「ぶっ壊れ」要素
• 重量ゼロから無限へ: 移動中は質量を「ゼロ」にして空気抵抗を無視し、衝突の瞬間だけ「赤」を硬化させて破壊力を最大化できる
デメリット:精神的な逆流
• 剣を形成しているのは彼女自身の「感情の残骸」であるため、剣が敵や壁に叩きつけられるたびに、その衝撃が「痛み」として凛の精神に逆流する
ラストバトル、双剣が消失した理由
・上記にあるように凛の双剣は「赤」を素材として存在していた。だが、漣が「赤」を...幼き心の凛を救済したことにより素材となるものがなくなった
常に素材を消費し続けることで双剣として維持していたものなのに、その素材の供給が止まったら?
そりゃ消費するものがなくなり 双剣として維持できなくなるよね
ってことなんですよ!!!
あの二人だからこそ勝てた...いや本当によく勝ったよ
【赤の詳細な設定】
1. 本質:魂の「強制隔離」と外部演算
「赤」は、システムが凛から切り離した「感情」や「熱」を、彼女の体外に強制的に隔離・漂流させている状態。
本来、心の内側に留まって人を形作るはずの『源生』が、強力な追記を保持するために大量に使われ、残りの『源生』と肥大化した時限式のバグ混ざり合い、赤いノイズとなって溢れ出している。
これが「死神」の赤いオーラの正体
2. 「飢餓」の正体:成長を求める幼い心の叫び
• 定義: 感情を切り離し、成長を止められた幼い心が、減り続ける自らの命を補填しようとして、無意識に他者の生命力や「熱(感情)」を求める本能。
• メカニズム: 十数年を経て時限式のバグが肥大化。
『慣性維持・極点跳躍』の莫大な余剰エネルギー(源生)と混ざり合い、赤いノイズ(閃光)となって周囲にまとわりつく。
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最後までお読みいただき、本当にありがとうございます!
二重遅延で脳がノイズに塗り潰されながらも 泥臭くワイヤーを繋ぎ直し、愛機と仲間を事務所まで導いた漣。
そして、肉体の限界を超えてなお不敵に笑い、自分たちではなく「救われた後の凛の自由」を何より重んじた烈。
ボロボロの鉄塊に三人の命を乗せて、彼らが夜明け前のハイウェイで掴み取った「正解」の物語
次回、第一章第一幕 閉幕
【解析屋の新メンバー!!そして...】
「漣の分析 鋭過ぎ!!」
「そして、エイジャスに隠された謎の続きが気になる……!」
……と、少しでも心が動かされた方は、
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